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他の方もおっしゃってる通り、
結局、赤い粉が元凶だったのか、
包帯女の血液が元凶だったのか、
どっちかよくわからないままに
そのまま終わっちゃったな。
どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが幻視かは最後までよくわからないつくりなので、もしかすると「いきなり飛び込んできた女」自体が幻視で、すべてはあの「赤い粉」が引き起こした「悪い夢」だった可能性もある。
まあ、なんにせよめちゃくちゃな話ではあるので、どうでもいいっちゃ、どうでもいいか。
「赤い粉」はいきなり出て来るうえに最後までなんの説明もないし、包帯女にまつわる「陰謀論」も俄かには「本当」だとは思い難いくらい漫画チックで投げやりなトンデモ設定だし。
典型的な「感染ホラー」であり、ロメロの『ザ・クレイジーズ』(73)から『28日後…』(02)にいたる数々の名作群と比べても、やっていること自体には余り新味がない。フランス発とはいっても、たとえば『ハイテンション』(03)とか『チタン』(21)みたいなぶっ飛んだ狂いっぷりを見せるわけではないので、ホラーとしてそこまで評価されるような映画ではないかもしれない。
ただ、30分ほど観ていて遅まきながら気づいたのだが、この作品、ワンカット撮影を敢行してるんだよね。最近だと『メデューサ・デラックス』(22)とかでもやってたけど。
ワンカット撮影だと、被害者視点の緊迫感や臨場感はたしかに高まるのだが、カットによる「場つなぎ」ができないので、どうしても冗長な部分が出てきてしまう。
とくに、移動シーンが切り詰められない点。それと、時間つぶしで「同じような仕草や行動を繰り返す」シチュエーションが増える点。このあたりは、本作でも大分気になった。
ワンカットの中での新しい試みとしては、「被害者」のリレーが構築されている点があげられる。すなわち、冒頭でヤラれた人間がべつの誰かを犠牲にし、ヤラれた誰かは新たな感染者として次の犠牲者を呼び込む。そうやって、主人公相当のキャラクターが次々と入れ替わっていくという趣向が、本作のミソだ。
出てくる皆さんはゾンビ系の演技を頑張っているが、ワンカットの影響もあって「時間調整」で「同じ演技」を延々やらされていて、ちょっと気の毒な気もした。車上での主人公と包帯女の小競り合いなんかもかなり冗長だし、とくにガールフレンド役の娘さんは感染演技に犬みたいな動きを取り入れているのだが、さすがにやり口がしつこい。
ドラッグの恐怖を背景に「幻視」をないまぜに描くホラーとしては、23年の掘り出し物だったオーストラリア発のポゼッション・ホラー『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』(22)を想起した。あと、ワンカットのゾンビ・ホラーって話でいえば、もちろん『カメラを止めるな』(17)の前半パートがそうなんだけど。
ちなみにこれを書きながらネット検索したら、本作の公開前に掲載された木村浩嗣氏の記事が出てきて、「劇場挨拶に現れたダビド・モロー監督によると、撮影は5日間で行われ、1日目、2日目、3日目は散々な出来。4日目に「やったね!」というものが撮れて、5日目のベストショットがこうして公開可能になった、とのことだった」との記載があった。
そこまでして、ワンカット映画がやりたかったのね(笑)。
というか、ワンカット撮影自体が「目的化」しているのはどうなんだろう??
これをワンカットで成立させるための莫大な手間と努力とアイディアと、激走させられるカメラマンたちスタッフの大変さを考えると、たしかに大いに頭は下がるんだけど……。
それが、映画自体の「凄味」にはあまり結びついていないのが、なんかもったいないよなあ。