ファム・ファタール(2002)のレビュー・感想・評価
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ブライアン・デ・パルマ
ブライアン・デ・パルマ監督がフランスで撮った悪女もの。
カンヌ映画祭出場者が身につけている宝石を奪おうとする一味がいた。
主人公(レベッカ・ローミン=ステイモス)はチームを裏切り、宝石を独り占めする。
エロティックな映像に長回しなど、デ・パルマらしさが全開。
それにしてもレベッカ・ローミン=ステイモスのプロポーションは神がかり的だ。
悲しい性(さが)の男どもに捧げられた鎮魂歌?
何と言うべきなのか…。
まぁ…「抜かり」はないですよね、ロール(レベッカ・ローミン)にしてみれば。並みいる男どもの単純さを手玉にとるということでは。
そして、そこいらへんが、考え方というのか、感受性というのか、そういう点では「男」と「女」との決定的な違いなのかも知れないと、評論子は思います。
しかし、そうだとしても、男というものは、どうしてこうも単純なのでしょうか。
組織での労務管理ということについて、ある社会福祉法人の女性経営者のお話を聞く機会が、評論子に以前にありました。
彼女いわく「男性の部下と話をするときは、常に直球勝負」というのが、彼女が心がけていることなのだそうです。
確かに女性同士の会話を聞いていると、男性目線からすると、言葉がオブラートに包まれているというのか…彼女たち同士の間では言わずもがなのことは省略して、わざわざストレートに言葉で表現したりはしないという傾向はあるようです。
その点、彼女に言わせると、女性上司が男性部下を上手に使いこなす秘訣は、ハッキリとした物言いということなのでしょう。
本作に多々描写されているようなスタイルの良い女性のボディを見せられると、あっけなく「攻略」されてしまう(評論子を含めた男どもの)悲しさについては、こと新たに言及するまでもありません。(涙)
そんなこと(女性の視点からすると男性の単純さというのか、複雑なものではなさ?というのか…)が、いざとなると、あっさりと女性に手玉にとられてしまう男性の原因なのかも知れません。その意味では、「犯罪の陰には女あり」とは、よく言ったもので、「至言」というべきなのかも知れません。
本作は、「この悲しい性(さが)の、すべての愛すべき男どもに、精一杯の同情と哀れみとを込めたレクイエム(鎮魂歌)としての一本」と評したとすれば、それは評論子の思い過ごしというものでしょうか。
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