静かなる決闘のレビュー・感想・評価
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【戦争末期の野戦病院で、傷病兵からを手術中にスピロヘータをうつされた医師の戦後の苦悩と、周囲の女性達に与えた影響を描いた奥深き作品。逞しき女性達の姿に救われる作品でもある。】
■戦争末期の粗末な野戦病院には次々と運び込まれる負傷兵がおり、軍医の藤崎恭二(三船敏郎)は只管に手術を続けていた。
陸軍の中田は下腹部盲腸を患い、命危ないところを恭二の手術により救われるが、彼はスピロヘータにも罹患していた。
そして、戦後。父(志村喬)の病院に戻った藤崎は)、自分の帰りを6年待っていた松本美佐緒(三條美紀)に訳を話さずに、結婚できない事を苦悩の表情で伝えるのであった。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・スピロヘータと言う菌の名は、最近、とんと聞かないが、ご存じのように梅毒などの症状を発症する可能性がある恐ろしい菌であり、結婚した場合相手の女性にうつしたり、子供が奇形になったりする可能性が高くなる。
・今作では、自身の仕事を懸命にする中で、スピロヘータ菌が体内に入ってしまった藤崎の苦悩と、彼と結婚を約束していた女性の悲しみと共に、藤崎が結婚しない真実を知った、それまでヤサグレていた幼き子を持つ看護婦助士の女、峯岸るい(千石規子)が徐々に生き方を変え、藤崎に惹かれて行く中で、生きる希望を持って行く様が描かれるのである。
・一方、偶々藤崎が出会った中田は、結婚しており妻のお腹には子供がいた事を知り、藤崎は愕然とするのである。自分は恋しい女との結婚を諦めたのに、愚かしき中田は結婚して、子も出来ようとしているからである。
・だが、現実は当然に厳しく、中田の妻は子を流産し、中田はそれを知り亡き子の姿を見て、気がふれたかの如く、藤崎の病院内で呆けた顔で空を眺めるのである。
<今作は、可なり重くキツイ内容であるが、一方では峰岸や中田の妻や、松本が新しい夫を持ち、健気に生きようとする姿が描かれるのである。
そして、藤崎の父が知り合いから息子を”聖人”と言われた際に返した”アイツが、人並みの幸せを得たならば、俗人になっていたかのしれませんな。”と言う言葉が、妙に心に残る奥深き作品である。>
黒澤明監督は、どん底の世を、人の心を救う道を示したかったのか
正に「静かなる決闘」…
黒澤明作品にあって、大スペクタクルなアクションも無く、人間関係が複雑に絡んだ
サスペンスでもない、本当に「静かなる決闘」を描いた作品。
戦後日本で、一般人も自由恋愛と自由性交が認められ、同時に「性病」という物も
世に蔓延し始めた。
「性病」を多くの女性に移しまくる、ろくでもない男と関係を持った女性患者を
治療したが為に、自らが不治の病にかかってしまう「紳士の医師」。
その主人公の男は、静かに「紳士の医師」として行動を通すが、一回だけ
「一人の人間の男」として、自分の内情の怒りを爆発させる。
だか、一度心の糸を吐き出した後は、また「紳士の医師」として
「静かなる決闘」を続ける…
黒澤明の中では一番重苦しい展開の作品だが
今は無き銀座並木座で観て以来、
何十年ぶりかでDVD鑑賞。
黒澤明作品は「続 姿三四郎」以外は
全て観ているが、正直なところ、
この作品への評価は高くなく、と言うか、
他のかなりの作品が名作過ぎるからだが、
この時点まで再鑑賞することは無かった。
しかし、よくまぁこんなに重々しい題材を
映画化したものだな、との驚きが先に来る。
そしてまた何という重々しい展開の連続
だろうか。きっと黒澤明で無かったら、
鑑賞途中でさじを投げていたのではないか。
それを最後まで観客を引き付けるのは
黒澤監督の力量以外の
何ものでもないのだろう。
話は、梅毒に罹った医師が、許婚を捨て、
悪人をも治療しようとする等、まさに聖人
のような生き様を見せるが
「静かなる決闘」とは、
そんな聖人としての生き方を強いた
「“神との”静かなる決闘」と言うこと
なのだろうか。
いずれにしても、
観ているのは辛い重苦しい作品だ。
僅かに看護婦の成長と
それが主人公との距離を縮めつつある展開に
希望が見えなくもないが、
仮にそうだとしても、息も詰まるような
聖人としての生き方に、俗人の私には、
尊敬の念を抱きつつも同情は禁じ得ない
辛いヒューマニズムストーリーだ。
黒澤映画の素晴らしさは、
エンターテイメント性の中にも
ほとばしるヒューマニズムだ。
この映画はエンターテイメント性を
抑えた分だけ、黒澤作品の中ではワクワク感
を得られない作品ではある。
因みに私の黒澤作品ベスト3は、
・七人の侍
・蜘蛛巣城
・赤ひげ
です。
本当に希にみる名作中の名作だと思います
感動しました
名作中の名作です
医療行為中に梅毒に感染してしまった医師を巡る物語です
そうであると同時に戦後の日本の立ち直りこそを実はテーマとしているのです
婚約者の美佐緒は戦前の平和な社会
見習い看護婦の峰岸は戦後のやさぐれた社会
梅毒は軍国主義をそれぞれ象徴しています
軍国主義に感化され戦争に邁進した日本人が戦後どう生きて行くべきかを描いているのです
それが本当のテーマなのです
戦前の日本への郷愁は捨て去るしかなく、軍国主義という梅毒を克服して、戦後の荒廃の中から日本人は希望を捨てずマイナスから立ち直っていくほか無いのです
本当になにもかもこれからですよ
人間うつむいて歩いては駄目ですよ
ちゃんと胸を張って上を向いて‥…
峰岸看護婦の終盤の言葉こそ、黒澤監督からの日本人へのメッセージだと思います
本当に希にみる名作中の名作だと思います
雨は登場人物が奈落の底に墜ちるときに降っています
美佐緒が最後のお別れをして去るときは雨ではなく、さらに冷たく雪になっているのです
彼女が別れ際に机に置いていったものはラストシーンの手前で水仙の小さな鉢植えだったことが明らかにされます
水仙の花言葉は「もう一度愛してほしい」なのです
峰岸看護婦の赤ちゃんはお腹が大きくなるのも、産まれてからもその姿も見せません
泣き声すら聞かせません
赤ちゃんが初めて画面に登場するのは中田の妻が現実を知った時です
計算された絶妙のタイミングで巨大なほどのアップで登場し、さらに大きな声で泣くのです
そして終盤に志村喬演ずる大先生があやしているシーン、赤ちゃんが登場するのはその二つだけなのです
お前のおっかさんも一人前になったぞと、警官が赤ちゃんに声を掛けるのです
ラストシーンは藤崎医師も峰岸看護婦も最早迷いもなく新しい社会を建設していくプロフェッショナルとして全力を持って懸命に邁進しているシーンで終わるのです
そのシーンには患者の手術前の家族の為に絶対に直してくれと懇願する声が被せられているのです
医師も看護婦も患者も、手術室の全員が力を合わせて大病を克服していくシーンなのです
戦後すぐの日本に必要なことはこの姿なのです
なんと言う見事な演出でしょうか
感嘆するばかりです
初期から雨はゴウゴウ降らせる黒澤監督
未見だった黒澤映画を。タイトルからは想像できなかった内容。医者の心の中にある葛藤と病気治療する闘いがタイトル。黒澤版医療ドラマ。
キャラクターの人物造形がしっかりしていて実に見事。刺さる台詞もビシバシと飛び出し流石黒澤と言いたくなる。アクションなくても存在感が半端ない三船敏郎!やはり若い頃からミフネなんだなあと。オーラが違うわ。
看護婦の千石規子さんの変わってゆく姿がこの映画のメッセージであろう。実に真摯で、伝えたいものがあるという真っ直ぐな姿勢が素晴らしい。
タイトル負け
タイトルとプロットに惹かれ鑑賞しましたが、当時の流行りなのか典型的な口数が少ないぶっきらぼうが主人公で、少ない感情を吐露する場面でも棒読みです。進行は主人公が考えて行動していくのではなく、会話劇で主人公以外の人のリアクションに頼り切っています。結局は普通の往年の悲劇的ロマンスだったという印象です。主人公は医者ですが、ペニシリンは江戸時代で既に入手できたようなので、別に梅毒でなくても良いような内容で残念です。というか梅毒というのは設定だけで、「震える舌」のような凄まじい展開になるとか特にテーマになっていないです。敗戦直後なので高揚感のある娯楽は作れなかったかも知れませんが、制限された中で昇華された内容のものもあると思うのですが、大変失礼ですが本作はつまらない方ではないでしょうか。
『酔いどれ天使』への答え
三船敏郎が演じる青年医師・藤崎は、戦地で偶然感染した梅毒をきっかけに、自らを徹底して律し、誰にも責任を転嫁せず、ただ独り「正しさ」の道を歩み続ける。恋も、友情も、父との信頼関係すらも、「良心の声」の前で静かに後退していく姿は、戦後の混乱の中で、理性と倫理の最後の砦を守ろうとするひとりの人間の静かな闘いを描く。
病院の外壁を覆うバラの蔦は、美しさと痛み、閉鎖と防御の象徴。雨に打たれ、雪に覆われ、やがて溶けるその蔦は、理性のもとに封じていた藤崎の感情の揺らぎを暗示する。
本作は、禁欲的な藤崎、自己欺瞞に溺れる中田、現実に妥協しながら生きる看護婦・峯岸という三者を通じて、戦後日本人が喪失した価値判断の混乱を浮かび上がらせる。
峯岸からの愛を前に冷静に職務へ戻る藤崎の姿には、「医者であること」への深い覚悟と、倫理的責任の重さがにじむ。そこには迷いも激情もない。ただ自分に対する厳しい審判と、他者のために生きるという信念だけがある。
『酔いどれ天使』が「価値基準の崩壊」という問いを提示したとすれば、『静かなる決闘』はその答えのひとつ、良心と職業倫理に従うという「生の姿勢」を示している。
三船の演技にはまだ粗さが残るし、明快なカタルシスも用意されてはいない。けれど、黒澤明が戦後日本に突きつけた「どう生きるか?」という根源的な問いが、70年以上経った今なお、私の心の中を何度も揺さぶり続けている。
90点
2016-01-30に鑑賞 (レビューはなし)
耐える姿に漢を見た
『静かなる決闘』ってタイトルだけ見ると時代劇かなと思ったらまさかの…。「なんだこの話…」と思いながら見ていると、いつの間にか画面にガッチリと引きつけられていました。まず主演の三船敏郎が前作『酔いどれ天使』と真逆の役を演じている点が興味深い。病気にかかるところは2作共通なのですが、その対応が対照的。最期まで理性に従わずに生きた前回に対し、今回は伝染病にかかったが故にやりたくてもやれないことを前に理性を以って葛藤する役柄を演じています。
この姿が実にかっこいいんですよねー。目の前に想い人がいるのに伝染病が彼女と一緒になることを許さない。伝染病と打ち明ければ彼女は治るまで待つと言うだろうから「嫌いになった」と嘘をつかなくてはならない。辛い。実に辛い。その辛さが若き日の三船の表情から滲み出て、見てるこちらまで辛くなってくる。最期まで理性を以ってその辛さに耐得る主人公に真の漢を見た気持ちになりました。
主人公に拾われたやさぐれヤンキー女が彼の秘密を知って改心、立派なナースに成長する過程も見ていて嬉しくなるし、だからこそ彼女が主人公に想いを伝える(不思議な)告白シーンや彼のために怒るシーンは印象的です。
伝染病をモチーフにここまでの人間ドラマを構築する黒澤さんの手腕はすごい。そこまでの有名作でもなし、期待していなかっただけにお気に入りの黒澤作品になりました。確かに彼の中手間理性と本能、希望と絶望が静かに、だが確かに鎬を削っていた。
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