少年と砂漠のカフェ : インタビュー
イランに逃れてきたアフガン難民の少年を主人公に、彼が住み着いたカフェで繰り広げられる日常を叙情たっぷりに描きながら、この地域の政治的混乱と社会的な矛盾をリアルに見せるのは、イランを代表する映画監督アボルファズル・ジャリリである。ロカルノ国際映画祭での審査員特別賞をはじめ、ナント三大陸映画祭でのグランプリなど、各国の国際映画祭で絶賛された本作の舞台裏を、ジャリリ監督に語ってもらった。
アボルファズル・ジャリリ監督 インタビュー
「少年は出演をかたくなに拒み、私に石を投げて追い返そうとさえしました」
市山尚三
夕暮の砂漠を懸命に駆け抜ける少年のひたむきな姿が感動を誘う「少年と砂漠のカフェ」。国境を越えてイランにやってきたアフガン難民の少年を主人公に、砂漠の町デルバランのカフェに集う人々を描く美しい作品だ。ジャリリ監督によると、アフガン難民を主人公としたのは全くの偶然だったという。
「私が少年時代を過ごしたホラサン地方を舞台に、カフェで働く少年を描くという企画は、ずっと前から暖めていたものでした。3年前の9月、この企画が実現に向けて動き始め、ロケ場所を探して砂漠の中を車を走らせていた時、偶然、羊飼いの少年が道端を歩いているのに気づきました。私は車を急停車し、引き返して少年のところまで戻りました。即座に、キャインという名のこの少年こそが主役に相応しいと直感しました。彼が実際にアフガン難民だということがわかった時、私は主人公の設定をアフガン難民に変えました。彼が主人公に感情移入しやすくなるだろうと考えたからです。実際、アフガニスタンと国境を接しているホラサン地方には大勢のアフガン難民が住んでいるので、この変更はこの映画によりリアリティを与える結果になったと思います」
撮影当時14歳だったキャインは、この設定から予想される“可哀相な少年”というイメージとは大きく異なり、時には大人と堂々と渡り合うほどの逞しさを見せる。初めての映画出演であったキャインを演出するのに苦労はなかったのだろうか。
「私はこれまでのほとんどの作品で少年を主役に起用しており、どのように演出すべきかは心得ています。むしろ、苦労したのはキャインに出演を了承させるまででした。キャインと出会った後、私は彼と父親が住む家に通い続けました。最初のうち、キャインは出演をかたくなに拒み、私に石を投げて追い返そうとさえしました。1カ月近くの後、キャインが出演を承諾した時、私たちの間には信頼関係のようなものが生まれ、親友のようになっていました」
ジャリリは多くの作品で過酷な状況で働く少年たちを描いてきた。だが、この作品では、これまでの彼の作品には見られなかったユーモア溢れるシーンの数々が見る者をなごませてくれる。
「この映画がスイスのロカルノ映画祭で上映された時、最初、観客は幾つかのシーンで笑っていいものかどうか戸惑っていたようでしたが、途中からは大いに笑いながら楽しんでくれました。記者会見で1人のジャーナリストがこう質問しました――『私はイラン映画といえばシリアスなものしか見たことがなかった。観客がこの映画を笑いながら見ていましたが、それは監督が意図するところだったのですか?』私は答えました――『その通りです。スイスと日本の観客は、私の映画を最もよく理解してくれる最高の観客です』とね(笑)」
昨年9月11日の同時多発テロ以降、この映画は様々な意味で世界から注目を集めている。だが、同時多発テロとそれに続く米軍のアフガン空爆は、この映画に対して意外な影響を及ぼした。
「テロが起こる少し前、キャインがテヘランに私を訪ねてきて、家族に会うためにアフガニスタンに少しの間戻ってくると言いました。その後、米軍のアフガン空爆が始まりました。心配になった私は、キャインが住んでいた村を始め、アフガン難民の村を訪ねて回りましたが、何の手がかりも得られませんでした。ところが、つい最近になって、キャインからイランに戻ってきたとの連絡がありました。アフガニスタンに帰国した後、空爆が始まり、戻るに戻れなくなっていたのです。キャインは今、父親とともにテヘランの郊外で働いています。これから先、キャインがイランで教育を受けられるように尽力したいと思います」