「コントラストの可能性」旅と日々 あんのういもさんの映画レビュー(感想・評価)
コントラストの可能性
日本に住んでいる韓国人の若い女性脚本家が、ノートに鉛筆で、脚本を書いているシーン。あまり筆はノっておらず、苦しみ、迷いながら書き進める。次第にノートの文字と、描かれた映像が往復してゆき。
夏の浜辺。初対面の20代前半の男女が、海を眺めながら、他愛もない話をする。なにか意味ありげな自然風景の映像がたびたび挟まる。一日共にし、互いが自然と、明日も海に来る流れを感じ取る。翌日。台風が接近し、大雨のなか二人は浜辺で出会う。男女は大雨でズブ濡れになった服を脱ぎ捨て、大荒れの海へ飛び込む。
その映像を観ている学生の後ろ姿が映る。上映後、監督と脚本家の女性が登壇し、学生からの質問を受ける。しかし、質問にうまく答えられない。彼女は自信を失っていた。講演後、女性は教授に脚本が書けないことを打ち明けると、教授に「仕事は適当でいい。旅に行ってみては。」と言われ、背中を押された。直後、教授は亡くなる。その後、教授の家を訪れた脚本家は、生前教授が集めていたカメラを一つ受け取り、生前の言葉を胸に、旅に出る。
冬の田舎。大雪の山間部。宿を予約せずに来てしまったため、山奥の宿に泊まることになる。そこは宿というよりも民家のようで、中年男が一人で暮らしていた。宿の男と、脚本家の女性の数日間の共同生活。男に脚本家であることを伝えると、二人で新しい物語を考える。日々、何をするわけでもなく時間だけが過ぎてゆく。ある晩、男は「裏の池にいる錦鯉を見に行こう」と、女性を連れ出す。
というような、あらすじである。とても不思議な映画。というのが率直な感想だが、それだけではあまりにももったいない。
冒頭のシーンから印象的である。脚本家が文章を書くと、次のそのシーンの映像が流れる。それを何度か繰り返し、導入とする演出は今まで見た事がない。フィクションの中のフィクションのような。多次元空間のような。この構造が所々に現れる。これがクセになり、この映画の魅力の一つである。
その導入からつづく前半部は、明らかにフランス映画を意識した考えさせる描写が続く。男女の他愛もない話は、他愛もないはずなのに、どこか意味ありげに引っかかり、残り続ける。小舟で漁に出ると、赤子を抱いた女性の死体が引き上げられた。女性は白くなり、鼻や口には藻が詰まっている。死体が引き上げられたところは、タコの棲み家で、タコに食い荒らされて赤子は白骨化した。という話や、ここから見える地平線は何キロ先にあるか。という話。そんな中、海や山、様々な動植物の映像や、そこに住んでいた住民の生活風景のモノクロ写真がたびたび挟まる。その他にも解けない謎がいくつかある。なぜ、少女の左手の中指に、包帯が巻かれていたのか。少女の母親らしき女性が外国人だが、少女からはそのような節は感じられない。夢の中と現実の境のような、よくわからない世界が続く。
しかし、このよくわからない世界は、ある一瞬で現実に引き戻される。それは、映像を観ている学生の後ろ姿が映るシーンである。ここで、ハッとさせられる。映像を観ている人を観ているのである。これが先ほど書いた、フィクションの中のフィクションのような構造と重なる。なんとも不思議な、気持ち悪い感覚に陥る。そして、上映が終わった後のシーン。教授がまず感想を伝える。「難しそうで、エロティシズムを感じた。」と。結局、このエロティシズムとは、単に服を脱ぎ捨てた女性の水着姿であり、それ以上でもそれ以下でもない。非常に薄い感想で、フランス映画を見た、多くの人が抱く感想と重なる。きっとこのような感想が、脚本家の女性のスランプに拍車をかけたのだろう。
対して、後半部は実にわかりやすく、日本の大衆映画のような作りになっている。上映中に、何度も客席から笑い声が聞こえてきた。それが何よりの証拠である。前半部を夢の中のような世界とするならば、後半部は、現実の世界と言えるだろう。
私が、この映画の最も重要だと思った点に、コントラストがある。それは様々に形態を変えて現れる。わかりやすいところで言えば、前半部と後半部のコントラストである。夏と冬。海と山。夢の中と現実。フランス映画と日本映画。そしてこのコントラストは、脚本家の女性の心理描写や心、気持ちの変化を如実に表現しており、実に効果的である。前半部は、夢の中のような、ぼんやりとした世界。雲に覆われ、どんよりとした空。台風や大雨。このような描写から、自分を見失い、スランプに陥っていた女性を、表しているのではないだろうか。対して後半部は、常に一面の銀世界。そして、女性は常に黒い服を身にまとう。黒い服単体では、悲観的に考えてしまうかもしれないが、白と黒はコントラストの中でも最上級である。旅を通じて、自分を再び見つけ、脚本に向き合う女性を、表しているのではないだろうか。このように、いくつものコントラストが様々な方向に絡みあって、映画を形作っている。
この映画で最も評価できる点は、とっつきづらいフランス映画を、その体裁を保ちつつ、日本映画と組み合わせることで、とっつきやすいものにした事である。相対すものを並べることによって、単体では感じ取ることの難しい空気感や雰囲気といった、より、その本質に近い、深い部分について感じ取りやすくなる。この技法は後にも先にもこの映画だけなのかもしれない。
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