「2019年のインドとパキスタン情勢を知っていると、映画の背景と意図はわかりやすい」タンデール 君の声を聴きたくて Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
2019年のインドとパキスタン情勢を知っていると、映画の背景と意図はわかりやすい
2025.4.21 字幕 アップリンク京都
2025年のインド映画(151分、G)
実話を基に作られた漁師とその恋人の遠距離恋愛を描いたラブロマンス映画
監督&脚本はチャンドゥ・モンデーティ
原題は『Thandel』で、「漁師のリーダー」を意味する言葉
物語の舞台は、2019年のインド、アーンドラ・プラデーシュ州の小さな港町
そこで漁師として働いているラージュ(ナーガ・チャイタニヤ)は、9ヶ月の漁を終えると、恋人サティヤ(サーイ・パッラビ)の元へと駆けつけていた
彼らは灯台の旗を目印にしていて、いつもサティヤが眠っている間にラージュは漁へと出かけていた
ラージュたちは、列車にて半島の反対側にあるグシャーランド港から漁に出ていて、その稼ぎで村人たちを養っていた
ある日のこと、サティヤの友人チャンドラ(Divya Pillai)の兄が漁に出たまま帰らぬ人となってしまった
その日以来、サティヤは強い不安を覚えるようになり、ラージュに漁に出て欲しくないと言い続ける
だが、タンデールとして漁師たちを束ねる立場にあるラージュは仲間を見捨てることができず、サティヤの思いを振り切って漁へと出かけてしまった
サティヤは「行けば最後」と決意を固め、ラージュとの関係を解消してしまう
そして、父ソマイヤ(Babloo Prithiveeraj)に頼んで、結婚相手を探してもらうことになった
父はムラリ(カルナーカラン)という男を見つけてきて、二人は婚約する運びになったのである
映画は、サティヤがムラリに「ラージュとの馴れ初めを語る回想」という構成になっていて、二人の仲は誰しもが知るものだった
サティヤは「もうラージュへの愛はない」と言い切ってムラリとの結婚に向かうのだが、そんな折に「知らせ」が届いてしまう
それは、漁に出たラージュたちがパキスタンの刑務所にいるというもので、彼らは嵐に遭った末にパキスタンの領海へと入ってしまっていたのである
物語は、実話ベースということで、映画の最後にモデルの人の婚姻届(写真付き)と彼らが交わした手紙、当時の新聞などが紹介されていく
映画は「Chodipilli Musalayya」という漁師の実話を基に構成されているが、彼がラージュのモデルとなったのかはわからない
25人の漁師(映画では22人)のうちの一人ということで、映画のエンドロールの婚姻届の人物は「G Ramareo)という名前になっていた
映画の冒頭の注意書きでも「Inspire」となっていたので、かなりの脚色が入っている
それは、映画では2019年の出来事となっているが、着想元の彼が漁に出たのは2000年だった
インドが憲法370条を廃止したのは2019年のことなので、実際にはその問題の後に漁に出ていることになる
なので、収監中にカシミール問題が出たというのは脚色で、実際にはカシミール問題で揺れている時期にパキスタン領海に入って拿捕されたということになるのだと思う
このあたりは、名前でググれば色々と出てくるのだが、そこで出てくる情報は「パキスタンの刑務所が大変だった」的なことで、その辺りを劇的に見せるために、大掛かりな改変をしているのではないだろうか
物語は、遠距離恋愛もので、知り合いが亡くなったことでサティヤの不安点が増してしまうのだが、ラージュたちがどんな思いで漁に出ているのかがわかっていない我がまなな女性という感じに描かれていた
だが、兄を亡くしたチャンドラの言葉によって目が覚め、自身も村人たちのために動くことを決意する
劇中では「サティヤはラージュと同じことをしている」と言われるのだが、まさしく陸にいるタンデールそのものであるように思えた
本国公開が今年の2月7日なので、数ヶ月も経たずに公開というスピードスケジュールになっていた
そのためか、パンフレットの制作もなければ、公式HPに行っても「日本語版予告編」というものも見られない(一部映画情報サイトにあるがYouYubeにはアップされていなかった)
情報を得るのも大変な映画だが、そこまで下調べが必要な作品でもない
インド・パキスタン問題、憲法370条破棄問題(カシミール問題)などは調べなくてもわかる程度に説明されていて、「カシミールはもともとインドだ(ラージュのセリフ)」という言葉にもあるように、思いっきりインド目線の映画になっている
また、劇中でヴィラン的な存在で登場するラキム(Sandeep R Vaid)はパキスタンのテロリストで、彼が少年キットゥ(Amasa Bhanu Prakash)に与える粛清(おそらく割礼)、壁に描かれたインド国旗に小便をかけるなどの行為は強烈なものがある
小便のシーンはまさかのモザイク仕様で、本国で公開されていた時からもかかっていたのかはわからないが、ちょっと攻めすぎなシーンのようにも思えた
いずれにせよ、土地柄と国際問題を知っていた方が背景がわかりやすいものの、そこは遠距離恋愛を引き裂く要素としての機能でしかないと思う
インド・パキスタン問題に提起をするものでもないし、一方的にパキスタンを敵視しているわけでもない
ラストでは、パキスタンの看守と軍人は粋な計らいを見せるというシーンで終わるが、ほぼファンタジーの世界のように思える
その辺りも舞台装置だと思うので、深く考えずに障壁の多い恋愛として楽しめば良いのではないだろうか