「《反原発》ならぬ《反原潜映画》。」K-19 こっこさんの映画レビュー(感想・評価)
《反原発》ならぬ《反原潜映画》。
昔から「潜水艦映画にハズレ無し」と言われてきたが、たまに「???」となる映画は有っても、概ね良い映画が多いとは思ってきた。
この作品は、自分が丁度仕事の忙しい頃に封切られた映画なので、その当時話題にも成ってなかったし「大した事ないんだろ?」ぐらいでずっとスルーしてきた映画だった。
ところが数ヶ月前に『潜水艦(を題材とした)映画○選』みたいなのにこの作品が載っていて、急に気に成り出し、早速観てみた。
事前情報ゼロで観たので、この作品は米ソ冷戦真っ只中の、それこそ『13DAYS』の時代の古いお話だったのね…。
それにしても冷戦・軍拡華やかなりし時代に、ソ連ってやっぱり滅茶苦茶な事をやっていたんだな…と先ず思った。冷戦終結後に成るまで極秘事項だったなんて…、当時の乗組員が本当に気の毒だ。
でまぁ評価なんですけど、コレはいわゆる『潜水艦映画』ではなく、例えとして使う事には失礼かもしれないが、東日本大震災の東京電力の会社の方々の、世界で《FUKUSHIMA 50》と呼ばれた《決死隊》そのままの『原子力事故災害の物語』だと思った。
そう思ってみると、モスクワの軍幹部達が、あの当時の○主党の政治家達に見えてきて、何とも皮肉な符合だとも思った。
だから『原子力は何でも(どんな形での利用も)駄目だ』とは、個人的には思わないが、最終的な責任を持つ立場の人々は『ゆめゆめ軽々に扱ったり、簡単に制御出来るとは考えてはいけない』と云うのが、この映画からの教訓だと思う(まぁ軍事転用は残念ながら今さら不可避だが…)。
(原発反対派の方々にも言い分は有ろうが、自分は肯定派なので悪しからず。)
この映画では、裁判で艦長は無罪だったと語られているが、当時のソ連がそんなに優しい判決をしたとは思えない。相当の閑職へ追いやられたのが実際だろう。
そもそも『潜水艦映画』だと思ったら、『原子力を扱うことの重大性に、もっと人々は心を砕けよ』とアピールする《反原発》映画だった。
評価は良くないですが、コレは勘違いした当方が悪いので、アテにしないでほしい。
但し、ハリソン・フォードとリーアム・ニーソンの二人を担ぎ出して、わざわざ作る程の題材かなぁ…?と云うのは気持ちとして残ったので、その点でも評価は低め。何かに期待している方は『そういう映画なんだ…』と覚悟してから観ていただきたい。