おくびょう鳥が歌うほうへ : 映画評論・批評
2026年1月6日更新
2026年1月9日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
オークニーの小さな島で彼女が見つけた大切なこと
浜辺を歩く少女が木片を波打ち際に投げ入れる。すると海中で揺れる海藻の狭間にアザラシが姿を現す。「波にのまれた人はアザラシになる。満潮の夜、アザラシは美しい人間の姿で現れ、月光の下で肌もあらわに踊る。夜明けには海へ帰るが、人間に見られると体は元に戻らなくなる。だが陸では幸せになれない。海こそが居場所だからだ」
冒頭でスコットランドのオークニー諸島に伝わる“セルキー”伝説を引用したノラ・フィングシャイト監督は、酒に飲まれた女性に起こった事の次第を語り始める。

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右目の周りを紫色に腫らしたロナが質問に応じている。現在29歳。無職だがロンドンの大学院で生物学の修士号を取得している。家族には大きな病気を患った者はいない。でも「精神疾患のあるご家族は?」と問われると黙してしまう。
シアーシャ・ローナンが演じるロナは、スコットランドの荒波に浮かぶ小島の育ちだ。羊を飼う父は穏やかな人だが、吹き荒れる嵐のような狂気を内に宿している。ひと度風向きが変わると家財を破壊した。誰も止められない狂騒(双極性障害の発作)を前に母と幼い娘はただ立ちつくすことしかできない。
この映画はアルコール依存症に苦しんだエイミー・リプトロットの実体験を記した回顧録「THE OUTRUN」を基にしている。原作者によると、実際に起こった出来事から「何を語るべきか」の取捨選択が重ねられ、リアルに伝えるためのフィクションを盛り込むきめ細やかな作業が約8年間続いた。ロナの造型にはプロデューサーも務めたローナンも加わり、現在進行形の今に、不意に湧き上がるブラックアウトした記憶の断片を重ね、複数の時制が交錯する脚本を仕上げた。
人はなぜ酒を飲むのか。生まれて初めて口にしたときの体の中に広がる違和感の記憶は、歳を重ねる度に薄まっていく。否、その記憶は深く脳に刻まれ、ふとした瞬間に全身に痺れをもたらす。だから人は酒を飲むのかも知れない。劇中、泥酔状態で「私は強い」と嘯くロナは、周囲を辟易させながら過度な痛飲を続ける。
故郷を離れて最高学府で学びながらも何ら有意義な「生の実感」が伴う自分の居場所を見つけられない。現実から目を逸らし、破壊衝動に身を任せるかのように酒をあおる。これ以上続けたらすべてが壊れてしまう。10年振りに故郷に帰った彼女は、90日間のリハビリを経て断酒生活を始める。
オークニー諸島のパパイ島(パパ・ウェストレイ島)で、野鳥保護団体職員として希少種“ウズラクイナ”の鳴き声に耳を澄ませる作業を続ける。シアーシャ・ローナンは、厳しい自然に晒される小島で慎ましい生活の中で突然脳裏に甦る苦い記憶と向き合うノラの葛藤と発見の軌跡を見事に体現している。
これはちょっと遠回りした気づきの物語である。今なら分かる。父の苦しみも、神にすがるしかなかった母の気持ちも、酒に溺れた私を持て余すことしかできなかった恋人の苛立ちも。
ロンドンでの忌まわしい記憶とオークニーでの孤独な生活、そして新たな探求の旅へ。ノラ・フィングシャイト監督は、ふたつの場所にロナの意識の目覚めとなる“ナード・レイヤー”を加えた三層構造の想像力豊かな作品を通して、自分と向き合うことの大切さを教えてくれる。
(髙橋直樹)


