Un simple accidentのレビュー・感想・評価
全1件を表示
専制体制下のユーモア
家族を乗せた車で夜道を走る男。山中で飛び出してきたイヌをはねてしまい、車の修理が必要になる。たまたま手近にあった修理屋へかけこみ、応急措置をして町へ戻る。ところが修理屋は車を運転していた男をつけねらい、街中で襲って拘束する。男はかつてイラン政府で残酷な拷問を担当する捜査官で、修理屋はその犠牲となって半生を棒に振ったのだった。
ようやく訪れた復讐の機会。修理屋は男を生き埋めにしようとするが、あと少しで男に土をかぶせ終わるところまで来て、修理屋の頭に疑いがきざす。さて、この男はほんとうにあの拷問をした男なのだろうか?
そこで修理屋は縛り上げた男をワゴンに乗せ、確認のためかつてともに拷問を受けた仲間に見せて回ることにする。仲間はあの捜査官かもしれないと知り、そろって激高するが、本当に同じ人物かは誰も確信がもてない。そこで一行の人数はどんどん増えてゆき…。
と、これはつまりイランの専制体制をヒッチコック的ユーモアで嗤ってみせるダークコメディなのですね。しかしその底に「拷問と検閲」という陰惨な現実が横たわっている。実際に監督のジャファール・パナヒは現在もイラン政府の監視対象になっていて、この作品も最後のシークエンスを撮っているとき警察にカメラを押収されたのだそう(映像データはハードディスクに入っていることを警察が知らなかったため映像は生きのびた、といういきさつ自体も映画みたい)。
こういう先行きの分からないグダグダ物語はカサヴェテス以下いろいろありますが、この作品はつねにイラン政治の重苦しい現状が遠景に控えていて、他のどこにもない空気感があります。そしてそれだけ厳しい環境で撮影されていながら、俳優はみんなすばらしいし、演出もカメラも的確。素材をパリへ持ちだしてから加えられた緻密なサウンド処理も、この映画の重要な要素です。
全1件を表示
