劇場公開日 2006年9月30日

カポーティ : 映画評論・批評

2006年9月26日更新

2006年9月30日よりシャンテシネ、恵比寿ガーデンシネマにてロードショー

その背景に耳を澄ますことによってのみ、見える映画

「カポーティ」は作家トルーマン・カポーティが一家惨殺という実在の事件について書いた「冷血」の取材、執筆中の物語だ。しかし引き算に引き算を重ねるという際立った演出を見せるこの新人監督は、カポーティの正面には迫っていかない。彼は、カポーティが犯人の1人ペリー・スミスを取材していく過程で見せる、作家の激しいまでに業の深い横顔を、ひたすら追っていくのだ。だがその結果、人生にたった1つの道しか与えられなかったカポーティの悲哀や孤独が滲み出てくるのである。正面から描くよりも、ずっと深く、明確に。

スミスもカポーティも共に、偏見と闘いならが生きてきた社会のアウトサイダーであった。スミスは殺人を犯した時に、被害者の目に映った一瞬の恐れに、初めて人として認知された自分を見つける。そしてカポーティは、作家としての才能で辛うじて社会と繋がっている。内容は異なっても、そのわずかな社会との接点は彼らが決して離すことのできない命綱なのだ。

だからラストでカポーティが「スミスを救うために何もできなかった」と嘆いても、悔恨の言葉と騙されてはいけない。名声のためにスミスを利用した彼は、自分が良心を手放した事実を否定したくて情のあるフリをしただけなのだから。映画「カポーティ」の本当の姿は、スクリーンに映っているものではなく、その背景にあるものに耳を澄ますことでしか見えてこない。

(木村満里子)

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