「社会風刺サスペンス」アメリカン・サイコ Yyさんの映画レビュー(感想・評価)
社会風刺サスペンス
マウントの取り合い、偽善、そういったものに飽き飽きしながら、勝ち組でありたいからエリート社会から出られもしない。だからそこでの鬱憤を自分より下の奴らにぶちまける。べイトマンはそういう弱い奴だった。
でも私たちだってそうじゃないか?世の中見渡せば、学歴やら収入やらで、自分より下を見下すことでしか存在意義を得られない大人なんかいくらでもいる。ホームレスや低賃金労働者を馬鹿にして悦に浸る下らない奴らはSNSに溢れている。
べイトマンはそういう社会の中に、共感というものを排除することで、適応しようとしたんじゃないだろうか。でも結局それができるほど強い人間でもなかった。
物知りげな探偵の登場や、ソーニャみたいな秘書の登場、ポール殺害時の斧の使用など、所々ドストエフスキーの罪と罰を下敷きにしているのは、アメリカの弱肉強食社会の狂気を描くためだろう。でも最後のセリフからわかるように、罪はあっても、罰は訪れない。
頭にあるのは己の金と名声ばかり、べイトマンが殺人を告白しても、大して気にも留めない。そういう自己中心的で、偽善的な拝金主義者たちこそ、資本主義大国アメリカのサイコパスたちではないだろうか。
コメントする