ハルビン : インタビュー
ヒョンビン&ウ・ミンホ監督が「ハルビン」を通して実感した“映画の力”

精悍かつ誠実さのにじみ出る佇まい、そして確かな演技力によって国内外で人気を獲得している韓国俳優のヒョンビン。本日から公開となる「ハルビン」では、祖国への熱い思いや苦悩を抱えた歴史的人物に扮し、気迫あふれる演技で見る者を釘付けにする。複雑な感情を表現したヒョンビンの“瞳の演技”に驚愕したという、ウ・ミンホ監督。「愛の不時着」が世界的ヒットを果たすなど、あらゆる作品で圧倒的な存在感を発揮してきたキャリアの中でも、新たな挑戦に立ち向かったというヒョンビン。来日した2人が、本作を通して実感した“映画の力”について語り合った。(取材・文/成田おり枝、編集/大塚史貴)
【「ハルビン」概要】

アジアを震撼させた歴史的事件を現代の視点から再解釈した本作。1908年、参謀中将アン・ジュングン(ヒョンビン)率いる大韓義軍は日本軍との戦闘で大きな勝利を収めた。アン・ジュングンは万国公法に従い、戦争捕虜たちを解放すると主張するが、これをきっかけに同志たちとの間に亀裂が生じる。1909年10月、日本の政治家である伊藤博文(リリー・フランキー)が大連からハルビンに向かうとの情報を得たアン・ジュングン。伊藤を殺害することこそが、亡くなった同志たちのために自分ができることだと確信した彼は、ウ・ドクスン(パク・ジョンミン)、キム・サンヒョン(チョ・ウジン)とともに大連行きの列車に乗るが、日本軍に察知されてしまう――。「KCIA 南山の部長たち」のウ・ミンホが監督を務め、「パラサイト 半地下の家族」のホン・ギョンピョが撮影を手がけた。


●ウ・ミンホ監督、ヒョンビンの“瞳の演技”に驚愕
――ヒョンビンさんが、祖国に対する熱い思いや信念だけでなく、苦悩や挫折、悲しみなど、アン・ジュングンの心のひだや多面性を表現しています。ウ監督は、製作報告記者会見で「ヒョンビンさんを見た瞬間、彼こそがアン・ジュングンだと確信できた」とお話をしていますが、撮影をしながらも「この役はヒョンビンさんにしかできなかった」と感じた瞬間について教えてください。
ウ監督:毎シーン、どのような瞬間もそう感じることばかりでした。ヒョンビンさんは、目の微妙な動き一つで、アン・ジュングンという人物の恐れや、使命を成し遂げようとする信念や意志など、複合的な感情を表現していました。以前、ヒョンビンさんの作品を観た時にも、そういった演技がすばらしいなと感じて。テレビではなく劇場で、この目を見せるような作品を作りたいと思っていました。だからこそ本作のクライマックスでも、そのすごみを感じられるようなシーンを撮っています。また劇中でアン・ジュングンが列車に乗っているシーンがありますが、そこで彼は帽子をかぶっています。こちらからは目がよく見えないにも関わらず、アン・ジュングンの感情が伝わってくるんですね。その瞳を見た時には、本当に驚異を感じました。
――ドラマ「愛の不時着」が世界的ヒットを果たし、「コンフィデンシャル/共助」や「極限境界線 救出までの18日間」など映画でも鮮やかな存在感を発揮してきたヒョンビンさん。多彩なキャラクターを演じてきたキャリアの中でも、今回新たな挑戦となったのはどのようなことでしょうか。
ヒョンビン:まず「ハルビン」という作品に出演することを選択したこと自体が、僕にとって新たなチャレンジだったと感じています。俳優にとって、実在の人物を演じるというのは大きなプレッシャーがあるものです。観客はその人物に対して、すでにあるイメージや自分なりの考えを持っていることもありますので、そこに寄り添うべきなのか、あるいは映画的な想像力を持って作っていくべきなのか、その境界線をしっかりと考えながら役作りをしていく必要があるからです。そしてアン・ジュングンという人物は、韓国で大変な存在感を持つ、象徴的な人物でもありますので、さらに大きなプレッシャーがありました。

――どのようにして、そのプレッシャーを乗り越えたのでしょう。
ヒョンビン:監督に対する信頼感が大きかったです。監督から「意味のある作品を一緒に作りたい」とお話しいただき、その言葉に心を打たれました。それからは負担よりも、監督と一緒に仕事をしながら、意味のある作品を残したいという気持ちに変わりました。
●砂漠、氷上、戦場…過酷なロケで国民的俳優が見せた素顔
――劇中では、敵であっても相手を信じることを選ぶなど、アン・ジュングンがとても純粋な人として描かれています。演じる上では、難しい役柄のようにも感じます。
ヒョンビン:演じるのは、とても難しかったです。僕としては、アン・ジュングンが持っていた信念は、国権を回復させることがベースになっていると感じています。同時に、不要な犠牲はあるべきではないと考え、人間を尊重するという気持ちを大切にしていた人であると。劇中では、同志の中で不信感が渦巻いたとしても、彼は未来に対する希望を持ち、同志を信頼する姿が描かれています。そういった場面は、アン・ジュングンの人となりや、彼の考えを強く映し出していると思います。

――ウ監督は、アン・ジュングンはどのような人物だと感じていますか。
ウ監督:彼の自叙伝を読んだところ、とても高潔な精神を持った人で、戦いの中でも品格を失わない人だと思い、映画でもそういったところに重きを置いて彼を描いていきました。たくさんの同士たちの犠牲、献身を感じながら、彼はハルビンへと向かいますが、その旅路においては大きなプレシャーを感じていたと思います。自分が失敗したとしたら、仲間たちの思いが水疱に帰してしまうわけですから。アン・ジュングンはカトリック教徒でもありましたが、彼はキリストが十字架を背負って歩くように、苦しい道のりを歩いていきます。本作ではそういったことを表現するために、アン・ジュングンが一人で歩くシーンをたくさん撮っています。
――韓国国内だけではなく、ラトビアやモンゴルなど大規模な海外ロケーションを敢行した本作。広大な砂漠や氷上など圧倒的な風景と共に、当時の様子やアン・ジュングンの旅路を映し出しています。撮影中に大雪に見舞われたり、モンゴルのロケはマイナス40度の中で行われたとも伺っています。6カ月にもわたる撮影は、かなり過酷なものだったのではないでしょうか。
ウ監督:ヒョンビンさんをはじめとする俳優の皆さん、スタッフの皆さん、全員が渾然一体となって挑んだ撮影となりました。本当に大変ではありましたが、みんなで一緒に同じ目標に向かって進んでいる。私自身、そういった実感をもっとも味わえた作品になりました。映画作りをしながら、強い絆、繋がりを感じていたんです。ヒョンビンさんも、本当にご苦労されたと思います。アクションシーンを含め、代役を使わずに、すべて自分でやると言うんですから! 監督としては怪我をしたらどうしよう…とハラハラしました(苦笑)。そういう強い気持ちで映画作りに立ち向かい、あらゆるプレッシャーを乗り越えて最後までやり切る。それがヒョンビンという俳優で、だからこそ国民的俳優なのだと思いました。

――アン・ジュングンが見渡す限り氷の世界を歩いていくシーンは、映像の美しさと彼の抱える孤独が重なる場面として完成しました。
ヒョンビン:あのロケ地に辿り着くまでは、とにかく大変な道のりでした。でもIMAXの大きなスクリーンで完成作を観た時に、一面に氷が映し出されていて大きな衝撃を受けたんです。本当にすごいシーンになったなと思いました。現場では絶えず、監督といろいろな話をしながら撮影に臨んでいましたが、お互いにいろいろな悩みやアイデアを出し合いながら、あらゆる判断や決断が集まって、大きなスクリーンにそれらが結実しているのを観られた時の喜びというのは、何ものにも変え難いもの。俳優というのは、こういった喜びがある仕事なんだなと改めて感じることができました。
●国や言葉を超えて人々をつなげる、映画の力
――ジャパンプレミアでは、伊藤博文役を演じたリリー・フランキーさんが「この作品が両国で上映されることこそが平和の象徴」だとお話ししていました。お二人は、映画はどのようなことを可能にすると感じていますか。
ウ監督:日本と韓国の間では映画の交流が盛んに行われていますが、そういった交流はこれからも続けていくべきだと思っています。そして私は、映画の力というのはとても大きなものだと感じています。たくさんの命が失われていく戦争は、とても悲劇的なものです。そういった戦争や悲劇を繰り返さないためにも、本作のような時代を映し出した映画が必要なのではないかと。起きたことを振り返り、忘れず、記憶する。それはとても大切なことです。キム・ソンス監督が作られた、「ソウルの春」という映画があります。1979年に起きたクーデターを描いた映画です。昨年の12月に韓国で戒厳令が宣布された際、若い軍人や市民たちは「ソウルの春」を観ていたからこそ、自分たちがどうすべきかを考えられた部分もあるはず。それは間違いなく、映画の力だと思っています。

ヒョンビン:映画を通して、私たちは他者の人生や、その人が置かれた状況や感情、そして生きた時代を間接的に経験することができます。その経験をしながら、共感ができる。つまり共感を可能にすることこそが、映画の力だと思っています。違う視点から他者を見つめ、共感することでお互いを理解する。また映画は、国や言葉を超えて、人々をつなげてくれる力も持っている。映画の力とは、とても大きなものだと感じています。
ウ監督:さすが、ヒョンビンさん。いいことを言います! 韓国の者としてはヒョンビンさんの作品を観たことがない人はいないと思います。私もヒョンビンさんの作品が大好きです。「彼らが生きる世界」ではヒョンビンさんがドラマ製作の監督を演じていましたが、同じ職業をしている私から見ても、ものすごくリアリティがありました。「愛の不時着」、「私の名前はキム・サムスン」もとても魅力的でしたが、私が一番好きなのはやっぱり、アン・ジュングン役を演じるヒョンビンさんです(笑)!
