ワン・バトル・アフター・アナザーのレビュー・感想・評価
全710件中、1~20件目を表示
全てのバランスが完璧!これぞハリウッド!
こんなにいろんな要素取り込んでるのに、物語がとっちらからないのが本当にすごい。
男女の愛憎劇や親子愛のヒューマンドラマ
ハラハラドキドキのクライムアクション
思わず声を出して笑ってしまうコメディ
現代の世相を表しているソーシャルスリラー
ここまで様々な種類のジャンルが詰め込まれていたら、それぞれの要素が中途半端だったり、広く浅くすぎて物足りなかったりしそうなものだけど、どこをとっても満足で、見終わった後の満足感や充足感がすごかった。
今作では、キラキラなレオ様は全くおらず、本当にあなたは以前愛する人を救うためにタイタニック号と共に沈んだ方ですか?と思うぐらい、今回のディカプリオは最初から最後まで頼りなくてカッコ悪い。
でもどこか憎めず応援したくなるのは、ものすごく人間らしくて、親近感をもてるから。
パスワードのところは最高だったなー!声を出して笑った。
そしてこれまた同じくらい印象的だったのは、清々しいほど最初から最後まで変態なショーンペン。変態すぎて笑ってしまう。お見事すぎました。
作品の軸には、暴力や報復劇の裏に、白人至上主義・人種差別・社会分断 という重めのテーマがあるけれども、ユニークなキャラクターやストーリーのおかげで、そこまで重くならず162分があっという間だった。
そしてストーリーだけではなく、カメラワークや劇伴の使い方、音響の演出がとても好みだった。
時間の都合でIMAXで見れなかったが、これはIMAXで見たかったなー!
ハリウッド映画の質の高さをこれでもかと見せつけられた作品だった、オススメ!!
意味なんてどうでもいい。なんだか面白い162分🎬
『ギルバート・グレイプ』にはじまり、世界中にその名を轟かせた『タイタニック』──
恥ずかしながら、私の記憶はそこで止まっている…😅
そして久しぶりにスクリーンで観たレオ様は、確かに歳を重ねていた。若い頃のプリンス・レオ様のイメージしかなかった私なので、あまりにもしがなく、ダメで人間くさいボブ(ディカプリオ演じる本作の主人公)の姿に、いい意味で驚かされた。
他のクセ強俳優たちの快演もとにかく凄まじい。
とくに無慈悲な軍人ロックジョーを演じたショーン・ペンからは、ひと時も目が離せない。怖い😱を通り越してキモい。日本で万が一リメイクするとしたら、この役をやれるのは鈴木亮平さんくらいしか思い浮かばない🤫彼の異常なまでの圧迫感が、この作品に強烈な緊迫感を与えている。
そしてもうひとり、娘の通う空手道場のセンセイ役を演じたベニチオ・デル・トロ。不思議な役どころだが、ピンチにふっと現れて、飄々とカッコよく主人公ボブをアシストする。とにかく作品に良いスパイスを与えているのだ。
怒涛のカーチェイスというより、どこか一風変わったカーチェイスも本作の見どころ。
「凄い」というより「上手い」と唸りたくなるシーンなので要必見です。美しい映像や迫力あるアクションも素晴らしいですが、ピアノやドラムなど打楽器を駆使した“音”にも注目👀不協和音で不快な感情を巧みに表現し、映像とともに感情を盛り上げています。
元革命家でありながら、どこかしがないダメ親父のボブ(レオナルド・ディカプリオ)。とにかく口が悪く、薬に逃げては暴言を吐きまくる。だからこそ愛おしく、時に可笑しく切ない。
最愛の娘のために、そして“本当の自由”のために恐れず奔走する父親ボブの姿に、最後は思わず胸が熱くなる。
「蛙の子は蛙」。勇敢な母の血を受け継ぐ娘もまた然り。
「生みの親より育ての親」。DNAや真実なんて、もはや意味を持たない。
一緒に過ごした時間こそが、愛なのだと気づかせてくれる。
白人至上主義などの風刺もあった…のかしら?
詳しくはよくわかりません😅
でも、意味とか難しいことを考えずに、まずは作品に身を委ねてみてください。
とにかく飽きないし、面白いのだけは確かです!!
「権威」が「スターウォーズ」撮りました(by プリ夫)
ポール・トーマス・アンダーソン
一般的に崇められて評価されるのは、「マグノリア」、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」、「ザ・マスター」あたりだが、その後の作品(「ファントム・スレッド」は若干毛色が違うが)について。
「インヒアレント・バイス」では、1960年代のヒッピーやカウンターカルチャー世代の理想が終わり、「カネ」と「権力」への時代の到来が背景にあり、「夢を見た世代」が覚めていく時代を描いた。ヒッピー探偵はドラッグと陰謀の中で「何が現実か」分からなくなっていく。
そのあとの「リコリス・ピザ」は、その「夢の残骸」を生きる若者たち。「失われていく時代」への郷愁を描いた。
この時期から、PTA作品は大学の映画学カリキュラムや映画史の論文でも頻繁に取り上げられるようになり、「権威的」作家として定着。
当人は撮りたいものを撮っただけのように見えるが、共通するのは、父性、男性性、カネ、権力、SEX、(あと下品!ね)を作品に盛り込み、評論家や映画オタクの面々を喜ばせるのだから、すごいことだ。
そんな彼の、プリ夫主演、大予算を獲得しての
「ワン・バトル・アフター・アナザー」
・
・
・
プリ夫はインタビュで、サングラスを盗むシーンを振り返って、こう言っている。
「ボバ・フェットみたいな、顔をぐるりと覆う光学ゴーグルのイメージがずっと頭にあった。この映画には、どこか奇妙な“スター・ウォーズ的テーマ”がある。この映画は本質的には“娘を取り戻そうとする父親”を描いたアクション映画なんだけど、その裏には非常に緻密で複雑なレイヤーが重ねられている。ここには賞金稼ぎがいて、レイアのような存在がいて、ヨーダもダース・ベイダーもいる。ただし全部、“現実の世界”の中に存在しているんだ。」
PTAは時代を批評しない。
全くその通りだと思う。(帝国も反乱軍、そしてシスとジェダイも「極端」な思想のもとに構築されているのが「スターウォーズ」。)
ここにあるのは、その時代に生きた人物の「父性」、「男性性」が極端な形で描かれ、「下品な物言い」、「SEX」といったPTAならではの要素で作ったアクション映画。
多くの人が指摘するように、本作はPTAより少し上の世代の監督作へのオマージュがちりばめられている。スコセッシの「グッドフェローズ」、スピルバーグの「続・激突 カージャック」、そしてミラーの「マッドマックス」などが分かりやすいが、ベースはなるほど、ルーカスの「スターウォーズ」かもしれない。(そりゃ、スピルバーグもスコセッシもコッポラも絶賛するわな)
もう少し深読みすると、「インヒアレント・バイス」から、「リコリス・ピザ」で若者が時代に翻弄されて生きた姿を描いていることからも、本作はその系譜にある。
思い切って言うと、「青春映画」としての着地なんだよね。PTAの作品には珍しく、甘い結末は、「大予算の娯楽作」ゆえ。
「トランプ政権だとか、なんとか」の声が大きいのは、娘側の視点が少し弱いからか。(プリ夫とデル・トロ、ペンにどうしてもフィーチャーせざるをえない)
ただし、扱いが非常に難しいのは、母親。冒頭からそんなに活躍しているるようには見えない爆弾プロのプリ夫(結局、全編通して、活躍していないプリ夫)が活動を止めて、落ちぶれて、のほうで「バランス」をとっているのだろうが、「娯楽作」の体なので、このキャラクター造形は危険。
あとは、プリ夫の演技が過剰で、PTAのデイ・ルイス、フェニックスと比べてしまうと、ね。言っても仕方ないことだけど。プリ夫の「フラワー・・」の演技は超笑えたんだけどね。
なんだけど!なんだけど!
そんなことをぶっ飛ばす、クライマックスの、互いに事情を知らない3人、3台のカーチェイスは映画史に残る名シーン。ここだけでも映画館見る価値十分。本当にすごい。
追記
本作において、やたら比較されているのだが、少し私見だが、タランティーノとPTAは時代との「寝方」が違う、といったところか。
タイムリーでドメスティックな社会風刺色強めのPTA風活劇
前置きに当たる過去エピソードが長くて、登場人物の性癖の話ばかり目立ってちょっと眠くなったが、ディカプリオが逃げ始めてからは楽しめた。
序盤のみの登場で強烈なインパクトを残したテヤナ・テイラーの面構えには、恐れを知らないペルフィディアにぴったりの強烈なオーラがあった。溢れる性欲を隠しもせず、何とショーン・ペンをレイプするという、他の映画なら男性がやるような行動を見せるのが、是非はともかく新鮮ではあった。
ただ、移民を脱出させるだけならまだしも、革命を叫んだところで銀行強盗は単なる犯罪だし、子供を放棄した上仲間を売ってメキシコに逃げるしで、あまり好意的な関心を持てるキャラではなかった。
一方、ボブは笑える言動や情けない振る舞いが多くて可愛げがあった。そんな彼が、逃走中の身でありながら娘を追っていき、戦って娘を守るとまではいかないものの再会して親子の絆を確かめる場面は、血縁の有無など関係ないと思わせるあたたかさがあってよかった。
ディカプリオは、弱さをさらけ出す男を魅力的に演じるのがとても上手い。合言葉を忘れて融通の利かない相手にイライラする場面は笑えたし、センセイの車から飛び降りる時思い切りが悪くてカッコつかないところや、屋上でスケボー男子たちについて行けず道路に落ちてしまう場面には親近感が湧いた。ステレオタイプな「男らしい活躍」からはとことん遠ざけられているボブというキャラクターがとても人間臭く、身近な存在に見えた。
今更だが、彼は本当によいキャリアの重ね方をしていると思う。もちろん若い頃から演技は天才的に上手かったが、一度はアイドル的にブレイクした俳優が、第一線にい続けながらジャック・ニコルソン系(私の主観)の癖つよ中年俳優に進化するというのはあまり例がないのではないだろうか。
映画で名前が出たから言うが、ずっとかっこいいヒーローであり続けるトム・クルーズとはある意味対極のタイプだ。(どっちも最高だけど!)
センセイのファンタジーに近い万能ぶりには笑ったが、ボブが頼りないので物語の推進力としてああいうキャラを出すくらいがちょうどいいようにも思えた。デル・トロの渋くてちょっと不思議な存在感もとてもいい。
ロックジョーには軍人としてのプライドと人間的な弱さが混在していて、一番興味深い造形の登場人物だった。差別によってプライドを保とうとした彼が黒人女性にレイプされ、ホロコーストの如く騙されてガスで殺され、死後のヒトラーのように燃やされるのは、何とも因果な運命だ。
PTA作品のストーリーラインについては正直その特別なよさがよくわからないのだが(ごめんなさい)、人物描写に着目すると結構楽しめる。
タイトルからもっとハイテンポな逃走劇やアクションを想起したが、全体的にイメージしていたほどのスピード感はなく(クライマックスのカーチェイスでは酔いそうになって、それはそれで面白かったが)、上映時間をもう少し削れたのではと感じた。どちらかというと社会風刺的ニュアンスを感じる描写の方が目立った。
ただ、本作がアメリカ国内で高評価を得ているのは何となくわかる気がする。PTA作品にしてはエンタメ寄りかつオフビートな展開に加え、不法移民のエピソード、娘の友人が家に来た時親子で交わされるプロナウン(代名詞)の確認、過激リベラルが狩られてゆく様、白人至上主義者たちの存在と彼らの価値観など、本国の観客にとってはまさに自国が現在抱える問題や日常のリアルを散りばめた寓話のように見えるのではないだろうか。
「クリスマスの冒険者」やロックジョーが悪役的立ち位置であること、ボブとペルフィディアの家族に対する価値観が男女逆転したような関係、ウィラが最終的に活動家になるところなどから基本的にはリベラルを指向する作品なのだろうが、それでいて過激派リベラルを美化せず、どこか突き放すように戯画化した描写があるのが面白かった。
活動の態様が一番まともに見えたのは、フレンチ75よりは穏健なやり方で移民を守っていたセンセイ。主人公のボブに対しても救世主的だった。このあたりの描写のバランス、そしてボブとウィラの絆に監督のメッセージが表れている、そんな気がする。
たえず展開し、奇想天外に加速していく傑作
まるで161分間、ビスタビジョンが映し出す壮大な夢を見ているかのようだ。闘いは次から次へと展開し、その肝心の目的は主人公の人生過程において刻々と変移を遂げているかに見える。これは登場人物の誰もが「己を定義づけるものは何か?」という命題の下、もがき続ける物語。革命に燃えるパーフィディアは忽然と姿を消し、脳と体が酩酊しっぱなしのボブは自らを証明する合言葉が思い出せない。秘密結社に属したいロックジョーは審査段階で苦悩にさらされる。後半はウィラが鍵を握るが、彼女も己のアイデンティティに関わる混沌に呑まれ、夢の波間を漂うかのような前代未聞のカーアクションに身をさらす・・・。だが、根源的な主軸はやはりボブだ。世界を変える力のない彼が、娘だけは何が何でも守り抜こうと、自己認証や組織の力を越え、ひとつの個として父の愛を示す物語。激動の米社会を背景に、PTAならではの「家族をめぐる闘争」を描いた傑作である。
“駄目プリオ”の哀愁が最高。PTA映画では「マグノリア」「インヒアレント・ヴァイス」との接点も
酒とドラッグ浸りでよれよれになった中年親父のレオナルド・ディカプリオが、こんなにも哀れでみじめでダサいのにたまらなくチャーミングだなんて、最高に嬉しい驚きだ。
鬼才ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)がスター俳優からかっこ悪いキャラクターの演技を引き出す手腕という点で、群像映画「マグノリア」に起用したトム・クルーズが思い出される。同作でクルーズが演じるマッキーは、男性受講者らに意中の女性をモノにする方法を伝授する自信満々のカリスマ講師に見えるが、幼い頃父親に捨てられたコンプレックスを虚勢で隠しており、久しぶりに再会した危篤の父に感情を爆発させる。あのキャラクターも、クルーズ自身のカリスマ性を観客が納得しているからこそ、さらけ出した弱さ、歪んだ感情に驚きながらも人間味を感じて心を寄せることができた。
「ワン・バトル・アフター・アナザー」には、ディカプリオ演じるボブがトム・クルーズばりのスタントに挑むシーンが2回ある(2回目などは、ベニチオ・デル・トロ演じるセンセイとの会話にも「トム・クルーズ」の名が出る)。だが2回とも、クルーズが演じるヒーローのような華麗さや軽快さとは程遠く、中年太りに相応の鈍重さで落ちる、転がる。爆笑を誘うそんな場面にも、哀愁が漂っていてちょっと切なくなる。
トマス・ピンチョンの小説が原作ないし原案であることから、2014年製作の「インヒアレント・ヴァイス」ともいくつか類似点が認められる。ホアキン・フェニックスが演じるヒッピーの私立探偵ドックも、酒とマリファナの常用でぼんやりしていて、ダメ中年の一歩手前だ。元恋人から依頼を受け「seek & find」(謎を追い、答えを見つける)の定型で物語が始まるが、ドックが殺人の濡れ衣を着せられて「run & chase」(逃げる、追う)の要素も加わる。
一方の「ワン・バトル~」では中盤からボブとその娘ウィラが離ればなれになり、軍人ロックジョーと彼が指揮する部隊を追手とする二筋のrun & chaseが並行して進む。だがその後、ウィラを追うロックジョーをボブが追い、さらにロックジョーを追う秘密結社の男も加わり、複雑にからむrun & chaseがクライマックスへとなだれ込む。
ハリウッドスターが片言の日本語を口にするユーモラスな場面も、「インヒアレント・ヴァイス」との共通点。同作では、ドックを日本料理屋に連れて行った刑事ビックフット役のジョシュ・ブローリンが「もっと、パンケイク!」(パンケーキおかわり)と叫ぶ。「ワン・バトル~」ではベニチオ・デル・トロが空手道場の師範役で、ディカプリオが「センセイ」を連呼する。主人公を支える重要人物を日本通として描くのは、PTAが日本文化へのリスペクトをさりげなく表しているようで、これもわたしたち日本の観客にとって嬉しいポイントだ。
これまでのポール・トーマス・アンダーソン監督作品の中で、最も万人向け。人物描写や音楽の使い方などが秀逸で、名作の域に達しているエンタメ作品!
これまでのポール・トーマス・アンダーソン監督作品はツウ向けが多い印象でしたが、本作では最も製作費をかけてアクションシーンを増やすなどエンターテインメントを追求した楽しい作品になっています。
本作のメインは子供が成長した「16年後」ではありますが、前半の展開が「16年後」において重要な意味を持ってきます。
そこで前半も時間を確保してしっかり描く必要性があるのです。
上映時間が162分ではありますが、前半は前半で面白いですし、「前半」との対比のもと「16年後」の父親役のレオナルド・ディカプリオの姿や、娘との関係性などが人物造形において深みを与え、長さを感じさせません。
メインの登場人物が奇抜な役柄になっていますが、レオナルド・ディカプリオ、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロというアカデミー賞受賞経験のある個性派俳優3人の“競演”も見どころの1つです。
これまでポール・トーマス・アンダーソン監督が培ってきた人物描写手法や音楽の活用法などを駆使し、アカデミー賞でのノミネートも多数期待できる、演技も展開も楽しめる名作です。
カーチェイス
公開初日初回に観に行ったんだけど、前日の夜更かしが原因です途中で寝落ちしちゃったんですよね…15分くらいかな。ストーリーは追えたしめちゃくちゃ面白かっんですけど、全てをしっかり観たいな〜って思って年末に再度観賞。やっぱりめちゃくちゃ面白かった!
序盤のあらすじ。パット(レオナルド・ディカプリオ)が革命家として「フレンチ75」に参加し、ぺルフィディアと恋に落ち娘ウィラが誕生。幸せを手に入れたのも束の間、ペルフィディアが革命のために逮捕されてしまう。16年後、革命に敗れたパットは酒とドラッグに溺れながら、娘ウィラと二人でボブという偽名で暮らしています。ある日ヴィラが因縁のある変態軍人ロックジョー(ショーン・ペン)の異常な執着心のターゲットとなってしまい、娘を守るためにボブが重たい体を起こして動き出す。
16年後のボブは酒とドラッグのせいで冴えないオッサンになっていて、でも娘を守ろうとする気持ちだけは革命家の頃のまま。娘ウィラは確実に革命家の母親の血を100%受け継いでいるのがわかるくらい堂々としていて、父親のことは愛してるけどちょっとウザいと思っている思春期女子って感じ。この親子のバランスもとても良いんだよな。
この映画は振り回されるボブが中心に話は展開していくんだけど、とにかく登場人物のキャラが濃くて、その中でもロックジョーのヤバい変態軍人振りが気持ち悪くて最高。更にボブを助けてくれるセンセイ(ベニチオ・デル・トロ)がめちゃくちゃ良くて、ほんとよくわからないけど頼りになるし着いていきたくなるんだよ。いちいちかっこいいセンセイは物語のアクセントになってるな〜って。ボブとセンセイの絡みはほんとに観ていて面白くて、パスワードがわからないしくだりとか充電できない携帯とか、この辺りずーっと観てても飽きないよ。センセイ大好き。
あと、やっぱりクライマックスの一本道のカーチェイスね!接触したり抜きつ抜かれつって事ではなく、高低差のあるウネウネした道でバックミラーに映る追撃車にハラハラドキドキするっていう、シンプルなんだけど最近ではあまり見なかった描写に撃ち抜かれてしまった。これは確実に語り継がれる名シーンになってる。決着のつけ方まで全てが最高だもんね!
実はPTAはそこまで好きでもなかったんだけど、これは最高のエンタメだな〜って大好きになっちゃった。2時間42分があっという間。絶賛されるのも納得すぎる作品でした。
音楽は最高、作品は、、。
誰?アカデミー賞候補って言ったの?
年末、結局バタバタしてしまっているうちに、「しばらく上映してるだろう」と呑気なことを言ってたら、あっという間に上映が終わってしまいました😅。
今まで行ったことない劇場系シアターに行ったらアプリでチェックした予定より1時間早かった…。15分遅れで、慣れない、しかもちょっとクサい劇場で観たからか、ワクワク感も半減。
女の子の扱い方にもイライラするし、カナダにはこんなに感情露わに怒鳴ったり、汚い言葉使う人いないし、銃なんか持ってないし、しかもいつもは英語以外なら字幕あるのに、スペイン語にも字幕なかったし、ショーンペンが最後までひどい役だし、色んな不愉快が重なって最後には「やっと終わった…」ってなりました。
アカデミー賞って、ただ人気作品とかじゃなく、見終わった後考えさせられたり、何か残ったりする作品だから、作品賞はこれじゃない感がハンパなかったです。
高評価のみなさん、すみません。最近みなさんと評価が一致しなくなったなぁ。
役作りとはいえ、デカプリオの容姿がどんどんジャックブラックになってきて、昔の眩しさを知ってるだけに、主役としてどうなの?と、こっそり疑問に思ってます。
次から次へと現れる敵
個人的には今年のハリウッド作品で上位確定
めっちゃ面白かった!保守、革新、白人、移民、男、女。対立軸のどちらにも偏らず絶妙な風刺で全方面を茶化してる。母性のない母親、血の繋がってない父と子、黒人女性を愛する差別主義者など、登場人物のキャラクターが魅力的。アメリカらしいしこれぞハリウッド。
ディカプリオ作品で1番好きかも。ショーン・ペン作品では間違いなく1番好き。
長めの映画だけどストーリーの面白さ、ショーン・ペンの愛らしさで結末まで見入ってしまった。ショーン・ペンの死に際はホラーだが。見終わって「もう終わっちゃった」と思ったくらい満足度高いです。
とてもよかった
クライマックスのすごい坂道が連続してある場面がすごい。あんな道本当にあるのだろうか。一瞬のリアルな殺し合いが最高だ。
この後『爆弾犯の娘』という本を読んでこの本で出てくる『旅立ちの時』という映画を見て、この映画の印象がさらに深くなる。どの作品も過激派闘争をしていた親子が潜伏生活を送る話だ。この映画では更に血縁が強いテーマとして描かれており、自分にも強く訴えかける要素がある。もう1回見たい。
ディカプリオが合言葉を言えずにパニクるところも面白い。
クライマックスまでは…
う〜ん…
結局のところ、ほぼほぼ殆ど予定調和…
想像の斜め上を行く展開はクライマックス以外は殆ど無し。
そのままラストまで迎えてしまった…
まあ、この辺は、PTA本人が一番わかってるのかもしれんが…
やっぱり、もう一押し「ヤラレターッ!」感はないとねえ〜
やはりエンタメに振り切った以上、ストーリーに手を抜いちゃアカンよ。
まあ、それでもクライマックスまでは不思議と面白い。
役者の演技が皆んな良かったからに違いない。
あと選曲の良さか。
ジョニー・グリーンウッドの劇伴の方は、割とフツーに映画音楽なので期待しない方がいい。
しかし、それにしてもショーン・ペンに関しては…
あれだけの演技をした以上、あんな予定調和じゃあ全然ダメに決まってるだろ。
もう一工夫は絶対に必要だったくらいホントはわかっているんだろ?
ラストに至っては、もう…
あんな一般受けを狙ってもダメなことくらい、ホントは自分が一番わかってんだろ?
なあ、ポール君よ!
ていうか、あのスピルバーグが3回も観たと言った時点で「あああ、きっとダメだろ」と思ったソコのアナタ!
アナタの直感は、ほぼ正しい。
しかし…
実際のところ、3回くらい観たくなるシーンがあるのも、また事実なのが…
この映画なのだったりする。
やっぱり役者全員の演技、そしてカメラワークが、なんとも冴えまくってる。
特にクライマックスのカーチェイス!
本当に、あのシーンは間違いなく、暫くは語り継がれるだろう。
アレを観るだけでも、スクリーンで観ることを是非お勧めします。
ストーリーの期待値はゼロでね。
P.S.
ショーン・ペンの最期が、あまりに予定調和で「あ〜やっぱりな」だったので、勝手に少しはマシと思えるプロットを考えてみた…
例の個室オフィスを与えられ、天井から毒ガスが出てくるまでは一緒…
で、苦しみ踠き続け、意識が霞んでいく中…
オフィス内のゴミを回収するカートを押しながら地味な眼鏡をかけた(なぜか?ガスマスクを首元から垂らしている)黒人の女性清掃員が前を通りかかる…
一旦そのままスルーしようとするが、オフィスの中の異変に気づいた様子で立ち止まり…
ショーン・ペンは必至でドアを開けるよう懇願する…
清掃員はガスマスクを装着し、ドアの鍵を開け(あまりに簡単に鍵が開くのは単純に処刑用の部屋なので外から普通に鍵の開け閉めが出来る仕様になっている)
ショーン・ペンは跪くように外へ出ようとするが…
そこで清掃員が一言「相変わらず私に跪くのが大好きなのね」と言って…
眼鏡を取ると、そこに現れるのは、セクシーなテヤナ・テイラー…
サイレンサー付きの銃を懐から取り出し(黒いブラジャーが ”チョイ見え” なのがポイント)
容赦なく、ショーン・ペンの脳天を二、三発、続け様に撃ち抜く。
(裏切り者の罪滅ぼしとして、落とし前をつけに来たという設定)
最後に「あなたの帽子はとっくに捨てちゃったから、これで我慢しなさい」とMAGAのパロディ(Make American Geek Againとか?)の帽子を上から被せられ…
テヤナは鍵を閉め直して立ち去る。
見た目はMAGAのパロディ帽子を被ったまま、うつ伏せで毒ガスで死に絶えたように見えるショーン・ペン…
テヤナは、ガスマスクを外し首元にブラ下げ、一瞬だけ素顔全体がアップで映し出されるが…
そのまま何事も無かったかのように地味な眼鏡をかけ直して、清掃員として立ち去る…
その後の消息は不明…
とか…
荒唐無稽すぎる?でもコレくらいがイイんじゃない?
ちなみに、荒唐無稽すぎるので(オフィスビルの清掃員がガスマスクをつけている…)
実際は、ショーン・ペンの断末魔の妄想(どうせなら最期はテヤナに殺して欲しい… 的な…)かもしれない… というのがポイント。
そして、ところ変わって、ファーガソン親子の自宅…
ウィラが無線をしているところは一緒…
但し、奥の部屋で点けっぱなしのテレビで、例の親子鑑定装置の不具合がメーカーの社員から告発されて、製品がリコールとなり、医療現場や街中では騒然となっていることが報じられている。
テレビの音に気づかない二人は、実際のラストと同じようなやりとりをして、やはりウィラは元気に仲間の元へと出かける…
(たぶん後日には、この報道に気づくのだろうという設定)
なんてね…
これくらいは、やって欲しかったかなあ〜
やっぱり意外な方向からのプロット回収は大事よね。
エンタメに振り切った以上は、特に。
次回作はホント頼むぜ!PTA!
いやまじて最高
かつての暴力と破壊を繰り返したレボルーションは時代遅れ。現代のセンセイはコミュニティを守り安全な場所を確保していた。革命のかたちが変化していく様を軸に、もうひとつの時代遅れの象徴、白人至上主義クラブをまるでコントみたいに描いていた。
自分が白人男性であること以外に誇れるものがない男。こういう男は、頭では自分の相手は白人の女しかあり得ないとか思いつつ、自分より優位に立ちそうな女、自分の立場を脅かしそうな女には発情しないんじゃない?
抑圧されたみじめな自分を解放して、SMプレイで本能をさらけ出す快楽と、自分が絶対的優位に立てるという支配欲が相まって、あの奇跡の肉体を持った〝黒人〟の〝犯罪者〟に凄まじく執着する。
ショーン・ペンが前髪を気にする仕草にそんなことを思いながら鑑賞。
さて。
ダメプリオは見せ場がひとつもなくて最高。カッコいい行動ではなく、彼は存在そのもので娘を救っていた。ものすごくグッときた。
ラスト、娘がレオに聞く。「あなたは誰」。
母が裏切り者だったこと、本当の父親がアイツだったこと、レオとは血の繋がりがないことを知った娘がどうしても聞かなければならなかった言葉。
「父親だ!」
うん!これさえ聞ければ前に進める。
ウィラ役の彼女、すごく好き。
音楽も編集も凄まじくエッジが効いていた!
過激派と差別主義者と、セックスと、偏愛と憎しみと、、、
善良な人間は、ディカプリオが演じるパット(ボブ)の娘ウィラ(チェイス・インフィニティ)だけで、後はみな悪党ばかり。
まずは、移民解放運動の過激派メンバーの黒人女性パーフィディア(テヤナ・テイラー)が、移民収容所の襲撃作戦でロックジョー警部(ショーン・ペン)に銃を向けて命令する内容がイカれている。
ロックジョーはその経験でパーフィディアに異常な執着心を芽生えさせるのだから、こいつもまたイカれている。
その作戦に参加した爆弾魔のパット(後に身を隠してボブを名乗る)(レオナルド・ディカプリオ)は、作戦成功の興奮冷めやらぬままパーフィディアと関係をもつ。
パーフィディアはパットが仕掛けた爆弾の爆発に合わせて彼にセックスを求めたりする。
パーフィディアを追っていたロックジョーは、双眼鏡で彼女のヒップラインを舐めるように観察するほど屈折していた。
ある施設に爆弾を設置しようとしていたパーフィディアをロックジョーは遂に捕らえるが、彼女とある約束をして解放する。この時、主導権はロックジョーの方にあったのか、パーフィディアの方にあったように思えなくもない。
解放されたパーフィディアは、何事もなかったかのようにパットと合流する。
その後、パーフィディアとロックジョーはモーテルで密会するのだから、この二人は本当にイカれている。
そして、そのモーテルでの行為もイカれているのだ。
パットとパーフィディアの間に女の子が生まれ、次第に二人の関係が変化していく。
パーフィディアは母親よりも革命戦士の道を選び、パットは娘を守る道を選ぶ。
そして物語は第二部へと移っていく。
パットはボブに名前を変えて娘と二人の潜伏生活を送っていた。娘のウィラは16歳に成長している。
ここからのディカプリオはすっかりコミック・リリーフで、主人公は娘なのだ。
出世したロックジョーは、白人至上主義の結社に入会を希望する。そのためには、黒人パーフィディアとの異常な過去を知られてはならない。
過激派と裏社会とカルト集団と、孤軍奮闘する父娘の二転三転の混沌バトル。
この後半の面白さは際立っている。
特筆すべきは荒野の一本道での追跡バトルだ。
この道路が土地の起伏で上下していて、登り坂道では頂上から先が見えない。道の周囲には建物もない広大な原っぱで、正に荒野の一本道なのだ。
この地形を利用したカーチェイスのアイディアには舌を巻く。とてつもない迫力の演出。
ラリって組織の合言葉を思い出せないボブは、娘の救出に命を懸ける。警察に追われながら警察を追う。援助するのはウィラの空手の〝センセイ〟(ベニチオ・デル・トロ)だけだ。
ほぼ常軌を逸したロックジョーがウィラを捕らえたのには驚くべき目的があった。そして、そのロックジョーにも脅威が迫る。
この三つ巴・四つ巴の構成が面白い。
ディカプリオのブッ飛んだ演技も抜群だが、ペンのブッ壊れ方が凄まじい。あの歪な歩き方は演技なのか、ペン自身がどこかで身体を悪くしていたのだろうかと思うほどだ。最後にはとうとう顔までブッ壊れる。
父と娘の関係は、血の繋がりではない。
父は父であり続け、真実を知った娘もまた、父を父として受け入れるだろう。
ハチャメチャな悪党同士の〝闘い、また闘い〟の物語には、究極の父娘愛が隠れていたのだ。
全てが噛み合わない名作
誰一人として噛み合わない。
ボブはテロリストでありながら単なる爆弾魔に過ぎず、ロックジョーは白人至上主義を唱えながら本心は黒人が好きで好きでたまらない。
この二人のカッコ悪さダサさが際立っていて、白人至上主義の秘密結社は最早トランプ政権に対する究極の皮肉ともとれるだろう。
パーフィディアは娘を置き去りにし消えて行き、娘もまた母親と同じ道を歩んでゆく。
この時点で此の作品のテーマが浮き彫りになる。
”人間なんて変わらない、学習しない生き物、A型の人間がある日突然B型に変わることはない”
特に分かりやすいのがアヴァンティQの行動であり、「何があろうと俺は先住民に過ぎない」
之がポール・トーマス・アンダーソンの不変のテーマであり、誰もが唸ってしまうのだと思います。
全710件中、1~20件目を表示













