「ヤッピーで埋め尽くして レストインピースまで行こうぜ。 こういう映画にこそ、目を覆いたくなるような惨虐シーンが必要だと思うのだが…。」アメリカン・サイコ たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
ヤッピーで埋め尽くして レストインピースまで行こうぜ。 こういう映画にこそ、目を覆いたくなるような惨虐シーンが必要だと思うのだが…。
1980年代のウォール街を舞台に、投資銀行に勤めるエリートサラリーマンの心の闇を描くサイコ・スリラー。
殺人衝動を秘めたエリートサラリーマン、パトリック・ベイトマンを演じるのは『若草物語』『ポカホンタス』の、後のオスカー俳優クリスチャン・ベール。
ベイトマンについて嗅ぎ回る私立探偵、ドナルド・キンボールを演じるのは『プラトーン』『処刑人』の、レジェンド俳優ウィレム・デフォー。
ベイトマンがライバル視する投資銀行家、ポール・アレンを演じるのは『ファイト・クラブ』『17歳のカルテ』の、後のオスカー俳優ジャレッド・レト。
ベイトマンの婚約者、イヴリン・ウィリアムズを演じるのは『カラー・オブ・ハート』『クルーエル・インテンションズ』の、後のオスカー俳優リース・ウィザースプーン。
原作はブレット・イーストン・エリスが1991年に刊行した同名小説。その過激な暴力描写が世界中で物議を醸したという曰く付きの作品である。
原作は未読なので比較しようがないのだが、本作はそんな評判が嘘のような薄い味付けになっている。無惨に解体された死体は映し出されるがそこに至るまでの過程は一切描かれないし、殺人シーンは何箇所かあるのだがそのどれもがあっさりとしており、肝心なところはフレームの外で処理されてしまう。
ゴアやスプラッター表現を突き詰めると、どうしてもジャンル映画的になってしまう。本作のキモはヤッピーと呼ばれる知的エリート層の酷薄さと滑稽さを暴き出し、消費主義社会への警鐘を鳴らすという風刺的な部分にあるので、あえてそういう一部の人間しか喜ばないような残虐非道描写を排除したのだろう。
その意図は理解出来るし、なんでもかんでも残酷にすれば良いってもんじゃないとは自分もそう思う。
例えば、ベイトマンがモデルの女の子をナンパしたすぐ後、彼がオフィスで彼女の髪の束を眺めているシーンに切り替わるといったような省略はとてもスマートだと思う。具体的な描写がなくとも、それだけで彼女の身に起きた凄惨な事態が想像出来る訳なので、こういうのは大変良い。
だからといって、全部が全部省略すりゃ良いってもんじゃない。目を覆いたくなるような凄惨なシーンがあってこそ省略する事が効果的になる訳で、やはり今作のような連続殺人を扱う映画で、グロテスクな描写を避けるというのは頂けない。ただそれに真っ向から立ち向かう覚悟がなかっただけじゃん、なんて思っちゃう。
特に、本作最大の見せ場になるはずだったポール・アレン殺害のシーンで、斧をその脳天に振り下ろすという決定的な描写から逃げた事には心底ガッカリしてしまった。ヒューイ・ルイスの蘊蓄を嬉々として語りながらレインコートを着込み、斧を持ち出し、挙句にはルンルンとムーンウォークまで披露し始めるベイトマン。真っ白な壁と床に敷き詰められた雑誌のコントラストが嫌な緊張感を醸し出しており、これはとんでもない殺戮が起こるぞ…とハラハラしながらその瞬間を待っていたのに。お膳立ては完璧だったのだが、その結果があれ。これじゃあジャレッド・レトも浮かばれまい。
何も残酷なシーンが見たいと言っているのでない。必要なものが描かれていない事に据わりの悪さを感じてしまうのである。
クライマックス、増幅する殺戮衝動に耐えかねたベイトマンは専属の弁護士にこれまでの罪を全て告白するのだが、それは馬耳東風であったどころか、そもそもその犯罪自体が彼の妄想であった事が判明する。
この真相は残酷である。彼の抱いた「罪悪感」すら虚構だったのだから。「罪」がなければ「罰」もない。彼の魂が救われる事は永遠にないのだ。
このビターエンドは、彼の「罪」を描かない事には十全な効果を発揮しない。もう観客がゲロを吐くくらいの地獄を見せつけない事には、本作にオチは付かないのである。
不満点ばかり書き連ねたが、あのヤッピーの見栄を見事に戯画化してみせた名刺バトルは映画史に残るレベルのくだらなさでサイコ、いやサイコー!『リストラマン』(1999)のコピー機リンチと並ぶ、見事な社畜ブラックコメディ描写だった。
突然映画のカラーがガラッと変わる全裸チェンソーシーンといい、ついつい笑ってしまう頓知気描写が随所に光る。ブラックコメディとしてはなかなかに見どころのある作品だと思う。
チャンベー、デフォー、レトといった癖スゴ俳優たちの共演も見事。バットマンとグリーンゴブリンとジョーカー、みんな精神異常者ばっかじゃん。あーサイコサイコ。
セックスしながらも自分の筋肉に見惚れてしまうほどにナルシストなベイトマン。確かに今作のチャンベーは良いカラダ❤️しかし、後に公開された『マシニスト』(2004)では衝撃のガリガリ具合を披露。その振り幅に驚く。さらにその後に『バットマン ビギンズ』(2005)なんだから、やっぱりこの人頭おかしい。チャンベーこそがブリティッシュ・サイコである。
ニヒルなブラックコメディという点においては評価したいが、『アメリカン・サイコ』という大仰なタイトルを付けたのだから、サイコ・ホラーから逃げないで欲しかった。てか、アメリカのサイコは『サイコ』(1960)だろっ!いい加減にしろっ!!
当初はクローネンバーグが監督をするという案もあったようだが、もしも彼が監督していたらとんでもない映画になっていたような気がする。いやー、そっちが観たかったなぁ…。
※ベイトマンの名刺に印刷されていた「Vice President」という役職。字幕では「副社長」と訳していた。ベイトマンは社長の息子らしいし、ふーんそうなんだ、なんて最初は思っていたのだが、周りの同僚もみんな「Vice President」と名刺に刻まれていたのでめちゃくちゃ混乱してしまった。どういう事?普通副社長って1人とか2人だよね?
どうやら外資系投資銀行では課長・係長クラスの事を「Vice President」と呼ぶようだ。字幕担当した人間が誰だか知らないが、全員の名刺に「副社長」と書いてある事に違和感を覚えなかったのだろうか…。プロなんだからしっかりしてくれ。う…イライラしすぎてムラムラと殺人衝動が…🔪