サタンがおまえを待っている : 映画評論・批評
2025年8月5日更新
2025年8月8日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
恐るべき悪魔教儀式の実態。その裏側に迫る衝撃のドキュメンタリー
2023年のSXSW映画祭で招待上映されたほか、同年のファンタジア映画祭ではDGC観客賞を受賞。長年コンビを組むスティーブ・J・アダムズとショーン・ホーラーの共同監督による衝撃的なドキュメンタリー。
1980年に書籍「ミシェルは憶えている」が出版される。著者はミシェル・スミスというカナダのビクトリアに住む主婦と、その担当精神科医ラリー・パズダー(のちに彼らは結婚)。そこには幼少期に彼女が受けた、悪魔的儀式虐待(SRA)の恐るべき実態が書かれていた。オカルト・ブームも重なりメディアは大々的に彼らを取り上げ、それにより同様の加害を受けた女性サバイバーたちが次々にカムアウト。また託児所で秘密の黒魔術儀式が行われ、子供の被害を訴える母親たちまで現れ、欧米社会はパニックに陥る。

(C)666 Films Inc.
「両親を含む大人たちに監禁され、性虐待を受けた」「動物を生贄にした」「胎児の肉を悪魔に捧げた」と語るミシェルの記憶は、うつ症状治療の一環でパズダーに施された退行催眠セッションによって導き出されたものである可能性が出てくる。映画はサタン教会の関係者、FBI捜査官、そしてミシェルとパズダーの親族のインタビューを通して、40年以上前の真相とその背景に迫っていく。
医師の前妻マリリンは当時のテレビ報道をすべて録画し、そのアーカイブは90時間を超える膨大なものになり、本作を構成する重要な要素となった。また、ミッシェルとパズダーの生々しいセッションを収めた音声も初公開となる。SRAの全貌を調査するため、過去に4回(米と英が1回、カナダ2回)の捜査班が組まれたが、彼らでさえ入手することが出来なかったいわく付きの音声データで、その収録時間は600時間にも上っている。
監督たちはビクトリアで生まれ育ち、この騒動も子供の頃から知っていたし、パズダーとミッシェルが住む家も地元では有名だったそうだ。監督たちは共にクィア男性で、当時託児所でのSRAを疑われ裁判にかけられた人々の中には、クィアや独身女性が多く含まれていた。彼らはいわゆる中産階級には属さず、主流派ではなかっただけで、非難され疑われた。さらに驚くべきことには、いまだに法廷で戦っている人たちもいるという。
本作はメディアの功罪や陰謀論、過剰な信仰心、集団心理の恐怖を描いてはいる。しかし、監督が焦点を絞ったのはミシェルとパズダー医師ではなく、その家族たちだ。これまで全く語られなかった彼らの思いが、本作では初めて明らかになる。これは家族の崩壊の記録でもある。当時この事件に関わった人の後ろにいる、数え切れないほどの家族の物語を思うと、暗澹たる気分になった。
(本田敬)