罪人たちのレビュー・感想・評価
全59件中、1~20件目を表示
綿花畑の一本道。宵越しの金を散財する《狂った宴》
なんか凄いモノを見せられたような感じはする。
監督陣の熱量は半端ない。
が、感情移入は難しい。
黒人のルーツ、
アフリカから奴隷船に乗せられて労働力として働く合間に歌う《ブルース》
一方では信心深い彼らが黒人牧師と歌う《黒人霊歌=ゴスペル》
そしてルイジアナ州ニューオリンズで発祥したJAZZ。
黒人のブルースをパクって歌って有名になったと言うレッド・ツェペリン。
今やスタンダードと言えるヒップホップ(ラップ)
虐げてられて来た黒人は音楽シーンでは、常に中心にいる。
1930年。アル・カポネの手下でイカサマ賭博で大儲けした
スモーク&スタックの双子のギャング。
ブルース歌い手でギターの名手で従兄弟のサミーを誘って、
あぶく銭をパァーッと散財して一夜のキャバレーを開く。
禁酒法時代なのにビールもバーボン(コーン・ウイスキーって言ってる)
ワインがほぼ飲み放題。
聞きつけた訳ではあるまいが、白人が3人、“仲間に入れてくれ“と現れる。
ところが彼らは【バンパイア‼️】だったと言う話し。
配信なので双子のギャングを演じるマイケル・B・ジョーダンの
カッコいいお顔もよく見えない。
まぁ、アップの少ない映画ではある。
要するに【故郷に錦を飾る】
それが彼らの目的だったのでしょう。
幼馴染や妻や昔のガールフレンドに、ただ酒を振舞って
大いに飲み食い歌う・・・
それがバンパイアの乱入でとんでも無い殺し合いに発展してしまう。
夜の酒場、
綿花畑の一本道を走るオールド・^ ^オープンカーから見える
底抜けの青空。
この対比が素晴らしかった。
何が言いたかったの良く分からないけれど、
ユニークでタランティーノ監督の「フロムダスクティルドーン」を
彷彿させる映画。
あの映画もあんまり乗れなかったなあ・・・。
タイトルなし(ネタバレ)
最後、老いたサミーとスタックの「今でもあの夜の恐怖で週に一度は起き上がれない、けどあの日は人生で最高の日だった」「人生最後の太陽」「自由だった」って会話はめちゃくちゃグッときた。結果が最悪だと幸せだった時間をむしろ恨んだりするからね、そう思えるのは本当にかけがえのないどんなことが起きても価値が変わらない瞬間があったんだなと。
ライアン・クーグラーの特製闇鍋
実話ベース、名作その後、アメコミなどで才を発揮し、すっかり現ハリウッドきってのヒットメーカーとなったライアン・クーグラーのニュープロジェクトは、完全オリジナル。
これまでのどの作品とも違う。何処にこんな引き出しあったのかと驚く。
斬新さと野心さ。一つのジャンルに括る事や説明するのが難しい。
双子の黒人が故郷に帰る。西部劇ムードも漂う、古き良きアメリカ映画…?(でないのは雰囲気から明らか)
双子の片割れはかのアル・カポネの下で働いていた。禁酒法時代、双子は酒場を開こうとする。犯罪映画…?
双子の弟分な青年サミー。ラストも(老年期の)彼で締めたり、実はなかなかキーキャラ。彼のアイデンティティー…?
常連マイケル・B・ジョーダンが一人二役。個性的な登場人物や軽妙な会話のユーモア要素、妻や元恋人との再会の恋愛要素、哀愁漂うドラマ要素をスパイス。
印象的な味付けに当時の黒人差別への訴え。黒人を隔離する“ジム・クロウ法”が背景になっている。ブラック・ミュージックを歌う酒場や黒人アウトローはそのアンチテーゼにも捉えられる。
遂にオープンした酒場。人々が集い、大い賑わう。音楽映画…?
宴に誘われてやって来たのは、一見流れの白人ミュージシャンたち。追い返すが、彼らの正体は…。
賑わう宴の夜は、恐怖と惨劇の夜へ。
ジャンルごちゃ混ぜのメインディッシュは、ヴァンパイア・ホラーだった…!
まるでクーグラー版『フロム・ダスク・ティル・ドーン』のような。
不穏さと何処かシュールさを漂わせ、ヴァンパイア乱入辺りから一気に畳み掛ける。
怖さは無いが、意外とバイオレンスなアクション。
そこに異様な高揚感の音楽の力。白人たち(実はヴァンパイア)のカントリー・ミュージック風の曲はなかなか聞き惚れ、一部ミュージカルのような装いも。
ヴァンパイア・ホラー×アクション×音楽。下手すりゃ支離滅裂になりそうなものを、クーグラーはしっかりエンタメに昇華。
その上でメッセージ性やドラマもそつなく。
双子のスモークとスタック。固い絆で結ばれていたが、ヴァンパイアになってしまった元恋人のメアリーにスタックが噛まれてしまう。自分の半身を失い悲しむスモークに、ヴァンパイアになったスタックが揺さぶりを掛ける。
人間か、ヴァンパイアか。傍目には分からない。疑心暗鬼になったりユーモア孕んだり。
外にはヴァンパイアの集団。スモークらは酒場内に閉じ籠る。
酒場の面々は黒人やアジア人。行き場が無い。
ヴァンパイアは主に白人。圧を掛ける。
この意味するものは…?
ヴァンパイアのリーダーにも横暴や傲慢が見受けられる。
襲い来るもの、退治するものはヴァンパイアではなく、人種差別。クーグラーの訴えは強烈だ。
全米ではオスカーノミネートも有力視される絶賛と初夏のサプライズ大ヒットだが、合わない人も多いだろう。
かなりブッ飛んだ題材。バイオレンスやグロ。ポリコレ。…
濃いように思えて、一体何だったんだ?…とも。
珍味で旨味もある刺激的なライアン・クーグラー特製闇鍋をご堪能あれ。
ラストシーンから察するに、続編も出来そうな…?
あの2人が現代で…って感じで。
そうなれば『ブラックパンサー』や『クリード』以上にライアン・クーグラーのライフワークになったりして…?
ミュージカル?
何か展開が軽いと云うか…
上辺だけの人種差別な感じで妙な雰囲気の世界観。
見終わった感想としては、一度観たらもう二度観ることは無い作品。
YouTubeで結構予告を観ていて、期待していたが
予告の展開そのままで大した感動も無いあっさりした
ストーリー展開で、所々で変な演出が…
途中で気が付いたが一人二役なんだなと…
「MICKEY17」は性格の違いが色濃くて分かり易い
感じだったが、この作品の双子はパートナーが黒人と白人と
いう、その違いだけで判別が付きにくく、只昔に比べて
技術面で違和感無く映像が作れるというだけで、演技が微妙だと
面白みが全く無く、自己満足にしか見えない。
前置きが長く本題が短くてアッサリした作りで満足出来ない。
二人の出世に絵の描写が無く、会話のみの断定的では無い曖昧な
会話で進行するので腑に落ちない。
友人関係も過去の描写、幼少期とか青年期というシーンが無いので
薄っぺらい。黒人と白人のハーフらしいが白人にしか見えない。
これは危険だ皆帰れと帰すが、全員吸血鬼になってて合唱して
何だコレ状態…。殺される→吸血鬼で性格も全く吸血鬼寄りに全振りで
泣ける。人が殺されると皆動揺しまくりの錯乱状態で収拾が付かない展開も
見てて面白く無く、毒蛇をサッと片付けて、掻っ払いに躊躇無くブッ放す
兄弟に期待させて置いて、この体たらくは何なんだろう……
最後に歌のうまい主人公?の老後に二人がやって来るが、何コレ?
吸血鬼全振りの性格は何処へ行ってしまったんだ?
只、英語、英会話は出来ませんが確かに歌は旨いと思う所。
やり過ぎ? だが
キリスト教に弾圧されたケルトをヴァンパイアにして"キレイな"音楽で善人の顔で近づく だが 彼らは店の承認がなければ入れない これは今の日本じゃ作れない いつの間にか"人種差別"は日本の方が厳しくなった それは良くなってるのか それともホワイトウオッシュがより進んでしまったのか 後半はフロム ダスク ティル ドーンか?になるが 前半はグリーンブックのパロディのようなロードムービ-か 車に乗りながらのギターや酒場でのアフリカルーツからの現在をのシーンは最高 最後はなんとバディガイが登場で 彼の伝記映画?とも思わせてくれる だが設定は1932年第一次世界大戦から14年後だから バディガイはまだ生まれてはいない 途中インディアン(ネイティブ アメリカン)は「インディアン嘘つかない」の役で登場 荒唐無稽だが歴史を用いて、やり過ぎだが 現在のホワイトウオッシュ化を皮肉とエンタメで昇華させようとしている そもそも エンタメとはファンタジー アイロニー リアリティならば これは完璧な映画か? もう一度観て観るか
想像していたものと違う作品でした
「なんだなんだ、一体なんなんだこの映画は!?」でした。
タランティーノ張りの内容を期待していたのですが、まさかバンパイヤが出てくるとは! 最近は、映画はできるだけ前情報なしで観るようにしていますが、今回ほどびっくりこいだのはないです。で、内容ですが、バンパイヤが出てくるまでは会話とかよかったし、そのあとの展開に期待持てたのですが、バンパイヤ出現後は他のホラーと変わりばえない感じ。最後のKKK襲撃のシーンでバンパイヤとKKKを重ね合わせているのかなあって思った程度。
とにかく期待外れでした。
自分らしく、人間らしく生きることの大切さを描く傑作ブルースホラームービー
今年のアカデミー賞を総なめするんじゃないかと言われてる、ブルースホラー映画。
自分の夢を叶えるためには何かを犠牲にしなくてはいけないという神話の時代からの物語を否定的にとらえ、自分らしく生きることこそが美しいと力強く描く傑作。
映画公式サイトがジュークジョイントのこと、全く文化的センスなく、ダンスホールって訳してて、字幕大丈夫かなとドキドキしてみてましたが、サラッと酒場って訳しててまずはホッとしました。
前半ヒューマンドラマ、後半ホラーときいてましたが、そういう先入観持たない方が楽しめるんじゃないですかね。映画的な仕掛け、伏線からの回収などがしっかり地続きで、単純にエロくてカッコいい、デートムービー向けホラーでした。
まあ、ホラー映画ですよと言われると、ホラー初心者向けって感じで物足りないのもわかります。心霊とかじゃないからあんまり怖くないし。まあセックスしたら死亡フラグみたいな懐かしさはあるので、昔のホラー映画ぽい感覚ですね。ホラー苦手な方もまあ大丈夫なレベルかと思います。
劇中、ブルース音楽が好きな方にはおなじみの黒人特有の文化的なキーワード(キャットフィッシュ、モジョなど)や差別的なスラングは日本語訳でやわらかい表現になってるため、少しわかりづらいのかも知れませんが、ボクが観た回は、初日ということもあり場内外国人のお客さんが多くて、言葉わかるからかめちゃくちゃウケてました。1番うけてたの、ち○こ映るとこだけどな。
とにかく音楽と編集がすごいので気軽に楽しんでいただき、ブルースってカッコいいなーくらい思ってもらえたら、いちブルースファンとしてこんなにうれしいことはありません🙇
※ちなみにボク自身は70年代の日本のブルースブームはあとで知った世代で、80年代後半くらいから、リスナー、プレイヤーとして、ライブ活動やブルースセッションでの交流など、わりかしどっぷりブルースにハマってきたタイプの人間です。とは言え、誤りがありましたらコメント欄でご指摘いただけましたらうれしいです。
まず、バンパイヤを呼び寄せるきっかけになった中盤のあのシーンについて。ここで、ブラックパンサーから継続したアフロフューチャーリズムが早くも登場します。
※アフロフューチャーリズムというのは、テクノロジー、未来、宇宙と黒人文化が結びついた、アフリカ系のアーティストが表現するユートピア思想のこと。例えば黒人によって作られたエジプト文明が滅ばずに今も最先端のテクノロジーとして発展する世界線、みたいなことです。
頭のショットで突拍子もない衣装で黒人がギター弾いてますが、あの衣装は明らかパーラメントとかEW&Fといったグループのコンセプトだったアフロフューチャーリズムを表現してるものです。ライアン監督の好きなヒップホップだとアフリカ・バンバータとかも初期は同様のアプローチでしたね。
ここ、なんでジミヘンじゃないか?というところがポイントなんですよね。特定のミュージシャンじゃないのは、明確にアフロフューチャーリズムの普遍性を表現したかったんでしょう。ご丁寧に頭とおしりで2回も彼が登場します。
ブラックミュージックの継続性も表現してますが、関連のない京劇もいれてるのは、監督が、やっぱりアフロフューチャーリズムが大好きなだけなんじゃないかと思ってしまいますね。せや、ここに入れとこ!みたいな😆
音楽的な表現としては、最後に全部持っていくのが、年老いたサミーを演じる、レジェンドブルースマンのバディガイなのが痛快なのですが、これは後ほど。
ブルースは、個人の孤独や失恋を歌ってるイメージがあるかと思いますが、実は元々はえげつない下ネタソングも多いし、つまりは欲望、願望をストレートに歌ってるわけです。そこがゴスペル側からみたら悪魔の音楽ってことなんですよね。
この映画では劇中のブルース曲はシリアスなテーマに振ってるので、性的な欲望は、セリフやお芝居で表現してるんですね。
ここのところは、悪魔と契約してブルースを手に入れたというクロスロード伝説とは、少し距離を置いて考える必要があるように思いました。
この映画はクロスロード伝説をちらつかせつつ、かなり周到に、クロスロード伝説の主人公のロバートジョンソンのように安易に魂(自己)を差し出して、才能や富や名声を得るという誘惑にのるということを否定しているように受けとめました。
その証拠に劇中でもロバートジョンソンじゃなくてチャーリーパットンの名前出してますし、おまけ映像で冒頭のゴスペルの曲をブルースにアレンジして演奏して、サミーの音楽の根っこがゴスペルにあると示し、ゴスペルとブルースの関連性なども伝えてるのかと思います。
むしろ、映画ラストの年老いたサミーが、バンパイヤになれば永遠の命が手に入るという提案をされますが拒否し、人間として死ぬことを選ぶこと。ここをクロスロードと逆の構図にして、人間らしく生きることの大切さを伝えているのかと思います。
映画では描かれないサミーの生き様を想像させるような感動のラストシークエンスだと思いました。
2020年代にスクリーンの大画面でバティガイのギター弾き語りの一発撮り!録音マイクから周りのピーンと張り詰めた空気伝わりました。監督、ありがとうございます。あんた、最高だよ。
バディガイは、あのブルースブラザース に対してのオリジナルブルースブラザース と呼ばれたコンビの片割れです。ボクは60年代くらいシカゴブルースで活躍してた頃のバディガイが一番好きです。
90年代にはジェフベックらゲストミュージシャン入りのアルバムでグラミーもとりましたが、その頃の日本でのライブは、観客に媚びすぎで、ライブに一緒に行った友人達と今の言葉でいうとオワコン認定するほどでした。まあ、ファンに感謝してファンが喜ぶことを優先させちゃう、人の良さ、それがバディガイというブルースマンの魅力であり、欠点といいますか。
そんな風にキャリアがめちゃくちゃ長い、バディガイ。セリフでも、あんたのアルバム全部持ってるけど、生ギターのやつが最高だぜ、の流れから弾き語りになりますが、実際のバディガイもアコースティックギターの音源はたしかアルバム1枚しかないし、(ジュニアウェルズと共同のものも1枚しかないかも)、キャリア的にはエレキギターメインのブルースマンなのです。
映画内の残された時間はわずか、というところでバディの実年齢が90歳に近いとこで、リアリティがありすぎてどうしても泣いてしまいます。このシーン、ヘイリーが自分のおじいちゃんを見てるみたいな切ない、いい顔するんですよね。
ちなみに弾き語り前のライブシーンのエレキギター弾くところの実際の音源は、バディガイの横でギター弾いてるキングフィッシュか、エリックゲイル(ズ)じゃないかというのが、ボクの見立てです。バディ以外のミュージシャンが画面に登場しないけど、ここはバディの謙虚さでキングフィッシュの登場となったんじゃないかなと予想。バディとしては有望な後輩にここから先のブルースシーンを託してる意味もあるんだと思います。
気になってたもうひとりのブルースマン、ボビーラッシュは、ハーモニカの吹き替えだけで、出演はなかったように思いました。吹き替えてる役者さんが微妙にボビーラッシュに似てて、まさかねーとは思わされましたが。
この映画、大ヒットした音楽映画「はじまりのうた」に対するアンサームービーの意図もあるような気がしました。
「はじまりのうた」はブラックミュージックをけなしてる構図になってます。
中盤のあのシーンで未来といいつつ、今のブラックミュージック見せたりもそのためだし、「はじまりのうた」のプロデューサーの娘を演じたヘイリーを本作のすごく重要な役で登場させてるのはそうことじゃないですかね。しかもクレオール(雑にいうと黒人と白人のクォーター)って設定が憎い。
音楽的にもアイルランド勢が活躍してるとこはケルト、黒人勢の見せ場はブルース、とシームレスに繋ぐという、ものすごいことやってました。このあたりもアカデミー賞でも評価されるんじゃないですかね。
検証してないので話半分で聞いてもらいたいのですが、サムの歌のハミングのところの音階が、冒頭のアニメのアフリカ呪術の音と一致。この音階がブルース最大の発見であるブルーノートスケールをなぞってるんじゃないかなと。
音楽評論家の方のnoteでサミーがやってる「Travelin'」とバディガイのは、コードが違うという話からの、サミーのはカントリーとのミクスチュアを意味してるという内容を読みました。
たしかに若いサミーの時代は、年老いたサミーが弾いたコード(いわゆるブルース進行)のものが実は少ないということもわかりますし、ブルース進行は、50年代以降のシカゴブルースから一般化したのですよね。
若いサミーの時代はブルースが実際にはブルースとカントリーは影響しあったことももちろんわかりますが、ここはゴスペルとブルースのミックスを示してると考えてた方がこの映画的にはしっくりくる気がしましたね。
具体的には先日亡くなったスライの名曲、スタンドをサウンドオブブラックネスがカバーしたあたりから、ゴスペルのアルバムにソウルやロックのミュージシャンが参加したりと、リアルではゴスペル自体もミクスチュアが進行しているように受けとめております。
と考えていくと、黒人が迫害された歴史や音楽が白人に盗用されたメタファーとして、白人のパンバイヤが襲ってくるという受け止め方は、どうもそこじゃないんだよな、という気がしてます。そんな差別、迫害メインでここまでアメリカでヒットするわけないしなと。
音楽好きの方なら、いやいや黒人も白人もミュージシャン同志は、お互いリスペクトして影響しあってきたやんということもご存知のはず。はい、なのでホラーパートは、はっきり言うとゴスペル、ブルース、カントリー(劇中ではアイルランド民謡)が、影響しあうミクスチュアを刺激的に表現してるというのが結論です。
これは斬新!
今夜(2025/09/27)レンタルで観ました。
『ジャンゴ』や『それでも夜は明ける』などの展開を予想しましたが、良い意味で裏切られました👍
アウトローの黒人兄弟、スモークとスタックの帰還。白人から物件と土地を買収し、即日でクラブをオープンさせます。
スタッフやミュージシャンをヘッドハンティングし、遂にオープン。最高に自由な時間を歌と音楽と酒とギャンブルで満喫するも束の間、招かれざる客がやってきます。姿形は人でも異形の3人。
オープン初日のクラブで勃発する異形との戦いは、最高にゾクゾクします😆とその前に、クラブ内のモンタージュも斬新で、今までになかった描写と非現実感を満喫しました。
アジア系の奥さんが、異形を招くことで始まってしまう抗争シーンでは、画面の上下サイズが拡がり、激しい戦いを否が応でも予測してしまいます👀💦
すべてが終わった後の魅せ方も超絶クールで、ケチの付け所は、144分で少々長い所くらいなものです。
黒人音楽の渋くてパワフルな音楽、アイリッシュミュージックの優しい音楽、異形の集団が闇夜で歌う姿など、ディズニー辺りがやっていそうでやっていない絶妙なラインを攻めていて、目が離せなくなりました🤩
最期に残るのはサミーですが、年老いた彼の姿、ギタープレイと渋い歌声は、もっと長く聴きたいほどに魅力的でした。
こんな事ならIMAXで観ればよかったです🫦💢(笑)
自由な日
濃厚〜
情報量多い〜
音楽が胸を叩きつける〜
と、かなり嬉しいしんどさ。
黒人差別が激しい時代、プランテーションの綿毛を摘む人々、禁酒、白人用トイレ。
そんな時代に双子のスモークとスタックはシカゴのカポネに入り何やらやらかして大枚を叩き酒とダンスを楽しめる酒場を作り自分達の自由を得る為に行動を始める。
まず、行動が早い。
朝に建物を買い、二手に分かれて看板や料理、人材集めを行い夜にはオープンである。
行動力!
スタックが1人また1人とメンバーを増やすくだりはワクワクしたし、収容所の話を音声で表現したのがより生々しい。
その初日に青年サミーはギターでブルースを奏でるという形で双子の叔父たちと行動を共にする。
サミーはギタリストを夢見ていたが厳格な神父である父の反対で叶わぬ願いであった為、嬉しいお誘いだ。
人間関係や愛情のもつれや恋の始まりなどのドラマも細々と描かれるので物語もどんどん肉厚になっていく。
ボー夫婦に声をかけた時に妻に伝言を娘に託す過程を長回しで見せて、あぁ中華系だから中央に店を構えているのかなと。
そんなふうに所々に長回しや音のタイミングでの切り替えなどが多用されるので、どきりとするシーンも多い。
一方、夕焼けの中大怪我をした1人の男が一軒の家の夫婦の元に逃げ込んでくる。
金貨をチラつかされ匿われるも追ってきた原住民になんだか不穏な事を言われる。
なんか雲行きが変わってきたぞ…
オープンした店は満員で大盛り上がり。
しかし、現金のない人も入れてしまうので初日から経営方針の対立。
流れるピアノ、かき鳴らすギターとサミーの歌声、皆のリズムと足踏み。
ブルースとはこういうものだ!と分からせてくれる。
ソウルフルというやつか…音楽には詳しくないのだけど、とにかくすごい事だけは分かるので、ただ圧倒。
…あれ?なんか変なやつが隣にいない?って思ったらカラフルな衣装とギターの持ち主が背中合わせで弾いている。なんだか未来的。古典楽器の様なものを弾く人、ターンテーブルが回りDJがリズムを刻みラップが始まる。
コンテンポラリーダンス、中華系、ボンゴ、現在過去未来、様々なジャンルの音楽人種がサミーの元へ集まり踊り歌い続ける。ここの長回しはトリハダものである。
サミーの歌声に合わせぐるぐるぐるりと沢山の音楽とそれを楽しむ人々。カメラは再びサミーに戻り、彼の歌声は夜空へ燃え上がりその炎は格子を破り彼らは差別のない自由となる。
そんな中、3人の影が立つ。
3人は愉快にバンジョーを鳴らして中に入れろと。
あ!レットミーインだ!
そこでこの作品はホラーだった事を思い出す。
それくらい前半のストーリーが濃密だったのだ。
吸血鬼対決が盛り上がるか心配なくらい。
しかし、吸血鬼ものとしてもきちんと作られていて1人また1人と吸血鬼化。
先に逃した客も一様に吸血鬼化されてしまい、その悪魔を中心にダンスを踊る光景はゾッとした。
サミーを差し出す要求するも未来ある若者を守る大人たちにジンとくる。
吸血鬼といってもチューチュー吸うのではなくガブリなので集団に男がやられる様はゾンビを彷彿とさせる。
吸血鬼化したスタックと対抗するスモーク。2人の胸に揃いのペンダントが映る。
戦いの間、互いを必要としつつもどちらかが勝たねばならぬ状況で「守ってやれてすまない」「いつも守ってもらった」と決着をつける2人。妻の手製のお守りで弟が噛みつけないのも良い。妻もあなたを守ったよ!
冒頭に戻り壊れたギターを持ち教会に戻るサミー。
固く固く握り締める手。
まだまだ続くよ、次はKKK。
ちょこっと出ただけかと思ってたが、まさかガチで出るとは。いろいろと分からないけどとにかくすごい武器を持ちスモークは無双。妻のお守りをちぎり、兄弟の揃いのペンダントを巻きつける。
腹に一発致命傷を受け、妻と子供に出会い終える。この演出は本当に素晴らしく途中で遮られた時に邪魔するなって思った。ほらー、ちょっとアニーが嫌な顔したじゃん。
大人達に守られたサミーの未来。
彼は壊れたギターを手放さず、プランテーションの一本道を1人走り去る。
老いたサミーはシカゴで成功し、夢を叶えていた。
演奏するその歌声は聴こえない。
謎の2人組が…
スタックとメアリーじゃん!めちゃくちゃ俗世にハマってるじゃん!エンジョイしてる!ウェーイ!
スモークは弟を手にかけることはできなかった。
しかし、サミーには手を出さないという約束もきっちり守るあたり、双子の絆だなと思う。
あの日、車の横で初めて聴いたあの歌。あの時の驚いた顔。サミーの生の歌声が響く。
あぁ、だから最初の演奏シーンは歌がなかったのか。
レコードでもテープでもない生の声、大人達に守られ努力し叶えた彼の歌声はスタックの前で披露される。
サミーの音楽をずっと聴いていたというのもそれが発端だとも思うが、叔父としても見守ってると思うとにっこり。
別れ際にはハグ。
最後に語るのはあの日のこと。
思い出しては辛くなるが、あの日が最高で自由だったこと、そしてスモークがいた事。それは人種が異なってしまっても2人の大切な思い。
3人で一本道を車で走る。
前には双子の叔父さん、荷台にはギターを抱くサミー。
綿毛の畑を抜ける道を青空のもと自由へと走った車。かけがえのない3人で。それは自由であり幸福。
不意打ち号泣のラストでした。
エンドロール中の余韻がすごく音楽もとても良いので浸っていたら、若いサミーが教会で歌う映像まで出るとかサービス精神旺盛。
1本で1粒も2粒も美味しく、豪華おまけもついてるよ!な仕上がり作品。
あと、いろいろな作品のオマージュ多くてこちらもニッコり。
ほんとに情報量多くて考察のやり甲斐のある作品なのだろうけど自分の教養の無さにがっかりだよ。
人生で最良の日
アフリカ系アメリカ人とアイルランドから来たヴァンパイア。
1930年代当時、お互い苦難が多かった者同士、
ブルースとフォークの対比も面白く、
単純に人間vsヴァンパイアというよりも、
そこに至らしめている背景なんかも考えながら観ていた。
特に前半では、黒人が迫害されている時代背景がわかるような
描写(白人専用トイレなど)があり、
スモーク&スタックの原動力の根底にある怒りを感じた。
それから、酒場での音楽(現在〜未来にかけての描写など)も秀逸で
劇伴というよりも、酒場でかかる音楽がありながら、
物語が進行していくスタイルにも斬新さを感じたし、
なんとも言えない高揚感があった。
もちろん、この場に限らず、スタックとサミーが乗った車での
サミーの弾き語りシーンもラストに繋がっていて、グッとくるものがあった。
ラストのスモークによるかたのつけ方や妻と子の幻想を見ながら
この世を去っていくスモークの姿からは、
彼なりの幸せを感じた瞬間だった。
ラストのラストで、
年老いたサミーとスタック&メアリーの会話シーンにおいて、
「太陽が暮れるまでのあの1日が、人生で最良の日だった」と
サミーが話し、スタックも賛同する、このシーンで終うのが
鑑賞後感の良さにつながっていると思った。
意外性のあるエンタメとしても楽しめるし、
当時の時代背景に思いを馳せつつ見ることで、空気感なんかも
感じ取ることができる秀逸な作品。
闇鍋?ごった煮?てんこ盛り!?アメリカでは大ウケか❢
9月21日(日)
映画秘宝のライターである友人Sの家に行き、二人とも劇場公開時に見逃した「罪人たち」(つみびとたち)をAmazonPrimeの配信で一緒に鑑賞する。
アメリカでは大ヒットしたため、急遽日本でも公開されたようで、あまり大きく宣伝されなかったので公開館数も少なく見逃していた。(Sは埼玉では上映していない、と怒っていた)
1932年10月16日のミシシッピ クラークスデール。
朝、血だらけで顔に大きな傷を負った若者が折れたギターのネックを握り絞めて教会にやって来る。何があったのか?
その前日。
シカゴで一旗揚げた双子の兄弟スモークとスタックが7年ぶりにミシシッピに帰って来る。稼いだ金で古い製材所を買い取りダンスホールをオープンするつもりなのだ。ビールと酒はシカゴからトラックで大量に運んで来た。ギターを弾いてブルースを唄えるいとこのサミーを誘う。スタックは言う。「そのギターはチャーリー・パットンから賭けで巻上げたものだ」「本当?」サミーは、そのギターでブルースを唄う。
町に出たスモークは昔馴染みを訪ねて開店の手伝いを頼む。シカゴ・ギャングだったスモークは自分の車から泥棒しようとした奴の脚を容赦なく撃ち抜く。
料理、ミュージシャン、看板も揃う。黒人の労働者たちが集い、オープニング・ナイトは盛り上がり、酒を飲み、踊り、歌い、カオスの中で皆がパワフルに燃え上がる。
しかし、そこに黒人ではない三人の客がやって来る。その客はとんでもない客だった。そして、あの事件は起こった……。
エピローグ・1992年
あの事件があってから60年後、サミー(バディ・ガイ)がステージに上がってエレキギターを抱えてブルースを奏でている。
そして、ステージを終えたサミーを二人組が訪ねて来る。その二人とは…。
マイケル・B・ジョーダンが双子の兄弟を一人二役で演じている。同じ画面の中に映り混んでも合成が上手くいっているので、あまり違和感がない。1本のタバコを二人が交互に吸うカットもある。
監督のライアン・クーグラーは、「クリード」や「ブラックパンサー」のシリーズ的な作品以外はデビュー作以来12年振りのようで、色々と詰め込みたかったのかな。
黒人とブルースとKKKとヴァンパイア。
ドラマと音楽とアクションとホラー。
何が出て来るか分からない闇鍋か、何でも入っているごった煮か、色々な料理てんこ盛りか。
お腹が一杯になるか、嫌いなものが出てきていやになるか、観る人によって評価が分かれるかも。私は、結構興奮して観られましたよ。
おまけ
日本の鬼退治にIMAXスクリーンを独占されて、こちらの鬼退治はIMAXスクリーンでの上映機会は少なかったようだが、IMAXで観たかったな。
バディ・ガイはブルースの大御所らしい。
思想と文化
黒人音楽、ヴァンパイア、アイルランド民謡
この3つが綺麗に融合している。
特に音楽の力が凄まじい。
他民族の侵略、思想と文化の破壊は
今も尚、現在進行形。
ヴァンパイアだけではここまで創れない。
サミーのブルースは最高でした。
2部構成的な作品が好きな人におすすめ
この映画は1930年代のアメリカを舞台に、前半と後半で大きくトーンの異なる二部構成になっている。前半は、長年の夢だった酒場を開くために大金を手に故郷へ戻ってきた双子(スタック/スモーク)の兄弟を中心に、彼らの仲間やミュージシャンたちを巻き込んで開かれるパーティまでを描く、ミュージカル的なパート。若きブルース歌手である主人公が披露する歌唱や、往年のブルースの名曲を巧みに挿入した演出が魅力で、まったく飽きさせない。
特に、双子が仲間やミュージシャンたちを次々と連れ出していくシーンのワクワク感は個人的にとても印象に残った。パーティ開始後のライブ演出も素晴らしく、主人公の歌が持つ時代を超えた、普遍的な魅力を、DJやエレキギターなどの現代的な要素を重ねる・ミックスする演出には鳥肌が立った。
一方で、気になった点もある。
後半のホラーパート──パーティの最中、主人公の歌声が“ゾンビ”(劇中ではヴァンパイアと呼ばれる)を呼び寄せる展開──に入る必然性がやや薄く、前半とのつながりに違和感があった。伏線もやや唐突で、浮いて見えたのが正直なところ。とはいえ、家族がゾンビ化してしまうことへの葛藤や、銃弾が飛び交う中での肉弾戦などは王道ながら迫力があり、ベタではあるが十分に楽しめた。
前半で示唆、双子の裏社会的な過去や、主人公の卓越した音楽的才能が後半でどう活きるのかと期待していた分、そこが大きな展開に繋がらなかったのは少し残念だった。ゾンビ映画に一貫した連続性を求めるのは筋違いかもしれないが、やや肩透かしを食らった印象は否めない。
それでも、ラストシーン──片割れの双子と主人公の静かな対話──には心を打たれるものがあった。やや「取ってつけた」印象もあるが、それでも主人公が最後まで失わなかった“音楽への情熱”は、この映画が前後で大きくトーンを変える中でも貫かれていたテーマだったのかもしれない。
バンパイアになる事 人間でいる事
始めは?しまった…と思ったが、中盤から面白い展開に
典型的なバンパイアがある農家に逃げ込んで…増殖 兄弟の弟が噛まれて…
ニンニク🧄を生で齧るシーンも印象的 最後までシートにね
エンドロール後もオマケあり
事前に情報収集しない方が良さそうだったのでそのとおりにしたところ、残り1/4くらい?のところで「へ?」となりました。招かれざる客ってKKKじゃないの?そっち系の映画だったのねー、と。たぶん知ってたら見てなかったと思うので、結果オーライです。
食いちぎるヴァンパイヤなんて見たことないので、てっきりゾンビなんだと思いました。ヴァンパイヤって首に犬歯を刺して血をチューチュー吸うだけではないんですね。
どうりでべらべら話すわけです。
あんなに怖い思いをするくらいなら、優しく噛んでくれるっていうし、あっちの仲間になった方が楽だなー、なんて余計なことを思いました。
それから、黒人さんの顔が似すぎて区別がつかないよー、と思ってたのですが、一人二役だったんですね。マイケル・B・ジョーダン。有名なんでしょうけど、彼の出演作はノータッチでした。
あのバスケ界の神なら知っているんですが。
エンドロールで、IMAXカメラで撮影したことを初めて知りました。もう公開から時間が経ってしまったのでIMAX上映がなく残念でした。
何の前情報も無く、というのも難しいと改めて実感しました。
音楽が良かったです。ギターの音色が美しかったです。
一言で言うには難しい
この映画を一言で言うと、という簡単なまとめが難しい映画だった。
禁酒法の時代。プランテーションで綿花を作って生きていく黒人達。神父の父親。そしてギターと音楽。そこに何故か吸血鬼。
主人公はシカゴから故郷に帰って来た双子の兄弟とその甥。彼らのミュージカル映画でありヒューマンドラマでありバケモノと戦うサバイバルホラー、非常にごった煮な映画だった。
印象的なのは、双子の弟が甥のギターを始めて聞いて目を丸くし歓声を上げるシーンと、その後に老いた甥の演奏をもう一度褒めるシーン。魂を震わせる、という言葉はありふれているが、歌唱シーンは正にそんな仕上がりを見せている。
タイトルなし(ネタバレ)
序盤は懐かしのコーエン兄弟の『オーブラザー』を思い出しつつ、音楽共に楽しめていました。
ところが中盤からゾンビ映画に転換!
こういうの嫌いじゃないので、新鮮な気持ちで楽しめました♪
エンドロール始まってからも何度も楽しめる内容なので途中退出厳禁です🈲
ありだと思います。
佐久間宣之さんがラジオで紹介していたので、観に行きました。劇場は日比谷ミッドタウン内ではなく、近くの地下とうろ覚えだったので、気を付けたつもりでしたが、到着した場所は東宝シネマズのスクリーン12で、シャンテとは別の建物。何とかシャンテに辿り付きましたが、QRコード入場はできず、端末で発券する必要があった。
映画は、ブルース好きにはたまらない設定で、いい感じで進行するが、後半一転してゾンビ映画に。「カメラを止めるな」を思い出させるチープだけど、ニヤニヤと見てしまう、ミュージカル・インディーズ・ホラーという斬新なジャンルの映画でした。
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