劇場公開日 1949年3月13日

「『酔いどれ天使』への答え」静かなる決闘 neonrgさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5『酔いどれ天使』への答え

2016年2月3日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD、VOD

三船敏郎が演じる青年医師・藤崎は、戦地で偶然感染した梅毒をきっかけに、自らを徹底して律し、誰にも責任を転嫁せず、ただ独り「正しさ」の道を歩み続ける。恋も、友情も、父との信頼関係すらも、「良心の声」の前で静かに後退していく姿は、戦後の混乱の中で、理性と倫理の最後の砦を守ろうとするひとりの人間の静かな闘いを描く。

病院の外壁を覆うバラの蔦は、美しさと痛み、閉鎖と防御の象徴。雨に打たれ、雪に覆われ、やがて溶けるその蔦は、理性のもとに封じていた藤崎の感情の揺らぎを暗示する。

本作は、禁欲的な藤崎、自己欺瞞に溺れる中田、現実に妥協しながら生きる看護婦・峯岸という三者を通じて、戦後日本人が喪失した価値判断の混乱を浮かび上がらせる。

峯岸からの愛を前に冷静に職務へ戻る藤崎の姿には、「医者であること」への深い覚悟と、倫理的責任の重さがにじむ。そこには迷いも激情もない。ただ自分に対する厳しい審判と、他者のために生きるという信念だけがある。

『酔いどれ天使』が「価値基準の崩壊」という問いを提示したとすれば、『静かなる決闘』はその答えのひとつ、良心と職業倫理に従うという「生の姿勢」を示している。

三船の演技にはまだ粗さが残るし、明快なカタルシスも用意されてはいない。けれど、黒澤明が戦後日本に突きつけた「どう生きるか?」という根源的な問いが、70年以上経った今なお、私の心の中を何度も揺さぶり続けている。

90点

2016-01-30に鑑賞 (レビューはなし)

neonrg
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