ミュンヘン : 映画評論・批評
2006年1月31日更新
2006年2月4日より丸の内プラゼールほか全国松竹・東急系にてロードショー
スピルバーグの願いが胸を打つ
「ミュンヘン」の原作「標的は11人」は既に86年に「ギデオン-テロリスト暗殺指令」というTVムービーになっている。両者を比較するとスピルバーグの異能が明確になる。「ギデオン」は原作に書かれた事実全体をバランスよく映像化しているが、「ミュンヘン」は執拗なまでに暗殺作戦の細部にこだわる。発端となる72年のミュンヘン五輪の11人殺害も、弾丸の数まで事実どおりに緻密に描写される。この部分は2003年のアカデミー最優秀ドキュメンタリー賞作品「ブラックセプテンバー/五輪テロの真実」を参考にしており、退色してざらついた画質や手持ちカメラの動きも当時の記録フィルムを再現している。
「ミュンヘン」は、戦争やテロを国家や政治の視点で俯瞰的に見下ろすのではなく、一つ一つの死を観客に生々しく体験させる。主人公たちモサドが敵であるパレスチナ・ゲリラと偶然一夜を共にするシーンでラジオから流れるアル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥゲザー」にスピルバーグの願いが込められている。彼がなぜ今、このテロと報復の悪循環を映画にしたのか、その理由はラストで墓標のように映し出される世界貿易センタービルが何よりも雄弁に語っている。
(町山智浩)