おわらない物語 アビバの場合 : 映画評論・批評
2005年6月1日更新
2005年6月4日よりシネマライズほかにてロードショー
8人1役アビバの意味はイヤってほど判るのだが
アメリカ人のもっとも隠したい部分を暴き出し、意地の悪い笑いを浮かべながら、ほら、これが真実だよと突きだしてみせる。母親に堕胎させられた12歳の少女アビバに、ゴミ捨て場の中絶胎児を見せつける少年……それがトッド・ソロンズだ。
「幸福は夢に過ぎず、苦痛は現実である」とはボルテールの言葉だけど、本作はまさに現代アメリカ版「カンディード」だ。生来の母性を持った無垢な少女が、思いがけぬ妊娠・中絶を経て、良き母となる夢を追うべく旅に出る。だがその時点で子宮を全摘出されている少女には(彼女はそれを知らない)、思い描くような幸福などすでに夢でしかない。
故郷に還ったアビバは、この世が善と悪のカオスであること(たとえば聖書根本主義者=慈善的エンタテイナー=堕胎医暗殺集団であるサンシャイン・ハウス)を知っている。それでもなお自分が不変であると吐露する彼女に、底知れぬ暗黒を感じるのは僕だけだろうか。
今回、もっとも話題となるのはアビバの8人1役だろう。意味はイヤってほど判るのだが、ブニュエル「欲望のあいまいな対象」や原一男「またの日の知華」と同様、僕にはさして効果的とは思えないし、ソロンズにしては小手先に過ぎやしないか。アビバを妊娠させた映画作家志望少年は、中断した自作を「コンセプトがダサかった」と述懐するけれど、その言葉、ソロンズにこそ返したくなるんだよなあ。
(ミルクマン斉藤)