「一種の“定点観測”」手に魂を込め、歩いてみれば TWDeraさんの映画レビュー(感想・評価)
一種の“定点観測”
“ドキュメンタリー”というジャンル。公開規模が大きくないため観やすくはなかったり、或いは、いざ鑑賞したところでレビューを書くのが難しい(ほぼ“あらすじ”説明になってしまう)作品も多いため、ついつい劇場鑑賞を見送ってしまうことも少なくありません。ところが、そもそもジャンルとして商業性が高くない事や、内容によっては権利関係が理由で配信サービスでは扱われないことも往々にしてあって観逃してしまうことも。そのため、「これは観なければならない“must作品”だ」と思えば煮え切らなさを振り切って劇場鑑賞を選択するのが得策だと言え、本作についても紛れもなくその手の作品だろうと判断し、ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞です。
作品冒頭、セピデ・ファルシ監督によるこれまでの簡単な経緯説明に始まり、間もなくガザ地区に暮らすフォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナ(当時24歳)とのビデオ通話画面が大写しになります。時は2024年4月。前年10月7日に開戦となった“2023年パレスチナ・イスラエル戦争”の影響で既に周辺は瓦礫の山で、通話中にも飛び交う戦闘機や戦闘ヘリ、そして断続的に周囲を襲うミサイル攻撃の音を背景に、驚くほど意外なのはそこにいるファマトから溢れる“笑顔”と“ポジティブさ”。更には、現状を考えれば「相応しくない」のかもと戸惑いつつも、時より映り込む家族たちの様子に“安全地帯”にいるこちらが癒されて自然と口角が上がります。ところが、ファトマによって共有された“爆撃時の録音音声”を、シェルター内さながらに真っ暗の画面で聞かされれば、想像をはるかに超える現実の恐ろしさに震えるほど。それでも、「自分の身を挺してでも、外の世界へそれを伝える」と言う強い使命感と、僅かとはいえ信じて捨てることのない希望を胸に、諦めることなく立ち向かうファトマの姿に胸が熱くなります。ところが、ビデオ通話も回を重ね、イスラエル側からの通信遮断による接続状態の悪さ、止まることのない一方的な攻撃、支援妨害によって底をつく食料品、など状況は悪化の一途。そのため、毎回のファルシ監督からのビデオ通話呼び出し時は“ファトマからの応答”を気が気でなく感じてしまいます。そして、そんな状況に当然のことながらファトマの様子も見るからに変わり始め…
と、やはり今回もどうしたって“あらすじ”を追ってしまうレビューになりそうなので内容についてはこの辺で。兎に角、本作を観て心に焼き付くのは何より“ファトマの笑顔”。観終わってからも不意に彼女を思い出し、それに囚われてしまいそうで正直怖さすら感じます。そのため、自分では前述に違わず「これは観なければならない“must作品”だ」と言い切れますが、一方で、容易に他者へ推薦することに躊躇も感じるほど心が揺さぶられる作品。当然、状況だけを淡々と伝えるだけのニュース番組では見えてこない部分ですし、戦場の様子を中心に直接的な暴力性や悲惨さを見せる作品性とは異なり、あくまで“一人の若い女性を通して感じる世界観”という一種の“定点観測”。そしてまたそれを、何倍増にも拡張して見せるファトマの人間性は“凄み”が強すぎ、観ているこちらは最早動揺さえも禁じ得ません。素晴らしい作品であり、知るべき真実ではありますが、それだけに心してご覧いただければと思います。

