王様の漢方 : 映画評論・批評
2002年10月1日更新
2002年10月12日よりシャンテ・シネほかにてロードショー
気持ち良~く記憶に霧がかかって行く脱力感が心地好い
まったく不思議な映画である。物語を構成する上で、描いて然るべきエピソードはぼっこりと省かれ、省いても構わないシチュエーションはしっかり描かれて行く。
けれど観ていて違和感は感じるものの、不快感はない。むしろ気持ち良~く記憶に霧がかかって行く脱力感が心地好いとさえ思えてくる。資料には、これは「シネマチック・ヒーリング・オペラ」で「滋養強壮ファンタジー」で「漢方薬膳ムービー」だから“観ると癒されます”と、まるで「anan」に載ってるエステティック・サロンの宣伝広告みたいな謳い文句が強烈に並べられている。
けれどそれに踊らされてはいけない。コイツの正体は「鳩よ!」や「サライ」なのだから。しかも見た目インパクト大な薬膳料理は出てくるが、決して「食神」的なことは起きず、物語的には「幸福の黄色いハンカチ」系の“ちょっとイイ話”が散りばめられている。しかしこれが初監督作品となる現代アートの鬼才・牛波(ニュウ・ポ)が、とにかく映画作りにおける基本的な文法をまったく無視して物語を進めるものだから、映画はどんどんシュール化され、現代アートに近付いていくんだが、最終的な鑑賞感としては“土臭い素材の味がする素朴な中国映画”に着地するところがたまらなく不思議、という映画だ。
(大林千茱萸)