佐藤忠男、映画の旅のレビュー・感想・評価
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アジアへ向けて大きく開け放たれた扉
鑑賞中、氏の著書を初めて手にした頃の記憶が蘇った。それは見知らぬ世界へ向けて押し開かれた扉。氏が紹介するアジアの映画は、たとえまだ制作体制の十分には整っていない国の小さな作品でも唯一無二の輝きを放っているように見えた。このドキュメンタリーは一人の映画評論家の人生を振り返りつつ、いかにして彼が評論の世界へ足を踏み入れ、その興味関心がアジアへと向かったのかを紐解いていく。派手さはないが、ほっとするような温もりが香る。孫以上に歳の離れた学生との対話で相手の言葉を受け止めて肯定する表情だったり、思考する上で「文字としてアウトプットすること」を大事にする姿勢だったり、ああ、佐藤さんってこんな方だったのかという納得や発見がある。そして後半、本作は、氏が最も愛した一本のインド映画をたどる旅へーーー。激変の一途をたどる現代社会。その中でふと立ちどまり、佐藤忠男の著書を広げ、言葉や思いに触れたくなる一作だ。
理想を追い求めた人生
映画評論家歴60年──。
「世界中どこでも探せば、いい映画がある」と貪欲にアジア各国へ足を運び、新たな作品を見つけては世に広めてきた佐藤忠男の人生を振り返る本作。
学校の勉強はほとんどしなかったが、本をよく読む“もの知り”だった。友だちから仲間外れにされたくはないので適当に付き合いはしたが、やはり、たいていの時間は本を読んでいた。
そんな佐藤少年は戦中戦後を生きる中、14歳で中学受験に失敗し、鉄工所や国鉄など職を転々としながら21歳で定時制高校を卒業。
戦後、観た外国映画によって「民主主義とは、恋愛の自由のことだ」とカルチャーショックを受ける。
「自分は文筆に志があり、労働者ではない」「労働からの逃避のために文筆をしているのでは?」、、、そんな劣等感を抱えた時期もあったという。
その後、「映画を観て、驚きを感じたことを伝えたい」と、文章によって提示した自分の価値基準が“納得”できるものであるかを読者に問う“映画評論家”の道を歩むこととなる。
小さな皮のショルダーバッグにコクヨの縦書き原稿用紙とペンを入れ、時間さえあれば文章を書く姿が印象的だったと知人が語っている。
佐藤に「自信」を与えた出来事は意外にも、交際を申し込んでは断られていた“品が良くて美人”な愛する女性(久子さん)と夫婦になれたこと。
その後は常に奥さんの意見を尊重しながら二人三脚で評論家人生を歩み続けた。
そんな佐藤が、晩年に選んだベスト作品が、インド映画「魔法使いのおじいさん」。(小津安二郎の「東京物語」に並ぶ名作だという)
「あんなにも至福の境地に誘われる、無邪気で天真爛漫な美しさを持つ映画はほかにない。音楽も美しい」と大絶賛。
土地に根ざしたものから生まれた映画で、日常を描いていて、現実より良く見せようとしない、商業にとらわれない、、、佐藤はそういう映画を好んだという。
佐藤にとっての「理想」は、映画を通じてアジアの人々が互いに理解し合うこと。
日本映画学校学長を務めるなど後進の育成にも力を注ぎ、最後まで理想を追い求めた人生だった。
その時の教え子が本作を監督しているのも感慨深い。
「魔法使いのおじいさん」、一度、観てみたいなぁ。
そう聞くとなおさら観たい
60年にわたる映画批評家人生の中でアジア映画を広く世界に紹介し続け、日本映画大学の校長として後進の指導にもあたり、去る2022年3月にお亡くなりになった佐藤忠男さんの事蹟を振り返るドキュメンタリーです。映画大学のすぐそばにある川崎市アートセンター映像館を利用している我が家の二人は、この映画はここのスクリーンで観なくてはなりません。
僕自身は、その文章をさほど読んできた訳ではないのですが、或る時の調べ物で佐藤さんの『日本映画史』(全四巻)の一部を読んで、「ここまで詳細に調べ尽くして記録するとは何て凄い人なんだ」とその執念に腰を抜かした事がありました。そんな僕には、本作で紹介される佐藤さんの足跡、そして奥さんの佐藤久子さんの尽力などは知らない事ばかりでした。作中で紹介される佐藤さんの言葉の中で、
「自分が何を考えているかは、文章を書いてみないと分からない」
は、非常に印象に残りました。映画批評文を書き続けて来た佐藤さんが言葉と文字に寄せる思いが伝わります。
そして本作は、佐藤さんがオールタイムベストとするインド映画『魔法使いのおじいさん』を巡る旅へと繋がります。僕はそんな映画の事は全く知りませんでした。本作でも実際の場面は少し紹介される程度なのですが、こうなると是非観たくなります。ところがです。
上映後に、本作監督の寺崎みずほさんと共に登壇なさった日本映画大学学長の天願大介さんの言葉に驚かされました。
「この映画観ると、『魔法使いのおじいさん』を観たくなるでしょ。でも、きっと「何だこれ?」と思いますよ。びっくりするほど下手くそな素人映画です」
と、バッサリなのです。でも、佐藤忠男はなぜこれを強く推したのかを考える事が映画を考える事になるとの言葉には大いに頷かされました。この映画は配信もされていません。どこかで観たいなぁ。
こういうドキュメンタリーがあるんだ!面白い!
「佐藤忠男」の映画なので見に行った。このドキュメンタリーはとても不思議でとても面白い!佐藤忠男の妻も映画関係者も同業者も出てくるし彼の来し方も出てくる。自分にとってのベスト映画を尋ねられたら、映画をあんまり見ない人には○○○○と答えるだろうが、映画をよく見る人であれば「魔法使いのおじいさん」と答えるかな、と言う佐藤忠男。だからこの映画のテーマは「魔法使いのおじいさん」でもあるのだ!寺崎みずほ監督はインド映画「魔法使いのおじいさん」(マラヤーラム語)の監督(は亡くなってしまっている)の妻と息子を、カメラマンを、映画に出演した(当時子どもだった)人達を訪ねる旅に出る。インドへ、インドのケーララ州へ。映画の後半、「魔法使いのおじいさん」(1979)のシーンとその撮影地の現在の様子を交互に映す箇所がとてもよかった。都会になっても元気に生きている人間がそこにいた。
佐藤忠男がアジア映画のために立ち上げた「アジアフォーカス・福岡映画祭」のことを初めて知った。この映画祭に「賞」はない。「賞」があると監督同士が敵になってしまうからだそうだ。なるほど!その映画祭はいったん終わってしまったが、現在若い人達が繋げている。佐藤忠男のアジア映画の旅は驚異的だ。インド、中国、台湾、韓国、ベトナム、モンゴル、スリランカ、フィリピン、イランなどなど。「軍国少年」だったことへの贖罪意識、とパンフにあるが、そこにも書いてあるように、佐藤さんは面白い映画を見たい!という「映画少年」だ。品が良く美人の奥さんを大切にして、映画の仕事は二人でいつも一緒に。車椅子に乗る自分、妻の葬式やお墓の様子、弱って姪の家に世話になる様子、監督を信頼して自分をすべて映させた。
終演後、思いがけずトークショーがあった。監督が若くて背の高い素敵な女性でびっくりした。なんでびっくりしたんだろう?監督は時間配分を意識しゲストの方に話の時間をたっぷり差し上げ、テキパキしている。かっこいい映画監督だと思った。こういうドキュメンタリー映画が作られたことに喜びと新鮮さを覚えた。
おまけ
インドの「ケーララ州」、聞き覚えがある地名だとずっと考えていた・・・。わかった!映画「グレート・インディアン・キッチン」(2021/マラヤーラム語)だ!パンフレット(買っておいてよかった)で確認した。監督・脚本はジョー・ベービ。佐藤忠男さんはこの映画をご覧になれたかなあ。
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