「比類なき誠実さと残酷さで、人を描いた作品。」さらば、わが愛 覇王別姫 すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
比類なき誠実さと残酷さで、人を描いた作品。
◯作品全体
凄まじい映画だ。2時間50分という長尺の本作だが、あっという間だった。見終わったあと、感嘆のため息をついてしまった。
違う国、違う時代に生きる登場人物たちだけれど、それぞれの感情と心の根幹にあるものの生々しさに、誇張でなく目が離せなかった。
登場人物が心の奥底に作る「核」を描き、その「核」を再び抱きしめるような作品が好きだ。
他人からすればどうでもいいように思えることも、その人物にとってはとても大切なもので、いろいろなものを手にして、失ったあとに「核」に触れることで自分自身を見つめ直すような、そういった主観的な風景を大切にする作品が好きだ。
本作における主人公・小楼と蝶衣の「核」は、辛く苦しい幼き日々だ。家族もいなければ金もない彼らにあるのは、厳しい環境で励ましあう仲間との日々と京劇役者となって成り上がる未来への渇望しかない。大人になって地位や名誉、家族を手に入れた後はそれらが隠れてしまうが、最後の最後に残るのは「核」の部分。ラストシーンで二人が語る幼き日の思い出と、二人で舞う覇王別姫、そして倒れた蝶衣に対して幼名である「小豆子」と呼びかける小楼の姿こそ、二人が大切に抱えていた「核」と言えよう。
残った「核」を映した刹那、エンドロールが流れるのも素晴らしい。「これ以上残ったものはなにもない」と、エンドロールが非情に、強烈に語る。
二人の絆と、大切に抱えたものを語るラストが、あまりにも、あまりにも素晴らしかった。
「核」の演出と合わせて凄みを感じたのは、主要な登場人物を記号化させない徹底っぷりだ。それぞれの持つ特徴をデフォルメせず、「覇王」でも「妃」でもない、一人の人間であることを感じさせる。
例えば小楼。面倒見の良い兄貴分として、気風の良さが印象に残る人物だ。短気な部分もあるようだが、その勢いの良さは長所でもあるし、人に囲まれたその姿は「覇王」役としてふさわしい。娼妓出身の妻・菊仙のこともとても大切している好漢だ。こういう人物が窮地に陥っても「覇王」たる堂々とした姿を見せるのがセオリーだろう…しかし、本作では違う。彼は「覇王」ではないのだ。それは小楼自身が何度も蝶衣へ話すように、「覇王」は「芝居の話」なのだ。彼は貧困出の一役者に過ぎない。せっかく苦しい時代を生き抜いてきたのに、「自己批判」によって命を落とすなんて選択肢はできないのだ。小楼は菊仙や蝶衣を批判し、秘めた本性をぶちまける。そこに人物の軸のブレはなく、人として当然の弱さを見せただけなのだ。
とても苦しく、小楼からすればみっともない場面だが、これほどまでに人を人として描いている作品はないと感じた。物語としては潔く口を閉ざして死ぬほうが「綺麗なストーリー」だろう。でもそうはさせなかった。その徹底っぷりが、本当にすごい。
この作品はどこまでも誠実に、そして残酷に人を描いている。その情熱に、ただただ感服するほかない。
〇カメラワークとか
・全体的にモチーフを反復させることが多い。京劇の会場を舞台側から広角に映すカットが一番印象に残った。蝶衣がスターだった時の活気ある会場から、日本軍に接収された後の日の丸が広げられた厳粛な空気、秩序のない国民軍が支配する空間、儀式の一つとされてしまった共産党時代。同じようなレイアウトで映すことで時代の移ろいを強調していた。
・モチーフでいうと、小楼の煉瓦割りとか菊仙の飛び降り、口移しで酒を飲むとかも、二度目にその行為をする時には別の意味になっていたりした。
・登場人物のフィルターとなるようにガラスや布、水を最前で映すカットが多かった。画面の不自然さがそのまま精神の不調を示唆する演出になっていた。
・ファーストカット、逆光の中歩いてくる二人のカットの演出も巧い。威厳を感じる姿として登場するけど、実は古びた体育館で練習をしようとする二人で、用務員にも腰が低い。シーン終わりで照明により影が小さくなっていくところもそうだけど、「虚像」という言葉を印象付ける演出だった。二人は覇王でも妃でもない、という虚像。
〇その他
・明確な悪役を作らなかったところがすごいな、と思った。主人公二人にとって危害を加える登場人物は何人も出てくるんだけど、その人物たちは明確な悪であったり、「倒すべき相手」ではない。蝶衣を汚す張翁は二人が成り上がるのに必要な悪だし、袁世凱も二人の仲を引き裂こうとする素振りはあれど、逆に救い出す立場にあったりする。蝶衣が拾った小四も蝶衣たちを貶める行為はしたが、最後には恩を感じて涙を流していた。小四をはじめ、共産党の党員たちは時代が作り出した悪であり、個人による悪ではなかった。そうすることで物語の軸を「悪との戦い」ではなく「主人公二人の生きざま」で一貫させていた。ブレない物語だから、心に響くのだと思う。
・日本軍の映し方も印象に残った。それこそ悪として誇張されてもおかしくないけど、京劇の理解を示そうとするような存在だった。でも決して善人ではなくて、中国人を虐殺する姿もしっかりと映す。日本人だからどうこうでなく、その時代の日本軍という異常さを映したかったのではないか、と感じた。
・小楼の妻・菊仙の存在もステレオタイプな要素がほとんどなくて、キャラクターの造型が見事だった。単純に主人公二人の仲を妨害するわけではなく、自身が幸せになることを考え、最良であると判断したうえで行動していることがわかる。菊仙の「核」は「普通の幸せ」であることは作中でも語られていて、その幸せが担保されているのであれば、周りの人をいたわる感情も常に持ち続けている。
小楼と対立するシーンを作れば中盤の山場になったのかもしれないし、小楼の挫折を描けるのかもしれないが、そういった安直な悪女としていないところに、巧さを感じた。
・「女方」とか同性愛という題材は、個人的に正直一歩引いてしまう題材なんだけど、それでもこれだけ刺さったと言うことは、間違いなく傑作なんだな、と思ったりもした。