黒い瞳 4K修復ロングバージョンのレビュー・感想・評価
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サバーチカ
口からでまかせの嘘を吐いて道化のように浮世を流してきた男ロマーノが、ふと船上で出会ったロシア人に身の上話を語り始める…。この入れ子構造を巧みに生かした脚本が見事というほかない。チェーホフのささやかな短篇からこの壮大な物語を紡ぎ出した手業は賞賛に値する。
小心で小鳥のように純真なアンナの造形も魅力的だ。郷里でロマーノに再会した時のうろたえぶりが尋常でない。それだけに彼女が一生に一度の決断をしたのに、またしても流れにまかせて約束を違えたロマーノの罪はあまりにも深く重い。
最後にロマーノは自らの人生の来し方に悔恨の情に駆られ、慟哭する。
映画はそれに追い討ちをかけるように残酷なラストを用意する。
25分追加したロングヴァージョンとのことだが、どの部分が追加されたのかはよくわからなかった。ただ、ラストは従来の方が余韻があって良かった。このあとにどれだけの修羅場が訪れることか(それは映さない)。美しく恐ろしいラストシーンだ。
ロマーノが馬車の荷台でまどろみながらロシアの朝霧の中を揺られて行く画面に、包み込むように子守唄が流れるシーンはため息が出るほど素晴らしい。
ニキータ・ミハルコフの、いつまでも心の隅にとっておきたい名品である。
(彼は今のロシアの現状をどう思っているのだろうか?)
マストロヤンニの軽妙洒脱で老齢なのにどこか可愛らしいたたずまいと、大人の哀愁漂うストーリーにすっかり魅了。
イタリア映画史の伝説的名優マルチェロ・マストロヤンニ生誕100年を記念して第40回カンヌ国際映画祭で男優賞受賞、米アカデミー主演男優賞にノミネートされたマストロヤンニ後期代表作『黒い瞳』(1987)が38年の歳月を経て、何と4K修復、さらに約25分のシーンが追加されたロング・バージョンで5月30日から公開。
早速、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下さんへ。
『黒い瞳』(1987年/118分(ロング・バージョン143分))
本作との出会いは確か高校時代。
フジテレビの深夜不定期放送だった「ミッドナイトアートシアター」でなにげなく流れていた本作でのマストロヤンニの軽妙洒脱で老齢なのにどこか可愛らしいたたずまいと、大人の哀愁漂うストーリーにすっかり魅了されました。
本作以降、ジュゼッペ・トルナトーレ監督が『東京物語』(1953)へのオマージュとして監督した『みんな元気』(1990)や、ジャック・レモンと共演した『マカロニ』(1985)、
ナスターシャ・キンスキーと共演した『今のままでいて』(1978)など後期作品ばかり鑑賞。『甘い生活』(1960)、『8 1/2』(1963)、『ひまわり』(1970)など二枚目プレイボーイ時代の初期作はちょっと難しそうと敬遠、ずっと後になって鑑賞、どれも名作で若いうちに観なかったことを後悔しましたね。
本作は未配信、セルも長らく廃盤、レンタルもDVD、Blu-rayはリリースされずVHSのみ。数年前SHIBUYA TSUTAYAのVHSコーナーで奇跡的再会、すぐにビデオデッキ本体とセットでレンタル、経年劣化で激しい砂嵐のなか、何とか視聴した思い出があります。
そんな思い入れの強い貴重な作品が4Kに修復、さらに25分の追加シーンで公開されるなんてたまらなく嬉しいですね。
(ネタバレあり)
ストーリーは実に情緒的で哀愁と悲哀が漂うロシアの文豪アントン・チェーホフの短編を基にした大人のおとぎ話。
アテネからイタリアへ向かう客船。
ロシア人商人のバヴェルがひと気のない食堂に入ると、窓際のテーブルでワインを飲む初老の男ロマーノ(演:マルチェロ・マストロヤンニ)に話かけられる。
男はバヴェルがロシア人と分かると、自分の身の上話を語り始める。
自分は田舎食堂の末っ子で、建築家になるため進学したが、大学で出逢った大銀行の一人娘エリザと恋に落ち、両親の猛反対から駆け落ちも考えたが、エリザの父が急逝、エリザが継ぎ、自分は経営にも関わらず建築家の夢も捨て何不自由ない裕福だが無為な人生を過ごす。
彼女と大喧嘩後、身を寄せた湯治場で貞淑なロシア女性アンナと知り合い恋に落ちる。
アンナは家族を養うため意に染まらぬ親子ほど年の離れた男性と結婚したことを告白。
告白したのも束の間、ロマーノへ愛が綴られた一通の手紙を残して消えてしまう。
ロマーノはアンナを探し求めて身分を偽りロシアへ入国、苦難の末に彼女と再会。
エリザと別れ再びアンナを迎えに来ることを約束し帰国。
帰宅すると銀行は破産、屋敷や家具は売り払われ、失意の底のエリザにロマーノは別れを告げられず元の鞘に収まるが、ロシアで待ってくれているアンナには何も伝えられずじまい。
その後、エリザの叔父の莫大な遺産を相続、元の生活に戻ることに。
一通りロマーノの身の上話が終わるとバヴェルが堰を切ったように自身の身の上話を語り出す。
自分も猛烈に恋をしたロシア女性がいて、8年間で7回プロポーズしたがなかなか彼女が彼の気持ちに応じてくれない。
ようやく「愛することはできないが、貞節は守る」と告げられ結婚したがそれでも幸福だ、ちょうど今甲板で待っているので紹介したいと話す。
二人の会話の最中に食堂スタッフがロマーノに「そろそろ店が開店するぞ」と叱責する。
そう、ロマーノはエリザと別れ、今は客船の食堂で細々とウエイターとして働いていたのだ。
そして、バヴェルが甲板に迎えに行った、海風にそよがれた麗しく貞淑な女性はあのアンナだった…。
何度観直しても情緒的でほろ苦くペーソスあふれる大人のおとぎ話の傑作ですね。
確か公開版のラストは甲板にたたずむアンナのズームアップで終わるはずが、今回はバヴェルとアンナが二人で食堂に入り、アンナを見たロマーノが驚きお盆をひっくり返すラストに変更されていました。
これはこれで想定されるラストで良いのですが、個人的には公開版の方が想像力をかきたてられて好きですね。
いずれにしても名作です。
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