ジェイ・ケリーのレビュー・感想・評価
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タイトルなし(ネタバレ)
60歳過ぎた大スターのジェイ・ケリー(ジョージ・クルーニー)。
イタリアの映画祭での功労賞受賞が決まった。
敏腕マネジャー(アダム・サンドラー)の画策によるものだが、ケリーは気に入らない。
撮影休みの間に末娘との休暇を楽しみにしていたが、娘は友人と欧州へバックパック旅行に出かけると言う。
末娘は、ケリーの身近に残った最後の家族。
功労賞を受けることを名目に、娘を追っかけるケリーのわがままな旅がはじまる・・・
といったところからはじまる物語。
旅の節目節目で、ケリーは過去を振り返る。
内省のロードムービーとも言える。
事前情報を仕入れていなかったので、敏腕マネジャーとの確執を描いた映画かと思ってました。
なので、観はじめて、鑑賞姿勢を軌道修正。
ちょっと戸惑ったな。
スターは映画の中で役柄を演じながら、加えて、スターという役柄も演じなければならず、本人は何処にいるのか。
そういうアイデンティティ模索。
だけど、ジェイ・ケリーの場合は、本人の延長線上に、スター・ジェイ・ケリーがいたようで。
道中、ドンドンと人が離れていく様子が可笑しい。
映画の撮影においても、演技のいいアイデアが出ても撮り直してもらえないように、人生も2テイク目はない。
そんなことに気づく。
まぁ、成功者の内省・過去への追慕、それに類する映画は、個人的にちょっと苦手。
身勝手な自分に気づく身勝手さ、みたいな感じとでも言うのかしらん。
皮肉な物語が多いように思うノア・バームバック監督だけれど、実のところは少し優しいんだろうな、と思う。
人生考えさせられる映画でした!
合同会社everfreeで代表をしている梶清智志です。
この映画を見ての感想を書いていきたいと思います。
仕事に生きる主人公が人生を振り返る旅に出る物語ですが、
すごく色々考えさせられました。
僕も仕事中心で仕事ばかりしてしまうので、本当に大事なものを大事にできているのか、家族、親との関係、仕事仲間は本当に幸福なのかなどなど、本当に後悔はないのか、色々と考えさせられました。
そして、ここは少しネタバレ含むのですが、、、
最後の最後の最後のジェイケリーのセリフ、
「やり直せるかな
もうワンテイク」
これがやばすぎました。
しかもカメラ目線でジョージクルーニーが僕に言ってくるかのような演出。
人生は一度きり
やり直しがきかない、ワンテイクの一発本番のみ。
いかに常に自分の心に正直に自分が心から望んでいることを叶えさせてあげるか。
すごく自分の人生を振り返り、今をかえりみて考えさせられた作品。
頭ではわかっている、人生の真理。
これをいかに普段から生きていくか、すごく直面したし、そう生きていこうと決めた作品でした。
興味ある方はぜひ見てみてください。
セレブスターの自分探しなんて、贅沢な悩みだろ…と思ってたら…
よくできた作劇で、フィクションとわかっていながら、「ハリウッドスターのジョージ・クルーニー」自身が重ね合わさっていくので面白い面白い。クルーニー自身は映画評論家の息子で歌手ローズマリー・クルーニーの甥っ子。彼の奥さん役はU2ボノの娘。娘役のライリー・キーオはエルヴィス・プレスリーの孫。おじいちゃんステイシー・キーチは芸能一家。そしてスタッフのローラ・ダーンはブルース・ダーンとダイアン・ラッドの娘。著名人の家に育った天然物のセレブ達が織りなすアンサンブルは、設定だけで大笑いなのであった。
そして、ラストの回顧映像。クルーニーの出演作で純然たるアクション映画は「ピースメーカー」だけだったか、妙に抜きが多い。「バットマン」や「フロム・ダスク」あたりも引用してくれたらもっと楽しかったのに。
ノア・バームバック今回も圧勝。
バビロンのようでバビロンとは違う
ノア・バームバック作品はイカとクジラ、マリッジ・ストーリーのみ視聴済みで、どちらも自分の好みには合わなかったためあまり期待せずに鑑賞したが、今作は今年の新作の中でも一二を争う傑作だった。
カメラの前では役を演じ、公の場ではスター俳優を演じ、人生の全てを演じながら生きてきたジェイ・ケリーは素の自分を見失い、父、娘、かつての親友と、愛するすべての人から少しずつ拒絶されていく。それでも彼が演じる姿は数えきれない人々を魅了し、それは確かに大きな功績として残っていくという究極の映画讃歌だった。
ミステイクに気付いたら、ワンテイクと言わず、何度でも
ノア・バームバック×ジョージ・クルーニー×アダム・サンドラー!
豪華でユニークなトリオで贈るのは、映画業界を舞台にしたコメディ・ドラマ。
成功も地位も名声も手に入れた映画スターの、その実内心に抱える苦悩や喪失感…。
ユーモアと哀愁滲む姿と彷徨に、シンパシーを感じる映画人も多いのでは…?
勿論映画人でなく私たちが見てもハートフルとビターな大人の青春ドラマになっている。
ジェイ・ケリーは演じるクルーニーを地で行くような映画スター。
常にファンから黄色い声援を浴び、現場では彼中心で周り、豪邸に住み、移動は高級車やプライベートジェット。
取り巻きもいっぱい。特にマネージャーのロンとは親友でもあり、彼から献身的に支えられている。
何不自由なく、順風満帆に思えるが、最近これだ!…と思える作品が少ない。
次の作品の撮影も控えているが、そのちょっとの充電期間に、末娘と一緒の時間を過ごそうと思っていた。妻とは離婚、長女とは…。
ところが、末娘は友達とヨーロッパ旅行に行く計画を立てており、当てがハズれガックリ…。
そんな時、恩人の映画監督が死去。世話になったが、頼まれた出演話を断った事があり、後悔…。
その葬儀終わり、演劇学校時代の知人と再会する。彼に誘われ当初はお酒を飲みながら思い出話に花を咲かせていたが、実は彼から恨まれていた事を知る。彼の付き添いでオーディションへ。自分が気に入られ映画スターとなり、好意を持った同じ女性を奪った経緯も…。口論となり、喧嘩。ジェイは相手を怪我させてしまう…。
仕事もプライベートもゴタゴタ続き。さらに何を思ったか、次作撮影開始直前で突然ヨーロッパ旅行をすると言い出して…。
ヨーロッパ旅行にはある目的が。
トスカーナの映画祭で功労賞を授与される事になっており、それを口実に、偶然を装って末娘と会う。
クレジットカードの利用履歴から乗る列車も特定…って、親でありながらやってる事はストーカー。
本人はお気楽モード。しかし、ロンらスタッフは…。
まさか一人で行かせる訳にはいかないから、皆も同行。各々、家族と予定あったのに…。
…と、まあ、言われなくとも分かる通り、かなりの自己チューワガママ困ったちゃん。
本人は最近悩みや問題を抱え、スターもつらいよかもしれないけど、振り回される周りのスタッフこそつらいよ。
リアルに居たら超面倒なかまってちゃんを、何処か憎めない人物像に見せたのはやはりジョージ・クルーニーの魅力。
ユーモア、ペーソス、勿論カッコ良さも。スターがスターを演じるのだからこれはハマり役。
旅の雲行きが怪しくなってくる。
列車で“偶然”娘と会う。本人は嬉しそうだが、娘は彼氏や友人らとのプライベート旅行を邪魔され、ストーキングされた事もバレ、ドン引き&お怒り。まあ、当然だけど。
授与式に長女や父を招こうとする。長女は拒絶。ほとんど父親らしい事をしてくれなかったジェイをよく思っていない。ジェイと長女の関係はそのままジェイと父親の関係でもある。ジェイと父親も良好な関係とは言い難い。それでも招き、やって来たのだが…。プレゼントは受け取って貰えず、体調を崩して授与式前夜に急遽帰ってしまう。
ジェイに同情したい所だが…、否。執拗に授与式に来て欲しいとねだる。自分の晴れ舞台を祝って欲しいのか…? それでこれまでの溝が埋められると思っているのか…? 自己チューさが浮き彫りに。
遂には周りのスタッフもうんざりし始め、早々と帰ってしまう者も。
それでもロンは付き添っていたが…。
この旅の中でジェイは過去を振り返る。
スタジオの扉を開くと、そこには過去のシーンが…。映画的なユニークな見せ方。
オーディション。彼には悪いけど、ここから始まったんだ。認められたのは嬉しかった。
長女との確執。プライベートでは家庭を顧みなかったのに、映画では良きファミリーマンを演じる事も。私より映画の中のあの子に優しい。それがどんなに寂しかったか…。
魅力的な共演女優といい雰囲気になった事も。が、どんなにロマンチックなシーンを演じても、こちらが特別な感情を抱いても、成就する事はなかった。恋もしたし、恋に破れたし、結婚生活も破綻した。
振り返ると、後悔の多い人生。流れで失ったもの、自分の手で失ってしまったものも…。
得たものや自身のキャリアは誇りに思っている。決してそれは後悔していない。
しかし今また、失うとしているものも…。
ジェイと違ってロンは家庭関係は良好。
が、突然のジェイの同行に不満たらたら。遂には言い争い。
ロンにはもう一人マネージしている俳優がいるが、突然契約を打ち切られる。君は僕よりジェイに肩入れしている。
傍目にはそう見えるかもしれない。ジェイは手の掛かる子供みたいなものだから親代わり。
ロン自身はどう思っているのか…?
前々から蓄積していたのか、この旅がきっかけとなったのか、関係に疑問を抱くように。
本当にパートナーで親友なのか…? ジェイの為に傷害トラブルも強引に解決させたし、キャリアの為に仕事も繋いだ。間もなく撮影が始まる作品も苦労して取ってきた。
全て最愛の友の為に。なのにジェイは、自分の事ばかり…。
穏やかなロンもとうとう疲れた。ジェイの元を去る事を決める…。
ジェイが主人公だが、これはロンの苦悩や彷徨の物語でもある。
いつものコミカル&オーバー演技は微塵も見せず、抑えた演技で穏やかさと献身的な支えを表し、彼もまた哀切さを滲ませたアダム・サンドラーはキャリアベストと言っていい名演。
バームバックとの再タッグもさることながら、Netflixとは本当にいい仕事をする。『HUSTLE/ハッスル』も良作だった。近年完全にNetflix専属と言われるのも分かるくらい、Netflixはまたさらに彼の事を離さないだろう。つまりそれはアダム本来の実力なのだ。
ローラ・ダーン他周りも豪華アンサンブル。
言うまでもなくノア・バームバックの絶妙見事な演出とオリジナル脚本。前作『ホワイト・ノイズ』がいまいちだった分、分かり易さも受け入れ易さも好感。
中にはジェイのワガママぶりにイライラする人も多いだろう。
しかし、そんなだめんずがやっと気付いてこそ、じんわり来る。
失って後悔する前に、気付いて!
それが自分にとってどんなに大切な存在か、欠けがえのない存在か。
人それぞれだが、ジェイのこの場合、友。
謝罪、自分自身の見つめ直し。
揃って出席した授与式。自分だけじゃなく、2人で得た栄誉。
授与式で映し出されるジェイのこれまでの出演作が、まんまジョージ・クルーニーの出演作なのがユニーク。『ER』や『ピースメーカー』など懐かしいなぁ…。何だかジェイ…と言うよりジョージ・クルーニーそのものの軌跡を振り返ってる感じ。まさかこれで引退じゃないよね!?
皆が称えてくれる。自分の人生は後悔ばかりじゃない。
いや寧ろ、後悔もあってこそ愛おしい。
実際には来ていないが、出席者の中にこれまで連れ添った人たちの幻影を見る。
友と関係持ち直した。次は家族とも。
まだやれるかな? 後ワンテイク。
ワンテイクとは言わず。何度でも。
クルーニーらしい、表面的な映画に感じた🎞️
膨大な台詞量ですが、終始表面的で得られるものは何も無い、一応最後に受賞し式に行きますが、時間の無駄でしか無い映画に感じました。「仕事をしただけ、だろ?」「それナチスの言い訳ですよ」と言う台詞は良かったです。
𝐀 𝐫𝐢𝐜𝐡 𝐦𝐚𝐧 𝐢𝐬 𝐧𝐨𝐭𝐡𝐢𝐧𝐠 𝐛𝐮𝐭 𝐚 𝐩𝐨𝐨𝐫 𝐦𝐚𝐧 𝐰𝐢𝐭𝐡 𝐦𝐨𝐧𝐞𝐲.
内容は分かるが、フィクションなんで。
「デイジーを裏切っちゃった。」
「仕事をしたまでだろ。
「それナチスの理屈ですよ。悪人の気分転換。」
この会話の意味あるんだろうな。
今でもあるのかないのか。
俳優って、テレビとハリウッド俳優と格が違うって。
昔は歴然とあった。
それに舞台はニューヨークで映画はLA.
俳優が出るテレビコマーシャルって外国(アメリカ以外よ外国でも)では放映されてない。勿論、日本は別。
つまり、俳優に格があったのだが、良し悪しは別にして、今でもあるのだろうか?
追記
ジーン・ケリーの伝記?って思って見てしまった。
大スターの苦悩…
スターになるまではがむしゃらに走り抜けてきた役者人生。家族や友人との時間をも犠牲にして。でもそれはスターになってからも、変えられなかった。それはスターと共に走ってきたマネージャーも同じだった。振り返ったときには誰もおらず、孤独だ。ジョージ・クルーニーが実際そう感じているのかと思うほど、哀愁漂う男を好演。アダム・サンドラーも良かった。
イタリアの往年の特急セッテベッロが出てきた!
有名俳優ジェイ・ケリーと彼の忠実なマネージャー・ロン。単なる楽屋ばなしと思って見始めた。しかし、それは違っていた。最初の屈曲点は、ジェイが演劇学校時代のルームメイト・ティムと再会したことにある。栄光に包まれている俳優ジェイが、旧友からその実像を突きつけられる。翌朝、次回作の約束をすっぽかした彼は、秋の大学進学を控えて、卒業旅行に出かけた次女デイジーの後を追って、LAからパリに出かける。口実は、一度は断ったはずのトスカーナで開かれる映画祭での功労賞受賞式への出席。
小型ジェット機をチャーターして、チームと共に乗り付けたパリの空港で、早速方向転換し、大型のSUV数台でセーヌ河畔を走ってリヨン駅に駆けつけ、トスカーナに電車で乗り込むことにする。ここまではテンポも良かった。最初に乗った二等車では、乗客たちとすぐになじみ、むしろ俳優としてのジェイと、人知れず孤独に悩む人間ジェイとのギャップは一度消える。ヨーロッパの良さが出たのだろう。
ところが、ここからチームのメンバーが一人一人消えてゆく。まずリヨン駅で、専属の理容師がフランス大統領の許へ。イタリアに入国して、かの名車セッテベッロに乗り換えると(この辺からエンドマークまで、映像がノスタルジックになる)、長年の広報担当者リズがアシスタントと共に去る。彼女はロンのパートナーでもあった。最後はロンまでもが。
若き日には全く想像できなかったが、歳をとると本当の孤独に苛まれるようになり、それに伴う寂しさと不安を覚える。この映画に出ることに同意したジョージ・クルーニーは、それを知っていたと言うこと。ミステリーもアクションも、ロマンスもない映画をハリウッドが作る日が来て、ジョージ・クルーニーが出てくれるなんて。
自分でいるのは難しい
こないだ鑑賞してきました🎬
ジェイにはジョージ・クルーニー🙂
なんかそのまんまを演じているような役ですね😳
劇中でもメタっぽいこと言われてますし。
しかし、彼なりの苦労が刻まれた表情は哀愁を感じさせます🤔
実際にクルーニーは家族のことで思うところがあるのでしょうか❓
そう勘繰りたくなるほど、リアルな演技でした😀
ジェイのマネージャー、ロンにはアダム・サンドラー🙂
いつでもジェイを支え、スケジュールを調整し…。
時には家族との時間を惜しんでまで😔
彼もまた気苦労が絶えず、懸命に仕事をする姿はどこか侘しい。
そんな男の雰囲気を、しっかりと伝わる演技をしたサンドラーは見事です🫡
基本的にはジェイとロンが物語の中心におかれ、彼らが今までしてきた選択や、自分たちの状況を振り返るような展開でした。
俳優仲間のベンにパトリック・ウィルソン、
ジェイの広報担当リズにローラ・ダーンと、
なかなか豪華な俳優陣も注目ポイント👍
ちょい役ではないのがまた良し😁
クルーニー自身のストーリーなのかはわかりませんが、一人の俳優の生き方を垣間見れた気がして私は楽しめました🫡
彼のファンならば、見逃せない1本です👍
まだ、人生を変えることはできる
一度しかない人生、仕事、家族、趣味、その他、何に重点を置くか。
バランスよく全部高得点は不可能なので、どれかに特化すれば他が疎かになり、でこぼこするのは必然。
人生を振り返ったとき、得たものはさておき、欠けているものに愕然とする。
還暦のジェイ・ケリーは、人生を、ふと振り返る。
最優先で邁進してきた俳優業は大成功、盛りを過ぎて下り坂とは言え、まだまだ世界的大スター(最後のスターとか言われている)だが、この先どれくらいの時間が残っているのやら。
家庭は冷え切り、心通わせる人間関係もない。孤独な自分が空しくなり、せめて娘たちとの仲を修復しようとするが空振り。特に長女との間には埋めることができない溝がある。自業自得。十分自覚はある。
スターあるあるで、献身的なスタッフの存在は勘定に入っていない。
彼らは常にジェイのそばで彼を支えてくれているのにまるで視界に入っておらず、自分は孤独だと嘆く。
仕事だから、と彼らへの感謝の気持ちなどない、というか「俺が食わしてやっている」感覚のよう。わがまま自己中で周囲を振り回してきたが、それも限界。
イタリアの地方の映画祭の功労賞を受け取る建前で次女のヨーロッパ旅行に同行すると勝手に決めて、同じ列車に無理やり乗って好き勝手に振る舞ったことで、今まで多かれ少なかれプライベートを犠牲にしてジェイに尽くしてくれたチーム・ジェイの面々はついにブチ切れ、愛想をつかして次々に列車を降りていく。そして長年の盟友であるマネージャー・ロンすら、ジェイを置き去りにしてタクシーで去ろうとする。ジェイは、ほんとうに孤独な見捨てられおじさんになってしまった。全部身から出た錆。
これもロードムービーと言っていいのか、人も含めたイタリアの田舎の風情がいい感じ。
少し昔のフランス映画のようなクラシックな雰囲気で、エンドタイトルのロゴもそれ風。
どことなく優美に、ゆったりと時間が進む。
還暦すぎのジョージ・クルーニーは往年の大スターを彷彿とさせるルックスで、こういう映画にとても合う。
情けなかったりみっともないところも剽軽に軽くこなしてどっぷり暗くならず、気取らない品の良さがある。
ユーモアがあり話し上手でサービス精神山盛り、笑顔が人々を虜にする大スター、キュートで輝いているんです。
思いがけなくスターと出会えた一般の人々とジェイの交流の様が、微笑ましく楽しい。
年齢なりの走り方も逆にスターの人間らしさにみえて、全力疾走はまあ、あんなもの。トム・クルーズが異常に若いだけ。
言いがかりをつけられての成り行きだったにせよ、ジェイが起こした事件がいつ表ざたになるのか、転落する話になるのか、ずっともやもやしていたが、お抱え弁護士にカタを付けてもらい穏便に済んでほっとした。
話をギスギス尖ったものにしないのがこの映画の趣と思う。
娘たちにも長年のスタッフたちにも去られたけど、ロンだけは留まってくれた、よかった。
ロンは周囲の人にまめに気持ちを割く愛情深い人で、それゆえ見捨てられなかったんだろう。長年、自分の9割くらいを捧げて二人三脚でやってきた盟友でもあるし。
「大スター・ジェイ・ケリー」を、自分の作品のように思う気持ちもあったと思う。メシの種でもある。
タレントのマネージャーという超多忙な身でも、常に家族を気にしており、「そんなことで俺に電話してくるな」と妻を怒鳴ったりしない。娘の脚が腫れたと聞けば、「それならこの薬を」と、普段の娘をよく知っているのだ。激務の中すごいことだが、義務感や面倒がっているところは皆無。家族に関わりたいのは自分の性分、家族は大事。だが、ジェイの次。
紆余曲折の末、なんとか参加にこぎつけた功労賞授賞式が、心に沁みる。
スタッフがいないのでジェイとロンのいい歳のおやじ二人が互いにメイクを整えあって身支度をするところは一見滑稽だが真剣な表情。油性マジックで眉毛を描いていて、手慣れて上手いのに笑ってしまった。大昔の、駆け出しのころはきっとこんなだったのでしょう。
授賞式の客席では、ジェイの功績を称えるショートムービーが始まる。
若いころから現在までの、彼が演じた数々のキャラクターがスクリーンに映し出される。
ジェイは、確かに高慢で自己中でわがままで周囲を振り回し、家族をないがしろにしてきた嫌な奴かもしれないが、彼が人生で最優先してきた俳優という職業においては、確かで素晴らしい実績を残しているのだ。
そして、隣に座るロンと、二人三脚で成し遂げてきた仕事でもある。
周囲を見渡せば、ジェイの記憶の中にある数々の顔が見える。
その一人一人の佇まいに、ジェイの人生のドラマが詰まっている。
ヨーロッパの映画のような、心がざわつく粋なシーンでした。
人生まだ終わったわけじゃない。自分を見つめなおし心から変わろうとするなら、修復できないものはあるにせよ、まだやり直すことができる。そういう可能性を見せて、映画は終わる。
時代に置いていかれつつあるおじさんふたり、傷を舐め合い罵り合って、下り坂を共に生きて行けそうです。
個人的には、ジェイが幼い娘たちのファミリーショーのビデオを見ているところにグッときました。
子供たちが小さくてかわいいころなんてほんの少しの間だけ。
もっと一緒にいて、飽きるほどかわいがれたら良かったなあ、と、息子ふたりを保育園に育ててもらった母としては、その時間が惜しまれてなりません。
行く先々で、出されるチーズケーキが微妙に違っていたのが面白かった。
スタッフが美味しいいいものを用意しようと都度心を砕いたに違いない。
ばかばかしい条項で、ジェイが自分で契約にいれさせておきながら文句ばかりで一口も食べなかったのに、最後はがっつり大きなひとかけらを食べていく。
自分のわがままを戒め、用意してくれた人のことを思いやるようになったんだな、と思いました。
人の大切さを痛感
ジェイ・ケリーは映画俳優としてスーパースターだが、
マネージャーのロン始めスタッフや家族に支えられて
いてのことだということをすっかり忘れていて、
自己中心的・独善的であった過去の自分と
欧州へ向かうまた欧州での旅路で向かい合う。
序盤のティモシーと喧嘩に発展するシーンや
同時に賞を受賞することになったベンとの会話、
そして娘のデイジーやジェシカから疎まれる扱いを受け、
ひいてはロンからも決別を言い渡されることで、
ようやく自分の判断してきたことの過ちに気づくのだ。
この描き方が
コミカルであり、シニカルであり、実に味わい深いのだ。
やはりジョージ・クルーニーをはじめとする俳優の演技が
達者であることは間違いないが、
何より脚本と監督の演出も秀逸だ。
ラストもじんわり心に沁み渡り、
良い鑑賞後感とともに余韻が残る素晴らしい作品だった。
最近はNetflix作品を劇場で上映するので大変うれしい。
やはり映画はスクリーンで観ると体験価値が全然違う。
今後にも期待したい。
【”人生をやり直せるなら、もうワンテイク。”今作は大スターの男が、駆け出しの頃からの生き方を顧みつつ、自分の妻、娘、長年支えてくれた仲間達との関係を見つめ直すややコミカル調のヒューマンドラマである。】
ー ジョージ・クルーニー主演で、監督がノア・バームバックなのだから、観ないという選択は私には無い!という事で、イソイソと映画館へ。
”それにしても、良くこれだけのスターを集めたモノだなあ。”と客電が落ちるまで、フライヤー(NETFLIXのフライヤーの市ては、珍しく裏面までびっしりと文字が記載されていて嬉しい。-
◆感想
・今作は、ジェイ・ケリーはジョージ・クルーニーそのものじゃないの!と思ってしまう展開である。(実際にエンドロールで彼の過去作のシーンの数々が映される。)
・物語は彼が無名だった時代と、大スターになった現在とを交互に映しながら進む。彼は、若き日の友人ティモシー(ビリー・クラダップ)と、撮影所で偶然出会い、珈琲を飲みに行くもティモシーは彼に恨みを持っており、殴り合いになるのだが、実はティモシーのオーディションに付いて行ったジェイ・ケリーの方が演技が上手く、スターへの道を歩み始めるシーンなどは、ナカナカである。
・功労賞を受ける事になったジェイ・ケリーは、イタリアに向かうのだが、妻ジェシカ(ライリー・キーオ:久しぶりに観たが、変わらずに美しい。)と離婚した際に、妻に引き取られたために、父に捨てられたと思っているデイジー(グレイス・エドワーズ)は、父に対しツレナイ返事をするのである。
大スターと言えども、ジェイ・ケリーが家族愛に飢えている事が分かるシーンである。
・ジェイ・ケリーを支えて来たスタッフのリズ(ローラ・ダーン)は、彼の同乗した列車の客たちを全員、授賞式に招待する!とジェイ・ケリーが宣言する姿を見て、旅の途中で帰ってしまう。
同じく長年マネージャーとして支えて来たロン(アダム・サンドラー)も、同じくマネージャーをして来て、同じく功労賞を受ける事になったベン(パトリック・ウィルソン)から、契約解除を言い渡され、自分の仕事の意味を考え、ジェイ・ケリーの授賞式の前にタクシーで帰ろうとするのだが、ジェイ・ケリーは漸く彼の存在の大きさに気付き、タクシーを追いかけて来て、式に出る様に懇願するのである。
・今作では、多数の有名俳優が綺羅星の如く、出演している。だが、人によっては登場シーンが短いのと、各エピソードの描き方が点描的であるので、やや脳内フル回転で観る必要があるだろう。だが、それでも、大スクリーンに映し出されるジェイ・ケリーを演じるジョージ・クルーニーは、笑顔が素敵で格好が良く、圧倒的な大スターのオーラを出しているのである。
彼が、劇中で鏡を見ながら数々の大スターの名を呟き乍ら、その後に”ジェイ・ケリー”と呟くシーンは、印象的なのである。
■今作の一番の見所はジェイ・ケリーの授賞式ののシーンである。
彼は大勢が座る中に、同じく座っているのだが、彼が振り返るとその中には別れた妻や、喧嘩別れをしたティモシーが、幻想の如く彼の受賞を祝うが如く、参列しているのである。
そして、彼は悟るのである。
【大スターである前に、良き夫・父である事。友人を大切にする事。】という当たり前の事だが、大スターになる過程で、忘れていた事を・・。
<今作は大スターの男が、駆け出しの頃からの生き方を顧みつつ、自分の妻、家族、長年支えてくれた仲間達との関係を見つめ直すややコミカル調のヒューマンドラマなのである。>
オール・アバウト・ジェイ・ケリー
スターは映画の中の役柄を演じる以上に、スター自身を演じなければならない。その葛藤と孤独を見事に描いている。
スターの座を勝ち取るために、地位を維持するために、ファンを魅了し続けるために、多くを犠牲にしてきた。友人から役を盗み、家族を省みず、スタッフを蔑ろにしてきた。ふたりの娘、それぞれから別々に浴びせられる言葉は辛辣でとても哀しい。
トスカーナでの授賞式の直前には、娘達はもちろん父親もスタッフ達も誰もいなくなってしまった。まさにひとりぼっち。森をさまよう。このそこはかとない孤独感。
それでも「ジェイ・ケリー」はスターであり続けないといけないのだ。
そして人知れず支えてくれる人が実はいるのである。
ジョージ・クルーニーがセルフパロディかと思うくらいにジェイ・ケリーを好演。アメリカ、ヨーロッパの若手&ベテラン実力派俳優が脇を固めてサポートしている。
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