「本当のテーマはバブル崩壊に翻弄される団塊世代への挽歌だったと思います」失楽園 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
本当のテーマはバブル崩壊に翻弄される団塊世代への挽歌だったと思います
不倫映画?
もちろんそうです
しかしその不倫の物語の下に別の重いテーマが隠されているように思います
原作はご存知の通り日経新聞連載の新聞小説です
経済紙にこのような内容の小説が掲載されるのは異例のことでした
しかし、それから25年も経ち本作を観てみると、成る程、この小説は日経新聞に掲載されて当然であると、むしろ日経新聞にこそ掲載されなければならないと思いました
掲載は1995年の9月から始まり1年ほど連載されました
1995年とは阪神大震災、オウム事件があった年
そしてバブル崩壊が目に見える形で現れて来た年でもあったのです
本作の本当のテーマはバブル崩壊に翻弄される団塊世代の挽歌だったと思います
主人公の久木は劇中で1946年生まれの50歳だと分かります
正に団塊世代です
不良債権問題が大きな社会問題として取り上げられ始めていました
バブルのような好景気は過去になり、同じように頑張っていても、それ以上に頑張っても業績はどんどん降下していったのです
エース級の人達も業績不振で左遷されていき、仕事ができる奴のリストの上から順にどんどんすり潰されていったのです
左遷されなくても、身体を壊すか、心を病むかして行ったのです
リストラが始まろうとしていました
久木の部署は正にそれです
余剰人員と見なされた社員が集められ、どうでも良い仕事にやりがいをなくし自然に退職してくれるのを待つ
それでも辞めないなら順に子会社へ出向させて人減らししていた
そのような頃です
この後、肩たたきという退職強要になっていくのです
部門ごと、事業所ごと廃止や閉鎖されていくのはその次になります
それでも追いつかず事業部門丸ごと廃止という事態になり、それでも駄目で遂には合併という身売りに至る企業も続出しました
倒産、民事再生という会社もでました
それも歴史ある誰もが知るような大企業、一流企業がそうなって行ったのです
1995年はそういう予感が漂い始めていた頃です
50歳
脂が乗り切って、経験も知識も度胸もついていくらでも仕事ができる年代です
人によっては仕事だけでなく遊びの方も経験値が積み上がっています
良いレストラン、旨いワイン、素敵なシティホテル、リゾートホテル
今までに仕事を通じて交際費で沢山利用してもいたでしょう
久木が買って来たシャトーマルゴーは一本ウン万円もするワインです
それなのに突然いきなり仕事を取り上げられ、部屋に閉じ込められてどうでもいい仕事をあてがわれる
締め切りの無い仕事は仕事とは言えません
猛烈に走り回っていた男が突然時間を持て余すようになるのです
金はそこそこある
久木は子会社が幾つもある大手の出版社のようです
40 代で編集長として鳴らしていたというのだから、閑職に追いやられても人事等級も同期よりかなり上のはず
大手企業の部長級の給与水準で随分高いままのようです
子供はもう嫁に行って家をでています
奥さんは仕事を持っています
家は都内の一戸建てでローンは完済しているようです
金の心配は全然ない
不倫するのに必要なものはまずお金
時間もある
次に体力と部署の女性社員が言います
その体力も50歳になると、突然病気に倒れる人が出だす頃です
明日は我が身
やりたいことは今すぐやらないといつ自分がどうなるか分からない
焦燥感があるのです
やりたいことをやる時間はもう残り少ない
今度やろう、いつかやろうという、今度とかいつかは若い時に言える言葉です
それは10年後なら自分は一体何歳になっているのだ?
それに気づくのです
燃え尽くるほどの恋無き枯野かな
このまま枯れ果ててしまうことへの恐怖
そうはなりたくないという足掻きです
彼には条件が全て揃っていました
だから不倫をした?
でも条件が揃っても不倫をしない男だっています
なぜ彼は不倫を求めたのか?
そこに本作のテーマの核心があると思います
黒木瞳は美しい
こんな女性が身近にいれば間違いを起こすのも当然かも知れません
Calvin Kleinの無彩色のスーツがとても彼女に似合っています
上品ででしゃばらず彼女の性格を端的に表現されています
167センチですから結構背が高い女性なのにすごく小柄にみえます
155センチもないくらいに
役所広司との対比でそのようにみえるのです
どうしても彼女を救い出してあげたい
輝かせてあげたい
そんな気にさせる女性そのものでした
それでもなお久木が凛子を求めたのは何故なのでしょうか?
もう一つの自分の人生を彼女に見たのだと思います
会社では果たせなかった自己実現
それが成された満足感を得られたのだと思います
それは途轍もなく甘美な体験で、一度でもその匂いをかいだなら、もう踏みとどまれないほどのものだと思います
だから不倫に走ったのだと思います
つまりバブル崩壊でわりをくった代償行為だったのです
本人は至って本気で愛であると錯覚していると思います
凛子はファンタジーです
男の夢です
こんな女性は実際にはいません
女性はもっと、もっと、リアリストだと思います
でももし、いたら?
たちまち不倫に堕ちてしまうに違いありません
彼女と一体となって心中したいと考えるのは、会社といつまでも一体でいたかった、しがみついていたかった!との叫びだったのだと思います
リストラされたくないとの叫びなのです
こんな夢を見て、バブル崩壊とリストラの恐怖から現実逃避したい
団塊世代の共通の思いかあったからこそ
本作は大ヒットしたのだと思います
当時は、日経新聞の連載を読む気にもならず、何故このような不倫のエロ小説を経済紙に掲載するのか全く理解出来ませんでした
しかし自分も年を重ねてようやく何故だったのか分かるようになりました
そして、この久木の心理がよくわかるようにもなってしまいました
役所広司が退職届けを出すシーンのあの魚の腐ったような目が脳裏にこびりついて忘れられません
自分もあのような目をしていないだろうか?
不安に駆られました
この後、久木達の団塊世代の多くはリストラされ、出向するか退職を強要させられて会社を去っていったことでしょう
給与水準は格段に切り下げられ、まともな再就職口も無かったかも知れません
そして25年の年月が過ぎ去りました
彼らは子会社からも再就職先からもリタイアしたことでしょう
久木が生きていたなら75歳です
久木のように堕ちるところまで堕ちた人もいるでょう
失楽園
それはアダムとイブが楽園から神に追放されたこと
しかし本作では、団塊世代が高度成長とバブル景気のからバブル崩壊の荒野に放り出されたこと
リストラによって会社から放り出されたこと
それを指しているのだと思います
不倫で家庭が崩壊したことではないと思います
久木を演じた役所広司は、いつもコートを着ています
本心を明かさないでいるという衣装による演出でした
コートを脱いでいる少ないシーンは、彼が無防備である時のシーンです
冒頭とラストシーンの滝は、三途の川です
冒頭でリストラされるという予感
最後にリストラされたという暗喩です
だから三途の川が滝になって音をたてて流れ落ちているのです
さすが家族ゲームを撮った森田芳光監督です
もしかしたら本作は家族ゲーム2.0 だったかも知れません
団塊世代の親は遂には家族を捨てたのです
50歳
その年齢に団塊ジュニア世代が差し掛かろうとしています
コロナウイルス禍の中で不倫にもブレーキはかかるでしょうか?
コロナ禍による大不況の予感に震えている
それは本作の時代と似ているのではないでしょうか?
いつコロナで倒れるかも知れない不安が更にそれを増幅させています
令和の時代に、平成史をまとめている閑職の男が不倫をする映画は一体どのような物語になるのでしょうか?
リメイクしたとして、果たして成立するものなのでしょうか?