「観客も「F1」という競技のチームメイト」映画「F1(R) エフワン」 ねこばばさんの映画レビュー(感想・評価)
観客も「F1」という競技のチームメイト
我々観客が映画に求めるものは色々あるが、「意外性のある結末」と「お約束の結末」のどちらを好むかという対立は結構な数の映画ファンが抱えるのではないだろうか。この「F1」ははっきり言うが後者だ。プロットを聞いて予想して、その通りの結末が訪れる。(結末に言及するのでネタバレありにしたが、正直この程度ネタバレでも何でもない)
ブラッド・ピット演じるカーレーサー・ソニーは、卓越した技術を持ちながらも安定したチームへの所属を拒み、流浪の生活を送っていた。そんな中、旧友と再会したことをきっかけに、弱小チームを立て直すべくF1の世界に30年のブランクを経て身を投じていく… もう、このプロットを聞いた時点で「最後はブラピが優勝して終わるんだろうな」と予想がつくというものである。だがそれで良い、ムービースターはそうでなきゃ。
しかし、この作品は結末だけでは決して語れない、「F1」という舞台ならではの魅力がいくつも散りばめられている。例えばF1レースはチームにつき2人のレーサーが出場すること。単にスピードを出せばいいというものではなく、相手に対して「仕掛け」たり「追従」したりといった駆け引きがあること。つまりF1とは味方と共に戦う競技なのだ。そして本作において(F1ドライバーとしては)老齢の主人公ソニーが所属するチームの、もう1人のドライバーは新進気鋭の若手・JP。この図式が、何もかも対照的な2人のバディものという様式を確立している。こんなの、好きになるに決まっている。
他にも、レース中は無線でチームメンバーとの通話が認められていること、2人のドライバーを支えるために数百人規模のチームが組まれていること。特にピットインのシーンは圧巻である。摩耗したタイヤや破損したパーツの交換といった作業をものの2〜3秒でやってのける、彼らも間違いなくプロ集団だ。そしてレースに使うマシンは各チームがゼロから設計・開発したオリジナル機体であること。レース中のマシンの速度は新幹線並みの時速320km/hに及ぶこと。F1が「走る実験室」と呼ばれる由縁である。このため本作でもメカニックエンジニア・ケイトが重要な役割を占めている。レースに向けて機体の設計が始まった時点から、すでに競技は始まっているのだ。
私はモータースポーツカルチャーを今までほとんど知らなかったのだが、本作はF1に馴染みがあればより楽しめる要素がいくつもあった。日本の鈴鹿サーキットを含む世界各地のレース場や、(ルイス・)ハミルトン選手や角田(裕毅)選手といった実在の現役選手が実名で登場する。日本人としてはちょっと嬉しい。何より臨場感のあるというか現場そのものとしか思えないレースシーン、いったいどうやって撮ったんだ!?製作陣の臨場感へのこだわりは恐ろしいほどだ。
そうした要素を散りばめつつこの物語は、ソニーがなぜレースを走り続けるのか、またなぜ安定した生活を望まないのかという人間ドラマへ向かう。むしろこれこそが作品の核心で、これに比べればレースの結果とは副次的なものなのかもしれない。作中の最終レースにて、ソニーが追い求めていた「景色」が実現し、それまで激闘の現場だったサーキットが一転して神秘的な雰囲気すら帯びるラスト1週のシーンは、この映画で優勝セレモニー以上に価値のあるシーンであるはずだ。
まあ、ちょっと展開が予想つきすぎるという点と、女性とのロマンスシーンいりましたかね…?という点が気になりつつも、映画館という非日常の空間で得られる体験としては最高峰のものという実感がある。圧倒的に満足だ。
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