「金貨では太れない」罪人たち wawausoさんの映画レビュー(感想・評価)
金貨では太れない
英題は「Sinners」です。この場合、邦題の「罪人たち」というのは宗教的な意味合いを持ち、つまり異教徒です。黒人もアイリッシュもいずれも「Sinners」であって、それは彼らの文化の根源がキリストに根ざしていないことを意味します。アイリッシュ民謡を歌うバンパイアたちは十字架を恐れません。その二つの異なる音楽文化が互いを拒絶しながら混淆していきます。
ところが、私は音楽にも宗教にも疎いので「そういうことなんだろうなあ」と推察するばかりなんですが、この映画はおそらくオスカーを狙って作っていて、そういう場合は宗教、文化をよく知らない観客のために、理解しやすく歩きやすい迂回路が用意されています。
なので鑑賞中、お金に着目しました。誰もが直感的に理解できるアイテムです。作中4つのお金が出てきます。
1.主人公の兄弟がシカゴでだまし取ってきたドル -> 白人の地主から建物を買う
2.ヴァンパイアが持っている金貨 -> 新たな仲間の勧誘に使う
3.バーで客が払うドル -> バーの売上
4.バーで客が払う農園通貨 -> 主人公は使用を拒否する
地主から買った建物は翌日その地主に襲撃されます。主人公を殺して奪い返そうという考えです。ひどい話ですが、手に入れた経緯を考えると因果応報だとも思えます。
主人公はヴァンパイアの金貨を受け取りません。代わりに彼らはそれを使ってバーから人をおびき出し仲間にします。私が重要だと考えるのは、仮に主人公がこの金貨を持っていたとしても使うことはできないということです。この金貨を担保にドルを調達しなければなりません。当時の黒人にそのような手続きが許されていたとは考えにくいです。
農園通貨でひと悶着置きます。弟と妻は客が使うのを許そうとしますが兄は認めようとしません。結果として店の損益見込は赤字になり、それを知ったメアリーはヴァンパイアの金貨におびき寄せられ彼らの仲間になり、弟を襲ってヴァンパイアに惹き込みます。
まともなお金は「3」の客が払うドル通貨だけです。そしてそれだけでは当然足りません。彼らにはドルにアクセスする経路がなく、合法的にそれを手にすることの困難さが理解できます。主人公は元軍人です。おそらく時代を考慮するとアメリカ南部はかなり不安定だった時期だと考えられます。その中で命をかけて国に奉仕したあと、マフィアの手下になりそして故郷で持金をすべて奪われる虚しさは相当なものだろうと思います。
そんなことを考えながら鑑賞するんですが、大恐慌の中で仕事もせずに怪しい占い店を営む妻のまるまると太った姿態を見せられると、全然飯食えてるじゃんって安心します。
