ローズ家 崖っぷちの夫婦 : 映画評論・批評
2025年10月21日更新
2025年10月24日よりTOHOシネマズ日本橋ほかにてロードショー
英国を代表する二人が挑む、ウィットと皮肉に満ちた容赦なき愛憎劇
表向きは絵に描いたようなコメディ。しかしこちらが気を緩めると、途端に夫婦の心理劇とも取れる“沼”に足を持っていかれる異色作だ。彼らはどこで道を誤ったのか。そして私の表情はいつ笑みから唖然としたものへと変わったのか。その境界線を曖昧にさせながら観客をグイグイ引き込むところにカンバーバッチ&コールマンの巧さがある。
始まりはロンドン。建築家のテオ(ベネディクト・カンバーバッチ)は、シェフのアイビー(オリビア・コールマン)と速攻で恋に落ち、それから10年後、二人はカリフォルニアで双子に恵まれた幸せな家庭を築いている。夫は建築家として順風満帆。一方、子育てに専念してきた妻は念願叶ってようやくレストランを開店させるのだが、そんなある日、予期せぬ嵐が吹き荒れ、二人の家庭内での役回りがまるっきり逆転する事態に―。

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マイケル・ダグラス&キャスリーン・ターナー主演で話題を呼んだ「ローズ家の戦争」(1989)のリメイクながら、その設定と構造は現代版としてガラリと刷新されている。脚本を手がけるのがトニー・マクナマラ(「哀れなるものたち」)なのも特筆すべきポイントで、主演二人の英国人的特質でもあるウィットや皮肉や“本音の見えなさ”を際立たせつつ、さらにアドリブを得意とするアメリカ人コメディ俳優らが脇を固めることで、夫妻が織りなす心理迷宮はなお一層、いびつで予測不能なものに仕上がっている。
建築家やシェフという、高い職能と個性を要する職種を扱っている点も面白く、一旦は成功を掴み爆上がりした自尊心があらぬ方向へ逆噴射していく主人公の姿は鮮烈だ。誰がどの時点でどうあるべきだったのかとケーススタディ的に鑑賞するのも楽しい。が、何よりも仕事上の信頼が失墜して大ピンチに陥っていくカンバーバッチと、にこやかさと辛辣さの両面をナチュラルに醸し出すコールマンの振り切れた演技を見ているだけで満ち足りた気持ちになれる。
きっと長年の友人同士による念願の初タッグ作だからこそ、容赦なく刺激しあいながら、相手のまだ見ぬ側面や表情をこれほどヴィヴィッドに引き出せたのだろう。共に同世代で、親として子を育てる身。ある意味、彼ら二人の“等身大の今”を繊細かつ過激に反映させた作品とも言えるのかもしれない。
(牛津厚信)