「儚くも、たくましい。」さらば、わが愛 覇王別姫 まゆうさんの映画レビュー(感想・評価)
儚くも、たくましい。
学校で習った四面楚歌の漢文は、あくまで「漢文」であった。京劇の特徴的な賑々しい楽器の音色、甲高い流れるような歌声、中国語のリズムと響きで語られるセリフ、煌びやかな赤、赤い、世界観。それはやがて共産党の赤に変わっていく。これは中国の近代史を描いた映画だ。
レスリーチャンの息を呑むほどの美貌と切ない恋心は、紛れもなくこの作品の大きな魅力であり成功した理由の一つだが、中国という国の歴史を知ることなくしてはその魅力を十分に味わい尽くすことは難しいだろう。私は中国の近代史はサッパリで、紅青が京劇を目の敵にしていたから余計に弾圧されたとか、自己批判のシーンで小楼がもし黙っていたら拷問されて殺されるというのは分かる程度。四人組ってなに?て感じである。詳しければもっと違う感想になったかもしれない。
そんな中国史をよく知らない人間が精いっぱい想像するに、中国の歴史はいわばクーデターの繰り返しだ。数千年の間、王朝が変わる度に動乱に翻弄されてきたこの国の人々には、一種の諦念のようなものを感じる。作中でも「人にはそれぞれ運命がある」というセリフが出てくる。ただでさえ、あの広大な大地と厳しい自然環境下である。民が生き抜くことは想像以上に過酷だったと思われる。しかしその一方で、だからこそ、何が起ころうと、何としても生き抜こうとする力強さを感じずにはいられない。若い可愛いらしいコン・リー演じる菊仙が自死した時、こんなに悲しいのは、彼女が生命力に溢れ、強くて逞しい女性だったからだと思う。
思い出すのは、昔、もう数十年前になるがとある中国人から聞いた話だ。「日本人は桜が好きだが、中国人は梅を好む。梅は2月の最も寒い雪の降る最中に真っ先に咲き春を知らせる、その香りは素晴らしく、簡単には散らない。いつまでも枝にこびりついて、最後は全て地面に散った後も、その香りが周囲に漂う。中国人の美意識は日本人とは全く違いますよ」と。(監督のチェンカイコーは北京生まれである)
予想通りのエンディングでも、気付けば自然と目頭を熱くしている自分を発見する。蝶衣たちの人生が、血潮が、その熱をまだ帯びて、確かな存在感を私たちにいつまでも残すのである。
中国人のDNAが覇王別姫で泣けてくるのだとしたら、日本人なら何だろう?平家物語?忠臣蔵か??京劇は若い頃に孫悟空しか見たことがなく、アクロバット楽しいなくらいしか思わなかった。今ならもう少し京劇の面白さを感じる自分になっているだろうか。