劇場公開日 2001年11月3日

「考えてみれば記録だって怪しいものだ」メメント あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0考えてみれば記録だって怪しいものだ

2021年6月15日
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鑑賞方法:VOD

メメント
ラテン語で「思い出せ」
原作のメメント・モリ(memento mori)ならば「死を思え」となるという

記憶と記録
記憶があやふやであるのは当然
当事者と他者でも違う記憶になるのは日常茶飯事だ
しかし考えてみれば記録だって怪しいものだ

TENETと同じく時系列が逆転したりする
複雑に行きつ戻りつして実際はどうであったのかが次第に解き明かされていく

これがノーラン節?

とんでもない
そんな皮相的なことでノーラン節だなんて失礼だ
名誉毀損だろう

記憶があやふやなものならば、記録が絶対なのだろうか?

主人公レナードはポラロイド写真という記録を残す
今ならスマホで写真を撮るだろう
彼はその余白や裏面に手書きでメモを残して記録にしている
それでも足らずに自分の肉体の各所にその時に重要と思うことを入れ墨で彫り込む

だがそれが記録だろうか?
その記録をも自分の手によって改竄されてはいないのか?
記録だって記憶と同じくあやふやなのだ
手書きならまだしも、ましてデジタルなら改竄の痕跡すら見分けがつかないのだ

確としたことは一体何があるというのだ
TENETと共通するのはそれだ

時間の逆転とか時系列が操作される
そんなものはノーラン監督の表現手法のひとつに過ぎない
それが主題であるわけは無いのだ

本当にノーラン監督がテーマとして追い求めているのは時間を超えて本当のところ真実は何なのか?
視点の位置で物事の見え方が全く異なると言うのならば、物理的な位置関係だけでなく時間軸の位置関係の違いでも視点が異なり物事が違って見える
その事を追求しているように思える

記録だってなんら客観的ではないのだ
写真でも、新聞でも、書籍でも書いてあるそのものを信じ込んでもそれが本当に正しいのか
正しい視座から、正しい時間軸からの視点で観測した結果なのか?
いや、その観測した結果すら観測者の主観によって既に異なっているのではないか?

日本を代表するクォリティー紙と言われた某全国紙がそうだ
自らの思想的背景に事実の見え方に角度をつけた記事にする、果ては記事の捏造すらしていた実態はもはや誰もが知る所ではないか

記録が正しい、新聞が正しいなんて鵜呑みにはできないのだ
自分で調べ、自分の頭で考えて結論をだして行くほかないのだ

つまり全ては相対的なのだ
主観と客観、記憶と記録
確かなものなど無いのだ
その思考態度がノーラン節というものかも知れない

あき240