でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男のレビュー・感想・評価
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「真実」はどこにあるのか。観る者の心を試す129分。
事実をもとに、今なお社会に横たわる教育現場の問題を映画として“公に”した意義は大きい。
本作は「でっちあげ」というタイトルのとおり、表と裏、正義と暴力、加害と被害がぐるりと入れ替わる。その構造が見事に映像で描かれている。
冒頭30分で登場するのは、誰が見ても“暴力教師”としか思えない男。
綾野剛さん演じる薮下先生は、無表情で口元が歪み、目には生気がなく、まるで世の中の悪意をすべて吸い込んだような顔をしている。
観客はすぐに感情を「生徒とその家族」側に重ね、「この教師は許されるべきでない」と確信する。
この導入部のテンポと演出は素晴らしく、否応なしに物語に引き込まれる。
しかし、本作のタイトルは『でっちあげ』。ここで終わるはずがない。
物語は、視点をくるりと反転させる。
今度は薮下先生の視点。
教室では生徒に耳を傾け、頭ごなしに怒ることはない。家庭では、芯のある妻とまっすぐ育った息子と穏やかな日々を過ごす、誠実な教師の姿が描かれる。
そんな“日常”を破壊したのは、なんと「子どもの小さな嘘」。
それを信じた母親がモンスターペアレント化し、マスコミを巻き込んで善良な教師を追い詰めていく。
その後、湯上谷弁護士(小林薫)が登場し、長い年月をかけて無実を証明する――。
しかし、奪われた10年は戻らない。傷ついた心も、家庭も、完全には元には戻らない。
ここで観客は問われる。
「本当に悪かったのは誰だったのか?」
「もし自分だったら、あのとき、どうしていただろう?」
綾野剛さんの演技は圧巻だった。モンスター教師と善良な教師という両極の人物像を、違和感なく演じ分けていた。
柴咲コウさんもまた素晴らしい。とくに裁判シーンで見せた“感情が死んだ表情と声”は冷たく心に残る。脇を固めるキャストも適役揃いで、リアリティを底上げしていた。
ただひとつ、後半の展開にはやや弱さも感じた。
なぜ律子が“でっちあげ”に走ったのか。そこにもっと深みがあれば、物語はさらに厚みを増していたかもしれない。
私は、彼女自身の過去やトラウマが動機かもしれないと想像しながら観ていたが、結末は意外にあっさりしていた。
けれども、これが“実際に起こった事件”に基づく物語であることを思えば、過度な脚色を避けた姿勢も納得できる。
事件から20年。
この事実を風化させず、映像作品として世に問いかけた本作の意義は大きい。
教育現場に関わるすべての人に、そして「自分には関係ない」と思っている人にこそ観てほしい。
これは“誰にでも起こりうる物語”なのだから。
何でこんな凡庸な嘘がバレなかったの?
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アメリカ嫌いの小学校教師・綾野は混血の生徒を虐めてた。
怪我をさせるレベルの体罰を日常的に与えてたうえに、
最後には自殺を勧める。生徒は自殺未遂しPTSDになる。
生徒の母コウが学校に怒鳴り込んで上記を主張。
でも上記はコウの捏造で、綾野は無実だった。
むしろその生徒が問題児で、綾野は正しく指導してた。
ことなかれ主義の校長は綾野に保護者会での謝罪を指示。
こうして仕方なく謝罪、これがマスコミに漏れ大騒ぎ。
さらにコウが綾野を起訴、裁判が始まる。
綾野は世間から悪人扱いされ、叩かれまくる地獄の日々。
もはや何を言っても、誰も耳を貸そうとしない状態。
そんな中で弁護士の薫が弁護を引き受けてくれる。
綾野が本当はいい先生だったこともあり、
生徒の保護者が陰ながら力になってくれたりもした。
それによりコウの嘘が暴かれて行くことになる。
そもそもコウも少年も、全く混血ではなかった。
コウがアメリカの学校を出たというのも嘘だった。
それに綾野が体罰してる場面を誰も目撃してない。
さらに生徒がPTSDというのもコウの嘘だった。
アホ医者がコウの話を鵜呑みにしてそう診断してた。
ということで綾野はついに無罪を勝ち取った。
ただ学校が一度認めたため、体罰はあったとされた。
それが10年後、ついになかったと認められ終了。
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何の恥じることもしてないのに、
悪意を持つ人間のせいでどん底まで落ちる男の話。
綾野にすっごい共感したし、心から応援したくなった。
やってもない罪を認めろという校長が最悪。
綾野もそんなの認めちゃアカン。自分に正直でいないと。
とは言え、校長に歯向かえない気持ちもよく分かる。
まだ若いし、職を失うのが何より怖いんやろうしね。
おれも同じ年齢で同じ立場なら、同じ選択をしてそう。
やっぱり人の下で働くのは向いてないわおれはw
話としてはめっちゃ面白かったのやが、
これってホンマに実話ベースなの?とも思った。
だってコウの凡庸な嘘が何で裁判までバレてないの?
そもそもこれって完全に刑事事件やと思う。
思いっきり傷害事件やし自殺教唆なんやから。
もし警察や検察が調べればすぐに解明してるはず。
なのに何で民事のみで争われてたのかが不思議。
薫弁護士が特段優れてたとも思えない、
こんなのどんな弁護士でも勝訴してそう。
あと驚くのが、研演じる校長と亀梨演じる記者。
どちらも最後は綾野の味方になるんやと思ってた。
いやまあ単に、演じてる俳優的にやけど。
ところがどちらも最後まで糞野郎なんで驚いたわ。
最後まで自分の都合しか考えてやがらんw
何故…
こんなことになってしまったのか
…はじまりは
その生徒の母親が体罰だと言って
学校に乗り込んでくる
どこか"怪物"を彷彿される
一方的に見ると先生が虐待している
様に見える演出
どうして教師がターゲットに
なってしまったのか
…校長が冷静に教師の話を聞き
子供たちの聞き取り調査を
しっかり取っていたら
教師の人生を狂わすことに
なってなかったと思ったりする
そこにマスコミが一方的に
煽るから裁判まで…
思ってもいない方向に進んで
やっていない事に謝罪したことが
悔やまれる
知らないうちに巻き込まれていく様は
…本当に怖い
マスコミは現在も何ら変わらない
週刊誌も一方からの取材で
真実かどうかわからない
売れる記事だったら
相手が傷づくことも厭わない
ネット社会で生きる私たち
考えさせられる作品です
リラルホラー
今までにも「冤罪」をテーマにした映画はいくつもありましたが、またひとつ、心を震わせる作品に出会いました。
ポイント:
◯ 原告と被告、それぞれの供述に基づく主観の違い描写から始まります。特に自分は、最初これが実話だと知らずミステリー作品だと思って観に行ったので、視点の違いに驚かされ、最初はどちらが本当なのか分かりませんでした。その両面性を見事に演じ分けたキャストの演技、特に主人公が大変素晴らしかったです。
◯ 勝訴しても素直に喜べない、そのリアルさ。弁護士との会話や家族とのやりとりの中にも心に刺さる瞬間が多くありましたが、映画は観客の涙を過剰に誘うことなく、ただそのまま物事を語る姿勢が好印象でした。想像を絶する体験を経た人間が、簡単に立ち直れないのは当たり前です。爽快な逆転劇もなく、心の傷も簡単には治れません。ただ、支えてくれる人がそばにいれば、少しずつ前へ進むことができる、ただそれだけです。
◯ 裁判後にも物語が続きがあった。「冤罪」を扱う映画では、被告がその後どうやって社会復帰するかの描写が省かれがちですが、本作では少しとはいえ、その様子が描かれていて良かったです。個人的には、処罰の取り下げで終わっていれば完璧だったとも思いますが、あのラストを加えたことで、さらに考えさせられることがありました。
一応これは民事事件なので、厳密には「冤罪」という言葉は適用されませんが、世論やメディア、さらには虚偽の主張をした保護者団体によって理不尽な断罪を受けたという意味では、まさに「冤罪」と言っても差し支えないでしょう。こうした事件が起きるたびに思うのは、なぜ人間は事実無根の情報に対してこれほどまでに過激に反応してしまうのか。映画には描かれていないが、その教師の奥さんや息子、またほか関係者の方々もきっと大変バッシングを受けたことでしょう。たとえ事実だとしても、他人を攻撃したり、感情的に断罪したりする理由にはなりません。そして、もしまだ事実が明らかでない段階であれば、なおさら冷静さを失わければならないことです。
ゾッとする
最初は原告、氷室家の目線で始まり、裁判で被告薮下先生側の陳述「何一つ事実はありません」の一言で真実の物語が始まる
氷室家(特に母)の悪意が一人の教師の人生をどん底に落としていく
輪をかけて校長と教頭、マスコミ、世間などに追い詰められる教師
今の時代ならそこにSNSも加わって想像するだけでゾッとする
救いはいい弁護士に出会えたこと、家族が見放さなかったこと、一人でも味方してくれた児童がいたことですね
綾野剛と柴咲コウの被害者の時と加害者の時の表情、特に目の違いが恐ろしく上手い
児童に虐待するときの綾野剛の演技はトラウマになりそう
生きていくのに大切な事を教えられた
週刊誌には嘘がまぎれてる100%信じるのはやめようと思った映画に出てくる校長や精神科の医師は自分の地位と立場を守る事で精一杯他人を助けようとする気が全くない平気で嘘の証言をしてふりかかった火の粉を払い逃げる事しか考えてない綾野剛演じる先生に優しい家族がいて優秀で良心的な弁護士と出会えて本当良かった10年後先生がヨボヨボしておじいちゃん先生みたいになってた奥さんも亡くなったのかな?柴咲コウさんが怖すぎたあんな死んだ目の人が近寄ってきたら全力で逃げようと思う三池崇史監督作品はエンドロールにながれる音楽が作品にぴったりで最後まで映画楽しめます
初っぱなから絶望感!
実際にあった事件を元に作られた作品ということであったが当時の事件を敢えて何も目にせず鑑賞。
冒頭の綾野剛はファンである私ですら絶望感と嫌悪感でいきなり胸を掴まれる。
割と初めの方で「でっちあげ」という事が分かった時点ではちょっと展開の速さに疑問が残った事だけがマイナス点。
せっかく異常者を演じる綾野剛にお目にかかれたのですからもう少し「殺人教師」である綾野剛を堪能したかった。
あの手の役を演らせたら右に出るものはいないってくらいの目で周囲を黙らせる柴咲コウの裏の顔や表の顔も個人的にはもう少し堪能したかった。
最もこの事件をよく知ってるいる人からしたら結末は分かっているであろうからそこは知らずに観た私の意見に過ぎない。
ともかくゾクゾク感とイライラ感、もどかしさでいっぱいになりあっという間に終わった。
「毒親」という表現はこの事件をキッカケに出たのかも知れないと思った。
親よりも先生の方が立場が低いのは現在も変わりない気がするが「学校」として何をしなければならないのかが一番の焦点な気がする。
記者である亀梨や弁護士である北村がもっとクローズアップされても良かったかなと思うが、贅沢な役者の使い方としては最高かも。
ともかくこの作品は親と教師、学校と家庭で少しでも歯車が狂えば今の世の中でも簡単にこういう事が起こり得ると思うと本当に怖いなと感じた作品だった。
決して気持ちよく楽しい作品ではないけど引き込まれるには十分過ぎる作品だった。
エンドロールの最後、
「三池崇史監督」と流れて思わずウンウンと頷いてしまったのは言うまでもない
ドールハウスより怖ろしい
.
冤罪の怖さを見せつける映画でした。
私の近くにも「他人を傷つける真っ赤な嘘を、真顔で確信的に言う人」がいました。また同様なスタイルでセクハラ・パワハラ告発として会社の人事部に訴える人は後を絶ちません。
波風立てないことを最上とする、部下を守ろうともしないいい加減な上司(校長・教頭)、超いい加減な権威者(精神科医の先生)、妄信的に正義感を振りかざす一方的な豪腕者(マスコミ報道者)は、世間に山のようにいます。
常に冷静に事実を見つめる姿勢を保ちたいと心から思いました。
構成・脚本は見事だったと思います、この映画。冒頭の10~15分の映像の後から「教師が悪くない」という展開にどうやって持っていくのか皆目想像できませんでした。
ただラストの10~15分は余計だったと思います。裁判終了から数分で閉める(その後の話はナレーションにする)ほうがあっさり感があって良かったのかもと思いました。
面白かった!
素直に面白かったです。
面白かったって表現はどうなのかとは思うけれど、
どうなるの?というドキドキ感はすごかったです。
そして驚いたのは、Wikipediaで調べると、かなりの部分がノンフィクションだということです。
綾野剛先生の人の良さにつけこんでの、一方的な周りの押さえ込みが酷い。
一番悪いのは、柴咲コウさんよりも、校長と教頭だと思いました。
こんな管理職にあたると不幸ですね。
親の意見を鵜呑みにするだけでなく、何故?を聞いて、
もっと守ってあげればいいのに。
マスコミもただただ面白がって、報道するその姿勢は2003年も今も同じなのかな。
あの夫婦は、お金が目当てなのですかね?
悪の権化は何も罰を受けず、綾野剛さんが傷ついただけというのは切ないと思えます。
映画としては、
三池監督らしい、スピーディーな展開が良かったです。
tiktok好きな若者層にも受けるのでは。
薮下さんの奥様は?
最初、氷室律子が話した際の担任薮下の態度100%あり得ない、未知数の保護者に対して初対面であんな尊大な教師なんていない。
次の薮下の言う話は、今の教師そのものでよく調べているなと思うくらい自然に入って来る。こちらが正しいとすぐわかる。
ここまでで1時間、そう、観ているのが嫌になり、
時間を何回も見る。
薮下の言うことを聞き入れてもらえない時、
殺人教師、とかメディアで叩かれてどう挽回するのか、
と、イヤ〜な気持ちいっぱい。
小学校においてADHDと認定されるされないにかかわらず、周りの教師や子供の正しい判断による注意などを聞かず好き勝手に暴れたり同級生に乱暴をはたらいたりしながら家に帰れば、教師よりも怖い母親の前ではいい子になる知恵の働くヤツは大変始末が悪い。
そういう母親だから、体面を繕うことも染み付いているわけで、一つの物事を見る場合も自分に都合がいいようにしか取らない。親も始末が悪い。
親によっては、得てして低学年なら教師の言葉よりも子供の言い分の方を100%信じがちである。だんだん学年が進むにつれて親も頭を打ち学習して自分の子供の言い分をそのまま信じなくなる。
そうして子供も嘘がつけなくなり、親子共々成長するのだが。
拓翔は4年生、同級生にちょっかいを出してワルサをする。じゅんやがよく狙われていた。
身の回りの片付けが苦手なのか朝持って行った筆箱の中味が帰って来た時はほとんど入っていない状態。
母親は拓翔の手にメモしておくが、拓翔が見なければ意味がない。こういう子のお母さん、子供を連れて放課後教室に来て一緒に探すこともある。
拓翔は母親に詰問されて嘘をついた。
普通の母親なら担任がそんなことするはずがないから、子供特有のすぐバレる嘘だとわかりそうなものだが、律子母は信じた、というか、ねじ込む材料を見つけた、とでも思ったのか。
日本の司法制度で仕方ないのか氷室夫妻が薮下に賠償請求しているが、被害を受けたことを認めてもらいたいが為の賠償請求なのか、ただ単に担任イジメと金儲けを企んだのか⁉️
こう書いて合点がいった。
氷室律子の真の狙いは、
薮下イジメと付随する金儲けが目的だった、と。
いくら子供の嘘やら体面やらがあるにせよ、
動機•理由がわからなかった。
薮下をターゲットにしたのは、家庭訪問の際、
律子のミスだったが、認めたくなく、
夜に来た薮下の真意も律子のミスだとわかりつつ、
立場上、自分のミスと言う薮下にムカつき、
ヤッてやろうじゃないの、と考えた、納得。
(もちろん私の独断的な考えですが)
屋上での話。
律子が拓翔が自殺しかけて私が止めたから命が助かった、
薮下は殺人教師だ、とか言ってたが、
どこの屋上か?
学校なら施錠されている、子供一人で行けない。
校長も教頭もクズ、
担任薮下の話をとことん聞くのが仕事。
親の言い分と合わないところを言及しないと。
教育委員会、市役所からの回り持ち職員の集まり。
ほぼ数年で異動があり腰掛け的な人もいるだろう。
人にもよりますが。
課長補佐とか課長とか部長とか役職付くと、
ちょっとは子供の為とか言うけれど、
とにかく無難無難無難が第一。
新聞やらメディアを怖がり薮下のようにメディアに
追いかけ回される者を毛嫌いする。
そして、委員会独自の調査もせずして懲戒処分を下す。
メディアも悪いけど、薮下の家に貼り紙する輩を
警察は逮捕して欲しい。
一つわからないのは、停職6ヶ月で給料支給せず。
なのに教育センターで研修っておかしくないですか?
研修させるなら給料出さないと。
だからサボろうが、飲酒しようが、ほっといてくれ、
と思った。
余談ですが、
停職6ヶ月と懲戒くらうと、
大概その日付けで辞職、となるパターンをよく目にするが、その場合もちろん冤罪ではない。
いい弁護士が付いて良かった。
薮下さん、辞めずにくらいついて勝った、というか無実が証明されて良かった。
多くの人に見てほしい
期待を超えました。
年を重ねると、ホラー映画よりこういうのが1番怖い。実際にこんなモンスターに目を付けられたら、と不安になります。
20年前の事件とのことなので、時代はモンスター〇〇と言われ始めた頃でしょうか。正直この事件のことは知りませんでした。今の方がクリティカルシンキングが浸透しているので情報を鵜呑みにしないかもしれませんが、当時はマスコミの報道をみんな信じきっていたと思います。橋の下で撮られた写真なんてもう…切り取り方によって印象は180度変わりますよね。
俳優さん達の演技は皆素晴らしく、特に柴咲コウさんと綾野剛さんは見事でした。柴咲コウさんの感情のない目の演技は恐ろし過ぎて寒気がしました。綾野剛さんは間の演技が絶妙で、感情を押し殺したり爆発させたり、そして裁判での長回しのシーンは圧巻でした。
虚言癖のある方は、自分の嘘がだんだん真実だと思い込むことがあるようです。自分は虚言癖のある人からの直接の攻撃の対象になったことはありませんが、流れ弾が当たったことがあり、他人事ではありません。
律子の場合は生い立ちに原因があり説得力がありました。最初は我が子へ向かっていた攻撃も、簡単に先生へと矛先を変えてしまうのもリアリティーがありました。だから、他の保護者達も矛先が自分に向かわぬように逃げるんですよね。息子自身も、絶対に嘘を認められないわけです。
職場の校長達や教育委員会、そしてマスコミやPTSDを診断した医師等、一人一人のえぐみが抑えられて描かれているのもリアルで良かったです。
この映画の救いは、弁護士さんとなんと言っても家族です。奥さんが全力で味方してくれるし、お父さんの背中を追いかけてなのか教育実習中の息子とのやり取りも信頼し合っていて素敵でした。あえてアドバイスしないところに関係性が見えました。
面白かった!
観ると心臓が痛くなります
「怒り」の描写が恐ろしい作品でした。
役者さんの演技力と演出が相まって、「感情を爆発させる怒り」が本当に怖かった…。
しかもこの作品、ずっ〜と誰かが怒ってるんです。
その怒りが登場人物を貫通して、スクリーンの前の視聴者に向けられ続けるので、私は恐怖で心拍が上がりっぱなしでした笑
大逆転劇や勧善懲悪などの痛快感は皆無で、数少ない反撃シーンも地味に演出されています。ずっと怒りを向けられて、追い詰められて、最後の最後に小さな救い(それも本来は当然のもの)があるだけ。
状況説明も最小限なので、辛いシーンが延々と続きます。
理不尽に晒され続けた先生の苦しみを、わたしたちが追体験するような作品と感じました。
すごい映画ですが、そんじょそこらのホラーより心臓に悪いです。
「ぜひ観てほしい」という気持ちと「心臓に悪いから観るの止めておけ!」という気持ちがせめぎ合う、そんな作品でした。
追い詰められていく恐怖・・・
「でっちあげ」というタイトルからして、どちらが嘘をついてるかってのは明白で、そこに重点をおいた作品じゃないんだろうなとは、予想がつきました。
でも、役者さんってホンっとスゴイですね。
予告編でお馴染みの綾野剛さんが、子供をいたぶるシーンでは、心底、震えが来ます。こんな最悪な教師(っていうより人間)が本当にいるのか?ってくらいに、腐った表情でニヤけます。
まぁ、元々がイメージシーンではあるのですが・・・
そしてもう一人、柴咲コウさんがまたスゴい。
無機質な顔で、平然と嘘をつく。全く感情を表に出さずに睨みつける。あんな人が身近にいたら、それだけで震えが来るような。
勿論、この2人を取り巻く周りの役者さん達の助演があってこそです。
亀梨さんを筆頭とする真実を捻じ曲げるマスコミ、体裁だけを取り繕う光石さん達の学校。全てが綾野さんの先生にとって、悪い方へ悪い方へと流れていく。
心底イライラがつのり、やるせない気持ちに包まれていくドラマでした。まぁ、それだけドップリと作品の世界に引き込まれたってことですが・・・
真実が正されるまでに10年も係る裁判制度。誤りのないよう、慎重に行っていることは理解できますが、その期間誤りが真実のような顔をする。人の想いも、最初こそ向き合ってはいるものの、時を得て単なる出来事の一つとして風化してしまう。やっと掴み取った真実も、あぁそうだったんだの一言で終わってしまうような・・・
真実が捻じ曲げられていく恐怖、そしてそれが誰からも信じられない孤独、また一方的な正義(必ずしも真実とは限らない)を盾に弱者を追い詰めていく第三者。
深く考えさせられる一本でした。
いつ、何時、自分がどの立場にも、陥ると限らない。その時に誤った行動だけはしないよう、真実を見極める力を身に着けたいものです。
それはそうと、最後まで語られなかった柴咲コウさんの家族は、その後どうなったんだろう?あの追い詰められた子供は大丈夫だったんだろうか?
夫婦揃って強圧な人たちは、世間からどう扱われるんだろう。結局、言ったモン勝ちの世界って事なんだろうか。
奥さんと息子が最後まで味方でいてくれたのが救い
オープニング、綾野剛扮する教師が生徒に体罰を行う場面が続き教師に対して嫌悪感を抱いたが、それは生徒の母親側の見方であって実際はそれが母親のでっちあげであり裁判が進んでいくにつれて母親の経歴がうそであったり生徒のPTSDの診断が確実性がなかったり生徒に対する教師のいじめの具体的な目撃証言がなかったりなど結局はいじめを立証する証拠不十分なため教師の冤罪がほぼ認められたこととなり安堵感を覚えた。
柴咲コウ扮する母親自身も育児放棄を経験しており 理想の母親を演じたかったがためのでっちあげなのではと思われた。父親役を迫田孝也が演じていたが出演が少ししかなく活かせてないなと思った。
週刊誌の記者役が亀梨和也でチャラそうな出で立ちで悪者感十分、本人も楽しんで演じていたのではと思われた。
物語の中で救いだったのが小林薫扮する弁護士と木村文乃の教師の妻が教師を見捨てずに最後まで味方でいてくれたこと。弁護士は職務だから当たり前としても妻は離婚を切り出されても教師を信じて一緒にいてくれたのが良かった。
滑稽なのが物語の中では柴咲コウの家族(原告)に550人もの弁護団がついたこと。結局損害賠償請求が棄却され面目丸つぶれ。彼らも母親に振り回された被害者か。
それにしても校長も教頭も教育委員会もひどい。事実かどうかよりもいかにして事を丸く治めるかしか考えてないように思われる。
全体を通して綾野剛の演技がとても説得力があって良かったと思う。
ここは焼肉屋か❓
つい先日、○野家に行きました。
後から隣に、4人家族が座りました。
そこは期間限定で
「牛タン定食」を販売してました。
隣の家族の母親が注文しました。
暫くして配膳されました。
するとその母親が店員を呼び、
「ハサミありますか❓」
若い店員は戸惑います。「ハサミ❓」
母親は「固くて噛みきれないので」
すると店長らしき人が現れ、
「そういうものは用意してございません」
そらそーよ(岡田監督調)
そしたらその母親、
「じゃあ違うのに変えてもらえませんか❓」
私思わず「マジで❓」呟きました。
我が家は先に食べ終わったので、
その後の結末を見ておけば良かった気もしますが、
今作を観て、
その事実を真っ先に思い出しました。
あーゆー人って、
ホントに悪気なく、いや確信犯かも、
そーゆー発言する。
自分からしたら、
「ネジ足らねえなコイツ」
言わないけど思う事ある。
実際身近でも、
別の女性職員を虐めてる女性がいて、
見かねた責任者が辞職勧告したら、
その勧告が心的ストレスだ、
慰謝料払え❗️、
と会社を訴えたらしい。
で会社は長引かせたくなかったのか、
慰謝料払ったらしい。
モンスタースタッフだったという事実。
今作での律子の幼少期に同情の余地はあるが、
虚言癖は死ぬまで治らない。
息子の将来を案ずるばかりである。
父親何してんねん❗️💢
サコっちゃん❗️セリフ少ないて❗️
黒過ぎるって‼️🤣
元々綾野剛て悪い役が多くて、
前半部分がめちゃめちゃ合ってるなーと、
綾野剛本人とファンの方、ごめんなさい🙏
序でにハビテルバルテムもごめんなさい🙏
見事なミスリードでした。
小林薫が鎮静剤になるくらい。
柴崎も亀梨も光石も大倉も憎らしく、
久々に悔しくて涙する映画でした。
でもラストの綾野剛は老け演技過剰🤣
本当に悪いのは誰か?
原作未読。
伏線にしているのかどうなのか分からないが台詞の中に「1番悪いのは誰なのか?」という言葉が出てくる。
薮下の冤罪は最後には晴れる訳だが決して最初から正しい人ではない。正しい人ならば教師である以上、生徒が見ていない所でも教師であるべきだった。校長や教頭に対してやってない事はやってないと断固2人の要求を蹴るべきだった。例え職を失う結果になっても…
氷室律子は裕福な家に嫁いだことが画面でも分かるが決して夫の拓馬とは上手くいっていない雰囲気を醸し出している。が、薮下を責める時だけはその分裂した細胞は一体化する。
そして我が子に対する異常なまでの愛情。次第に想像や妄想が迷走を始める…
その母の重過ぎる愛情を背負いきれずに持病と相まってつい先生に虐められたと嘘を吐いてしまう息子拓翔。母の愛は牙と化して薮下に向けられる。憎悪、復讐心が膨張していく…
最悪なのは綿密な取材も裏取りもせず安易に薮下を悪人に仕立てようとするマスコミ。
それらに煽られる人々。
550名と異常な人数とも思える原告弁護団。
大した診察もせずにPTSDと診断した利益主義の担当医。
結果、薮下の味方はこの時点でどこにもいない。後悔しても時は戻らない。
氷室律子ただ1人の言動に当事者達も世の中も踊らされる。何故そこまで?という疑問は残るがそんな事は鑑賞後に整理しろと言わんばかりにこの作品はどんどん観ている者を引き込んでいく。
果たして1番悪いのは誰か?感情移入の仕方によって答えは変わってくるが、もしかしたら1番悪かったと自覚しているのは冤罪を晴らした薮下本人なのかもしれない…
唯一の救いは被告弁護人と薮下の家族。特に被告弁護人は神様に見えた。
薮下の細君は亡くなったの?
上手く世渡りしたのは校長と教頭…
この2人の存在があるからこそ、この実話により真実味を持たせている訳だが…
現在も20数年前と全く変わっていない不条理な世の中…
自分だけは御都合主義に流される事なく生きていかなくてはと思えた意味のある作品でした。自分自身を信じて生き切る事は死ぬ事よりも辛い世の中ですが…
1番良かったのはこの作品に出会えた事…
きっと世界のあちこちにある「出来事」。
「自分の中の何かを暴かれてしまいそう、踏み躙られてしまいそう。恐ろしくて怖いけれど観たい」、そんな心持ちで観に行きました。
以下、映画内で使用された語句や言い回しを含む文章となりますので念の為にネタバレありとさせていただきます。
どの部分についても余り書くとネタバレになってしまいそうなので私には上手く書けませんが、ずっとハンカチを握り締めていて、喉が渇くのに水も上手く飲めない時間が永遠と続くようでした。きっと綾野剛さんが演じた主人公―――基、私が知らないだけで「実際に起きた『事実』に基くひとたち」が沢山居て、「行方の知れないあの家族」も沢山居て。それらを消費コンテンツのように流している「私」が沢山居るのだと、思い知らされました。
実際、当時未成年とは言えど充分物心が付いた年齢に起きていたはずの出来事なのに全く覚えが無い自分を酷く恥ずかしく思いました。
真実とは何なのか、傍観者でしかないけれど傍観者のままで良いのか、溢れる情報から何を読み取るのか、大小関わらず自分の傍にもきっと絶えず起きているこの「出来事」に今後どう向き合っていけばいいのか。稚拙な感想となりますが、そういったことを考えるきっかけをいただきました。
本当に有難うございました。
信念を曲げたらいかん。
裁判は勝ち負け。真実も悪意も関係ない。勝つか負けるか。
真面目で優しい教師が巻き込まれて失意のどん底に叩きのめされていく。
その表情に感情を素晴らしい演技をしてくれた綾野剛には感服します。
言ったモン勝ち。今はそんな感じが世の中に溢れています。
その場しのぎで事を進めよう、周りがそう言うからとか世間が言うから見てるから………。
曲がるよね。曲がる。まるで粘土のように形は変わるね。
変わるのは悪くない。だって誰もが強く硬い訳じゃないから。
でもやっぱり嫌だな。こんな世界。
でも……でもやっぱり戦わなきゃ、戦わなきゃならない。信念を貫くならしっかと戦わなきゃ。
人生は戦いの連続です。
今は特に正義と悪は簡単に入れ替わり方向性を見失いがちになってます。
鏡を見て頬を叩いて自分を律せましょう。
この作品としては悪役?(不適切かな?)の校長と父母が際立ち過ぎて今後印象が残りそうなぐらいにダークでした。
その反面、奥さんの言葉と弁護士のやんわりとした強さと優しい笑顔にはほっとしました。
「児童=声を上げられない被害者」という先入観があったかも
実話が元になっており、最終的に教師の言い分が認められたのは知っていたが、気が重くて観る気になれず、でも綾野剛を買っているので義務のように観に行きました。
さすが三池監督、掴みから見せる。
なんという最低な教師、と見せておいて、でもタイトル「でっちあげ」だった、と思い出した。法廷劇にして双方の言い分を再現映像のように見せていくのも上手い作りだ。
薮下先生はちょっと気が弱そうで強く言えないところはあるが、それでもしっかり「私はやっていない」と言い続けている。にもかかわらず、「この場を収めるため」と言われて謝罪をしてしまう。してもいないのに謝罪は最悪手だ。
でも、校長や教頭にあれだけ圧力をかけられて逆らえる教師はいるんだろうか。
そして保守的な組織ではありがちな事なかれ主義で自分たちが命じておきながら手のひら返すのはさもありなん。
冤罪は、やっていないことをやったと自白させることで出来上がる。
なので、どんな圧力があろうと、やっていないことはそう言い通すのが自分を守る術だと強く思った。
長野サリン事件で犯人と決めつけられた河野さん一家は、一貫してやっていないという態度を取り続けたことで冤罪を免れた。
校長、無事に定年退職しちゃって、後から法廷で詰められてしどろもどろで少し溜飲が下がった。
氷室一家は余裕で「脅迫」しているのに被害届を出すより言いなりになるほうを選ぶ学校現場。少し前に実の親に殺された野田市の児童虐待殺人事件を思い出した。学校、という組織では、この事件から10年以上たった時点でも同じような過ちを犯していたのだと思った。
ごく平穏に暮らしているのに、青天の霹靂でこんな災難に見舞われる。
いつ我が身に降りかかってきてもおかしくないのが恐ろしい。
身に覚えがないことをでっちあげられ、あれよあれよと大悪人に仕立て上げられる怖さに息が詰まりそう。マスコミに決めつけられたら個人の声はどこにも届かないという絶望感を、薮下先生と一緒に私も味わっていた。妻と一人息子がバッシングされるシーンがなくてよかった。あったら最後まで観ていられなかったかも。
氷室一家はいったい何がしたかったんだろうか
特に律子は、すべて嘘だというのは自分が一番よくわかっていながら、裁判まで起こす考えが分からない。脅すのが得意そうな一家なので、力で周囲を言いなりにできる自信があったのだろうか、現に証言を抑え込んでいたし、マスコミも味方につけており、気が大きくなって勝って大金ゲットできると踏んだのか。
実際の事件では、一方的に児童側の話だけを信じた報道の記事に疑問を呈して独自取材した報道機関がいくつかあり、実際にクラスの児童に聞きこんで、この教師による暴力の現場を見たものが皆無なのを調べ出すなどしており、少しほっとした。
綾野剛の演技力が圧巻。律子の供述のなかでの血も凍りそうな暴力教師とその後の本人としての薮下のふり幅がすごい。そして長い間の苦悩と気持ちの揺れをそれぞれの場面で演じ分ける。教育委員会の、処分取り消しの報を聞いた時の表情は、一緒に涙が出そうだった。
木村文乃の妻も好演。夫がそんなことするはずないと確信を持ち深刻になりすぎず、時には夫のケツを叩いて一緒にがんばる心強い味方なので陰々滅々とした雰囲気にならず救われた。処分取り消しが確定する前に亡くなっていたのか。
小林薫の、あのひょうひょうとして動じないがベテランらしく抜け目なさそうなところ、クライアントに心から寄り添うところ、弁護士として抜群の安定感で、500人の弁護団よりも頼もしかった。
そして、柴咲コウが、めちゃめちゃ怖い!
精神科医の判定や判断がいい加減なのが衝撃的。
昭和の時代に子供だった人ならわかると思うが、昭和には理不尽にハラスメントする教師は普通にいた。気分次第で拷問もどきの体罰をする、暴言吐いたり、大勢の前で児童を笑いものにしたり、特定の子供に嫌がらせしたり、変態は露見すればさすがに問題になったが、密室の暴君としか言えないような教師が堂々と存在した。そういう記憶がある人たちには、教師への経験的な不信感があり、児童寄りに偏った報道を自分の経験に照らして一気に信じ込んでしまう傾向があるのではないか。
被害者の言い分だけで裏付けもないにも関わらず暴走記事を書き続けた雑誌記者も、時代的に子供のころから暴君教師を見てきて、「教師=暴君」「児童=もの言えない被害者」という先入観にとらわれていたかもしれない。もしくは自身が被害に遭って、その恨みを知らず知らずにぶつけていたかも、などと思ってしまった。
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