プラハの春 不屈のラジオ報道のレビュー・感想・評価
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自由と真実を踏みつぶす大国の横暴にどうあらがうかを、今の世界に問いかける
半世紀以上前に中欧チェコスロバキアで起きた歴史的事件を、現代の観客が自ら巻き込まれるかのように体感できるのは、ストーリーと映像構成の両面でリアルと創作を巧みに接合したことが大きい。
ストーリー面では、国営ラジオ局に属しながら真実の報道を貫こうとする部長ヴァイナーや編集者ヴェラら実在の人物に、架空のキャラクターである“普通の市民”トマーシュを組み合わせて事態の推移を描いていく。民主化運動の活動家や権力の横暴と闘うジャーナリストを英雄的に描く映画は多々あるが、勇気と信念の傑物はともすると別格の存在に感じられ、観客すべてが自分と同一視できるわけではない。だが本作では、ラジオ放送技術の職能を持つトマーシュが、成り行きで報道部に配属され、弟の将来などごく普通の悩みも抱えつつ、いやおうなしに反占領放送に関わっていく。民主化や自由についてさほど意識が高くない一般人が、権力の横暴を目の当たりにし、抗う人々の雄姿に感化され、自らも関わっていく流れは、光州事件を題材にした韓国映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」と似た主人公像でもある。
また映像構成の面でも、ごく一般的な時代劇として当時の街並みや建物内外を再現して俳優たちの演技を撮影したパートに、実際のプラハ市民の抗議活動やソ連含むワルシャワ条約機構5カ国の軍隊が侵攻してきた様子を撮影したフッテージを適所に挿入し、迫真性を高めることに成功している。使用したフッテージの一部は、ピーター・ジャクソン監督が第一次世界大戦の記録映像を再構築したドキュメンタリー「彼らは生きていた」のように、AIを活用して元の白黒映像に着色したものだとか。そのおかげで、記録映像パートが本編から浮いてしまうことなくスムーズに接合されている。
余談めくが、プレス向け資料で知った報道部長ミラン・ヴァイナーの人生がすごすぎてびっくりした。ユダヤ系のヴァイナーは第二次大戦中にアウシュビッツなどいくつかの強制収容所で過ごし、終戦直前の死の行進から脱出した。ヴァイナーを演じたスタニスラフ・マイエルがインタビューで紹介しているのだが、脱走中の一団がナチス親衛隊員に見つかった際、ヴァイナーは動揺する仲間を鼓舞し、SS隊員には「戦後にまた会いましょう」と言い放って逃げ切ったとか。かっこよすぎる! 国営ラジオ局の報道部に入ってからは、従来の検閲されたニュースをそのまま流す慣行から、外国の情報源から得たニュースを直接報道する方式への改革を主導した。たぶんヴァイナーの人生がメインで一本劇映画ができそうだし、この「プラハの春 不屈のラジオ報道」で彼への関心が高まりそんな企画が実現したらなと願う。
ダブルスパイもまた良し。結果論ですけどね。
何をどう守るか、何を選び取るか
1968年「プラハの春」でラジオ局員たちが見せた不屈のジャーナリスト魂…… 表向きはそれでいいけど 実は「闇」に抗いながら自らの良心に従って行動した青年の成長物語かな
この映画、まあ割りと地味な感じだし、平日の昼間だし、空いてるだろうなとオンライン予約もせずに開始15分ぐらい前に新宿武蔵野館にのこのこと出かけていってちょっとびっくり。入り口のところの席の状況の表示が残りわずかを示す三角マークになっていました。幸いにしてなんとか席は確保できましたが、久しぶりにほぼ満席のなかでの鑑賞でした。公開規模が小さいのとサービスデイだった絡みでこうなったとは思いますが、「文化都市」東京をちょっぴりだけど感じました。
さて、タイトルになっている「プラハの春」はリアルタイムでニュースに接した中では、私は年少の世代にあたると思います。小学6年生で新聞がなんとか読めるようになった頃で、気になったニュースのひとつだったことを憶えています。「ドプチェク第一書記」という固有名詞は憶えていましたが、この映画で彼がスロバキアの出身だったことを初めて知りました。あと、この映画には出てきませんでしたが、この頃の日本で最も有名なチェコ出身者としては女子体操のチャスラフスカさんがいました。彼女はひとつ前の東京五輪で金メダルを獲得し「名花」と呼ばれた名選手ですが、この「プラハの春」に際しては民主化運動を支持することを表明し、大いに注目を集めたものです。ソ連の軍事侵攻の際にはどこかに身を隠していたようですが、その年に行われたメキシコ五輪でも準備不足にもかかわらず、大活躍した記憶があります。私、実はその後の彼女がどうなったのか、まったく知らず(どこか西側の国にでも亡命したのかとも思ってました)、これを機に wiki で調べたら、以降もチェコにとどまり、家庭の問題で精神的に苦しかった時期を経験したものの、1989年のビロード革命後には新大統領のアドバイザーを務め、大統領府の仕事を辞した後にはチェコのオリンピック委員会の総裁も務めて、2016年に74歳で死去されたとのことです(合掌)。
「プラハの春」を話題にすると、私はどうしても『存在の耐えられない軽さ』に触れたくなります。チェコスロバキア出身の作家ミラン•クンデラの代表作とされる小説で、フィリップ•カウフマン監督、ダニエル•デイ=ルイス主演で映画化もされています。私はたぶん小説→映画の順だったと思うのですが、この作品には「プラハの春」に絡んで語られる場面があります。映画ではソ連の軍事侵攻を伝える古いニュース映像に新しく撮られたダニエル•デイ=ルイスの画像がはめ込まれていたような記憶があります。こちらも wiki によると、原作者のミラン•クンデラは「プラハの春」に際して改革を支持したので、国内での創作の機会を失い、著作も発禁処分を受けたとのことです。彼は1975年に大学の客員教授として招聘されたのを機にフランスに出国(亡命)します。挙げ句の果てに、1979年にはチェコスロバキア国籍を剥奪されます。1989年のビロード革命以降は何度か一時帰国していたようですが、2019年にチェコ外務省がミラン•クンデラのチェコ国籍回復を発表してクンデラ夫妻もこれを受理したようです。結局、彼は2023年94歳でパリにて死去します(合掌)。なお、彼には若い頃(1950年頃)、チェコスロバキア秘密警察に協力したのではないかという疑惑があるそうです(スパイと思われる人物を秘密警察に密告したとのこと)。本人は否定していますが、このあたり、旧東欧圏の闇みたいなものを感じます。
で、ようやくこの映画の話。実話を基に作られてはいますが、主人公として物語を引っ張るのは、恐らくは架空の人物であろうトマーシュという青年です。既に両親を亡くしていた彼には守らねばならぬ弟のパーヤがいました。彼は中央通信局で働く技術者でしたが、上司の命令により、国営ラジオ局の国際報道部で働くことになります。この上司の命令の影にあるのが、学生運動をしている弟パーヤを見逃すかわりに、自由な報道を目指して活動している報道部を監視して報告せよ、みたいなスパイ活動の強制じみたものなのです。まあ上述した「闇」というやつですね。
私はこの主人公の「トマーシュ」という名前に軽い引っかかりを覚えました。これ、上述した『存在の耐えられない軽さ』の主人公の名前と同じなんですね(性格的にはずいぶん違いますが)。まあチェコではありふれた名前で偶然の一致かもせれませんが、ちょっとミラン•クンデラ•オマージュを感じてしまいました。
で、この映画、世界史に残るような大事件を扱っていますが、テーマとしてはその大事件の顛末だけではなく、むしろ、もっと文学的で、ある青年の苦悩の物語だったように思います。国家権力の「闇」に呑み込まれそうだった青年が自分の良心に従い行動し、人として成長してゆく、私の中ではそんな物語でした。
それにしても、こういう動乱の時代に巡り合った人生って大変ですね。「プラハの春」は有名なベラ•チャスラフスカやミラン•クンデラの人生に大きな影を落としていますし、名もないトマーシュやパーヤが何千人何万人といたと思います。
自由は当たり前にあるものではなく、勝ち取って維持していかなくてはならない
本作品の舞台となる1968年には私はまだ産まれておらず、プラハの春とその後のチェコ事件は歴史として学ぶものでしかありません。
ただ、1989年のビロード革命始めとする東欧民主化は当時高校生だったこともあり、当時のニュースはしっかりと記憶に焼き付いています。
特にその直後のルーマニアで多くの血が流れ、革命成就後も立ち直りに苦労した一方、チェコとスロヴァキアは大きな血が流れずに民主化に移行でき、その数年後に良好な関係を維持したまま独立できたこと(ビロード離婚)が印象的でした。
更に私自身、仕事や観光でその後3回プラハを訪れたことで、これら一連の出来事に強い関心を抱くことになりました。
チェコとスロヴァキア、地政学的に言えば陸続きであり、周囲は大国がひしめき合う、という最悪に近い環境とも言えます。それでも、むしろだからこそ、自分たちの独自性と独立心を失うこと無く、どうあるべきかを模索し続けて来たから今日があるのかもしれません。
1968年の運動は大国の論理に潰されてしまい、自由を勝ち取るには非効率化と矛盾が顕著となることで共産主義が弱体化した1989年まで待たなくてはなりません。しかも、旧体制を倒せば終わりではなく、その後の社会基盤や体制も新たに作り直す必要があります。幸いなことにチェコは比較的上手く作り直しができたとも言えますが、それはこの映画に登場する人々の意志や理想があってのことかもしれません。
一方、同じ1989年には天安門事件もありました。こちらは潰されてしまいましたが、2025年の今に至るまで自由は勝ち取れていません。また、ソ連も1991年にロシアになって民主化が進むも、段々と大国化志向となり、再び弾圧が強まって他国への介入を始めています。
「自由とは、いかにして勝ち取って維持するか」、その意識が無ければいとも簡単に抑圧に甘んじることに陥ってしまうことか。
本作品と歴史を通じて私たちは学ばなければならない、と感じました。
今年一番の社会派ドラマ。映像、音や音楽、俳優陣、記者や市民の尊さ。...
今年一番の社会派ドラマ。映像、音や音楽、俳優陣、記者や市民の尊さ。いや素晴らしかった!戦争や軍事下で自分はいったい何ができるんだろうか?と考えるキッカケにもなった。堅苦しいだけじゃなく時々かかる西側の音楽に助けられる。
是非たくさんの人に観て欲しい。ロングラン上映に期待しています。
主人公がいいポジション
ドキュメンタリーではなくて
繋ぐ真実の波
1960年代後半、民主化の機運が高まるチェコスロバキアにて、プラハの春の裏側で人知れず闘っていたラジオ局員達を描いた作品。
始めは学生運動に傾倒する弟を心配するトマーシュだったが、ひょんなことから自由主義のラジオ局部長ヴァイナーの目にとまり…。
前半は局員として働きながらも、弟を守るために動くトマーシュの姿がメイン。
当然最初からその気持ちはあるのだろうが、選べと言われちゃあね。。ホフマンやヴァイナーの上司の気持ちもわかる…と思いきや⁉
これだけ必死に動いて、利用されていただけと知った日にゃあね…。
ここからクライマックスにかけての展開は手に汗握る、鬼気迫る怒涛のアツい展開が。
とにかく、覚悟を決めた局員達の表情が胸に迫る。降りても責めはしない…くぅ~ッ‼このひっ迫感よ‼そして…お前。。
そんな危機が迫る中、ギリギリまで真実を伝えようとする姿。武器を持たない市民が…のくだりは目頭が熱くなった。民衆は皆、体一つで戦車を止めようと…こんなこと、今の我々にできるでしょうか…。
そして、これだけの行動を起こしても史実の通り…。皆がどうなったのかはわからないが、そこから20年後の世界を見れていたことを切に願います‼
改めて、自由や民主主義というものは当たり前では無く、こういった人たちの命がけの行いの上に、奇跡的に成り立っている者なんですよね。
良い年して恥ずかし気も無く、選挙に行かないことを格好良いことだとほざいている職場の奴らに本作を見せてやりたいです。
そして何より…我が国のオールドメディアの皆さま、是非本作の鑑賞をお勧めいたします。
年の瀬に出逢った、命がけで信念に基づき生きることの大切さ、厳しさを見せつけられた超傑作だった。
悲しい現実
1968年の出来事だからピンとこないのも無理はない。当時は、そんな時代だった、世界が大きく二分され互いに牽制し合う。共産主義社会と資本主義社会、解りやすいと言えば不謹慎だけど、その中でも完全に二分ではなかった、やがて共産圏の崩壊を予期させる事件。
共産圏という強固な存在
『プラハの春』の舞台となった1968年は、まだ存在していた。
世界は、民主主義国家の西側と共産主義国家の東側に大きく別れていたし。
互いに牽制しあい、軍備拡張競争のまっただなか。
西側の大将はアメリカ、東側はソ連いまのロシア。
西側ヨーロッパの国々はNATOという軍事組織を形成し。
東側は、ワルシャワ条約機構という軍事組織。
当然チェコは、ワルシャワ条約機構の構成員で共産圏の一員だった。
そんなチェコで自由を求める流れや運動が高まったのをソ連が、許すはずもなく。
ワルシャワ条約機構を脱退するなんてもってのほか、と考えたんでしょうね。
ヨーロッパの共産国も力あったし、ハンガリー、ルーマニア、なんと言っても東ドイツ。
映画は、残酷な場面を極力減らしラジオ局員の闘志を全面に出していて、好感が持てます。
あと、死者数も公式には137名と軍事侵攻である以上もっと悲惨なことにもなり得ただろうと。
死者の数で、多い少ないというのはとても不謹慎なことだとは思うのですが。
当時のチェコ政権の判断が、結果的に少なく済んだ要因にも思え。
「ベラ・チャフラフスカ」オリンピックの名花
プラハの春と同じ年に開かれた、1968年のメキシコオリンピック
女子体操競技で金メダル4個、銀メダル4個を獲得した選手。
テレビで観戦していた私は、あまりの強さに。
しかし、彼女はソ連選手に対するジェスチャーで、批判を浴びる。
彼女の名誉が回復するのは「ビロード革命」1989年まで待たなくてはならなかった。
そう、共産主義圏が崩れるまで、二十年もかかったのです。
題名と合わせ考えると、春を迎えるのになんと時間のかかったことかと。
映画をみていると、そんな過去を思い出せずにはいられない。
映画は、その出発点を描いているに過ぎないんだけど。
そんな戦いの序曲をラジを局員に込めているところが秀逸。
映画を見ているとついウクライナ紛争を連想してしまう。
もうすでに犠牲者は、10万人を超えている。
悲しい現実。
銃ではなく言葉で
ドラマだとは分かっていても中々にリアル
言論弾圧に屈さない
屈折した事実より、真実を伝えることが報道だ――
国営報道局に勤務するスタッフたちが、ラジオ放送を介して真実を伝える活動を描く。
時代は検閲がある旧政権を倒し、自由を勝ち取ったチェコスロバキア。しかし市民が勝利ムードに胸躍らせる間もなく大国がワルシャワ条約機構に乗じて「民衆を解放する」を大義に制圧に迫り来る。
恋愛シーンは割愛した方がメインテーマに集中できること、場面が小刻みに切り取られるためストーリーを掴みづらいのが難点。事前に解説を目にしてから観覧した方が話を整理しやすい。
一方で当時の白黒フィルムがそのまま挿入され緊迫した心境が迫る。もっと多くの方々が戦禍の犠牲になったはずだが、その部分は描かれていなかった。
当作品を東宝・松竹系映画館で上映できると、わが国も真の民主国家といえよう。
ややわかりづらいが意義深い
「プラハの春」とその後のソ連侵攻については、文字で知ってはいた。東西冷戦が激しい中、民主的な改革を行ったチェコスロヴァキアは、ソ連とって資本主義化する動きに見えたのだろう。だからといって軍隊を派遣してチェコスロヴァキアの領土に侵攻していい理由にはならない。
ドゥプチェクが行った自由化はあくまで社会主義下での民主化。それでも検閲が横行する全体主義的な政治から比べると「春」と表現されるのも理解できる。本作は、新聞やラジオがメインのメディアだった時代に、真実を伝えようとするラジオ局員たちを描いた映画。
共産党から発表される事柄のみを報道するのではなく、事実を調査・確認しリスナーに伝えようとするその姿は、マスコミの本来あるべき形だ。情報統制は、日本でも戦時中に似たようなことが行われていた。政府に都合がよくないことは報道させない。現代の世界各国でも大なり小なり行われていることだ。だからこそ本作の意義はある。
やはり町中に戦車が乗り込んでくるシーンには驚いてしまう。あの違和感ったらない。ワルシャワ条約機構軍に抵抗する市民が殺されていくシーンはあまりなかったが、相当数が殺されたようだ。チェコ国民がこの事件を忘れないようにしたい気持ちは理解できる。
こんなシリアスな映画でも、牧歌的なシーンがあったりするのが面白い。情報統制されている中でも当時流行していたポップソングをかけて皆で歌ったりするシーンがある。当時のポップソングってこんな聴かれ方もしていたんだな。音楽の果たす役割は大きい。
自分に置き換えたときにどんな行動がとれるだろうかと考える映画ではあるが、トマーシュとパーヤの兄弟の話で考えるとちょっとわかりづらいところもあったりするのは不満が残る。最後の弟の行動にどんな意味があったのか、観ている者が想像しなくてはならないようだ。涙が止まらなくなったり、胸が熱くなるようなシーンがあまりなかったのも映画的にどうかなとも思ったりする。まぁ、この映画はそれでも意義深いからいいのか。
現代への警告
もっとジェットコースターみたいな手に汗握るとか、 あっぶねー!みた...
もっとジェットコースターみたいな手に汗握るとか、
あっぶねー!みたいなギリギリ展開を想像してたけど、
そんな感じではなかった
原題がWavesだったのでなんとなく納得
でもこれはこれで良かった
この後20年間も虐げられた生活してたとか、
なんかもう泣けてくる
トマーシュ、人間らしくていいです
正義感や使命感だけでなく、
タイミングや偶然や後悔なども重なったWavesだったんですね
見た後に、ドゥプチェクのことを調べました
勉強できました
Waves
チャスラフスカさんを思い出す!
思い出すのは、1964年の東京オリンピック体操で「個人総合」等金メダル3個を獲得し、「体操の名花」と讃えられ、日本で大人気になったチャスラフスカさんが、1967年12月頃からの”プラハの春”支持を表明していた為に、1968年8月20日のプラハ侵攻直後の同年10月12日からのメキシコシティーオリンピックへの出場も危ぶまれ、種目別で唯一優勝を逃した平均台のメダル授与式において、金メダルを獲得したソ連の選手の受賞の間、顔を背けることで抗議の意を示したことでした
ソ連への協力を拒否したチャスラフスカさんや、不屈のラジオ報道を行い、その後も信念を曲げずに、協力しなかったラジオ局員たちは、1989年11月のビロード革命によって共産党体制が崩壊するまで、21年余りも冷遇された事実があり、独裁体制に自由化・民主化の波が拡がるのを恐れ、武力で抑え込み国民には真実を知らせず、独裁体制を守り抜く今の中国やロシアの状況と同じ姿を象徴する映画でした
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