でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男 : インタビュー

2025年6月26日更新

綾野剛亀梨和也、ブレることなき信頼関係がもたらす相乗効果

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俳優の綾野剛が、三池崇史監督と17年ぶりにタッグを組んだ「でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男」が、6月27日から全国で封切られる。児童への体罰で保護者から告発される小学校教諭・薮下誠一に扮した綾野は、薮下を追い込んでいく週刊誌記者・鳴海三千彦役の亀梨和也と、ドラマ「妖怪人間ベム」以来の共演となった。14年ぶりとは思えないほどに、厚い信頼関係を構築してきたふたりに話を聞いた。(取材・文/大塚史貴、写真/間庭裕基

原作は、第6回新潮ドキュメント賞を受賞した福田ますみ氏によるルポルタージュ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」(新潮文庫刊)。2003年、小学校教諭・薮下(綾野)は、保護者・氷室律子(柴咲コウ)に児童・氷室拓翔(三浦綺羅)への体罰で告発される。体罰とはものの言いようで、その内容は聞くに耐えない虐めだった。律子から相談を受けた週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨)は、“実名報道”に踏み切る。

過激な言葉で飾られた記事は瞬く間に世の中を震撼させ、薮下はマスコミの標的となった。誹謗中傷、裏切り、停職、壊れていく日常。次から次へと底なしの絶望が薮下をすり潰していく。一方、律子を擁護する声は多く、“550人もの大弁護団”が結成され、前代未聞の民事訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を確信していたが、法廷で薮下の口から語られたのは「すべて事実無根の“でっちあげ”」だという完全否認だった。

■芝居の総当たり戦ができる喜びがあった(綾野)

綾野は、息吹を注いだ薮下を通して、日常の延長線にありながらも完全な危険人物としか見えない姿と、厳しい追及を受けて壊れていく姿を同時に見せる難役に挑んだ。オファーを受けてから、どのような心持ちで撮影に臨んでいったのかを話し始めた。

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「この作品の本質は、多面の中の一面でしかないということにあります。福田先生の書かれたルポタージュが元になっており、先生は多面的な現実の中のある一面に集中し書かれています。全体像は誰にも分かりませんが、ただその一面の本質に集中し取材を続け、ルポにした精神力と取材力に非常に感銘を受けました。

台本を読んで、とてもワクワクしました。さらに、17年ぶりとなる三池組、14年ぶりの亀ちゃんとの共演、柴咲コウさんとの初共演と、モチベーションが上がり続けるなか、共演者の皆様と芝居の総当たり戦ができる喜びもありました。ノーガードの打ち合いと言いますか、積み上げてきたプロセスが異なる、あらゆる世代の方々との真剣勝負が続く。全ての勝負がボクシングから総合格闘技、柔術と競技が毎回変わっていくようでした。

完成したものを観てもホラー、ミステリー、ヒューマン、ホームドラマなどの多ジャンルの要素がアンサンブルされて、ひとつの作品の中でケミストリーを起こしています。これはチームの総合力の結集ですし、1本の作品でこんなに多くの感情と向き合い続けなければいけないことは、稀有な挑戦になると、とても滾(たぎ)りました」

■週刊誌記者役に「葛藤はあった」(亀梨)

一方、亀梨が体現してみせた週刊春報の鳴海記者は、律子の訴えを受け取り、世間に向けて薮下を実名で報道する役どころ。鳴海には鳴海なりの正義は当然あるが、亀梨は「葛藤はあった」と明かしてくれた。

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「誰にとってもすごく遠い話ではないように感じました。勝手に渦の中に飲み込まれてしまうことがあるのも事実だし、生きることの複雑さ、素晴らしさをこの作品からは感じます。今回いただいた役は『お願いします!』と即答できるものでは正直なく、葛藤はありました。でも綾野剛くんと一緒に三池組に参加できるということが、最後の一押しとなりました。

完成したものを観て改めて思ったのは、登場人物全員に言えることなのかもしれないけれど、今も自分の中で答えが出せないというか……、それくらい人って複雑だよねということ。どうしたってひとつの出来事に対して答えを求めがちだし、それがないと前に進めないこともあるけれど、それが絶対ではないという瞬間も確かにある。その辺のことを、すごく考えさせられましたね」

■「妖怪人間ベム」でのことを忘れない綾野剛

ふたりが真っ向から対峙する局面として、雨中のシーンを挙げる人は少なくないだろう。薮下が自身への疑いを晴らすため、証言を得ようと担任をしていた児童宅のインターホンに向かって「お願いします!」と何度も頼み込むなか、それを待ち構えていたかのように鳴海は薮下にフラッシュを浴びせる。マスコミの報道で極限まで追い詰められた薮下は雨の中、傘も差さずに鳴海の胸ぐらを掴み、感情を爆発させながら自分の思いを訴える……というシーンだ。

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心の底からありったけの言葉を投げかける薮下に対し、せせら笑う鳴海には何も言葉が届かない。このシーンはホースでの“雨降らし”で始まり、途中から豪雨に見舞われたため、そのまま撮影が続行されたという。タフなシーンを経て、ふたりは互いへの敬意の念を深めたようだ。

亀梨「14年前に初めてお仕事をご一緒させていただいた時に感じた強烈なインパクトは今回も変わらずあったのですが、当時は綾野剛という俳優の勢いがすごく魅力的でした。枠にとらわれない強さも感じたし、つかみどころのなさ、リアルに生きる生々しさにも衝撃を受けました。今回はそこに経験が加わったことで責任感、作品に向ける誠実さ、人としての厚みを感じています。この取材を通しても感じていることですがより一層、孤高の存在というか、誰にも当てはまらない綾野剛という存在を現場でも感じました。

我々の仕事ってどうしても儚さがあって、“自分でなければ他の誰かが……”という刹那的な要素が付いて回ります。でも、剛くんはそれを感じさせない。『綾野剛のために』と思わせてくれるんです」

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綾野「もったいないお言葉です。14年前、『妖怪人間ベム』でご一緒させていただいた時、最初のシーンでカットがかかった瞬間に『綾野くん、今のお芝居すごく楽しかった!』とまっすぐ伝えてくれたことがずっと心に残っています。ベムのあまりの強さに惚れ込んで懐いてしまう役柄でしたが、亀ちゃんが笑ったんです。僕の“わんこ”感がおかしくて笑ってくれたそうですが、ここで笑う芝居ができるなんて、すごい人だなと思いました。

彼は今日まで、あらゆることに動じず、真ん中に立ち続けてきた。お芝居も音楽も、真ん中を生きることが一番難しいと思います。今回の雨のシーンも彼はやはりぶれずに立ってくれているから、薮下誠一という役の在り方を生き抜けました。当時から変わらない安心感や、真ん中を追求してきた人の強さがあります」

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そしてまた、ふたりは三池監督の演出に最敬礼の面持ちを浮かべる。綾野は「ただただ愛情を感じます。映画はチームで作っていくものです。僕個人が考えられることなんて、たかが知れている。映画ってチームで作っていくもの。雨ふらしの環境を作ってくれるスタッフがいて、僕らは最後に、その場に立つだけ。この『立つ』までを作るのが本当に大変なんです。だからこそ大切に役を生きる。最高のディナーを用意していただいたと思ったら、本当の嵐がきて」と軽快に話す。亀梨も、「作品のエネルギーとして、天候さえも取り込んでいく。素晴らしいリーダーシップでしたね」と最敬礼だった。

久々の共演ではあったものの、交流自体は定期的に続いていたという。今回の再演を経て、改めて互いの心の琴線に触れる充実感を得られたようだ。

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亀梨「14年前の共演も、撮影自体は2~3日。それでも、ガチっといったんです。共演させてもらってからの時間の重ね方も含め、いち共演者ではない繋がりを僕も抱いてきました。言語化が難しいのですが、心のどこかで剛くんとまた絶対に……って、前世で何かあったんですかね(笑)。そんな時に今回お話をいただき、しっかりご一緒できる時間をいただけたのは幸せなことでした。役柄は悩ましかったですが、三池組、綾野剛くんのおかげで役者としてのチャレンジをさせていただきました」

綾野「僕も同じ感覚がありました。亀ちゃんの作品はずっと見ていましたし、歌も踊りも役者業も、全てに対して全力で向き合う彼のことをリスペクトしています。これからも彼を、亀梨和也を知り続けていきたいです」

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