「フランケンシュタインは愛も無いのに造った。ギレルモ・デル・トロは愛を持って作った」フランケンシュタイン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
フランケンシュタインは愛も無いのに造った。ギレルモ・デル・トロは愛を持って作った
『ピノッキオ』に続いてギレルモ・デル・トロが名作を再映画化するのは、『フランケンシュタイン』。
『ピノッキオ』の時もそうだったが、これも製作を聞いた時から楽しみにしていた。デル・トロ×『フランケンシュタイン』。何と魅惑的な組み合わせではないか! 今年のNetflix映画と言うより、今年特に期待していた一本。やっとお目見え。
映像化は数知れず。スタンダードとなっているボリス・カーロフが怪物を演じた1931年版、ピーター・カッシング×クリストファー・リーのハマー・フィルム版、ケネス・ブラナー監督&主演×怪物デ・ニーロ×コッポラPの1994年版(私が最初にしっかり見たフランケンシュタイン映画はこれだったと思う)…。別口ではティム・バートンが犬で蘇らせたり、日本では特撮怪獣映画になったりアニメで怪物王子の子分になったり…。
多くのクリエイターを魅了し、刺激してやまないフランケンシュタインとその怪物。デル・トロもその一人。念願の企画だったという。
メアリー・シェリーの古典に忠実ながらも、プロローグから始まり、フランケンシュタインと怪物双方の視点、そしてエピローグ。2時間半の長尺で思い入れたっぷりにデル・トロが独自視点で創造したのは、ゴシック・ホラー・ロマンの域を超えた壮大な叙事詩であった。
プロローグ。
北の最果ての地で氷にハマり、立ち往生の探査船。
尚も進もうとする船長と故郷に帰りたい乗組員の間で対立。
そんな時、重傷を負った義足の男を助ける。熊に襲われたか…?
付け狙うように雄叫びと共に現れたのは、フードを被った巨体の男。いや、“人”なのか…?
フードの下から覗くおぞましい形相。銃撃でも死なず、信じられぬ怪力で船を揺さぶる。
船長の機転で“それ”の足元の氷を撃ち、海中に沈める。
だが、救助した男は言う。“それ”は死なない。必ず私の元に現れる…。
男の名は、ヴィクター・フランケンシュタイン。科学者だという。
船長は“それ”の事や何があったか聞く。
“それ”は私が造った。ヴィクターは語り出す…。
のっけからスケールのある映像、見事な船のセット、VFXとアクションを駆使した“それ”の脅威、謎めいた男…。掴みはばっちり!
ヴィクターの視点。
幼少の頃…って、オイオイ、肝心な所じゃなく子供の頃から話すんかい!…と船長も見る側も思ったに違いないが、ヴィクターの人格形成や動機の基盤となる。
高名な医師の父と優しい母の下に産まれたヴィクター。
生活は何不自由無かったが、父は天才ながら傲慢。ヴィクターは反発を抱いていた。
母の存在だけが唯一の拠り所だったが、弟ウィリアムの出産と共に死去。
母を助けられなかった父を見下すようになるヴィクター。
父は死を超越出来なかった。なら、私は死を超越してやる…!
父が亡くなり、ウィリアムは遠縁に引き取られ、名家は没落したが、研究に没頭するヴィクター。
やがて死体と死体を繋ぎ合わせ、電気ショックによって蘇生させる事に成功。
しかしそれは、一時的な反応か、ペテンか、本当に蘇らせたのか…?
聴聞会でヴィクターと保守派の間で大論争。
ほとんどがヴィクターの天才ぶりを理解出来ないでいたが、理解する者も。ウィリアムの婚約者エリザベスの叔父で商人のハーランダー。研究の費用援助を申し出る。
ウィリアムも協力。が、エリザベスは異を唱える。顔を合わす度に衝突するが、聡明なエリザベスにヴィクターは徐々に惹かれていった。
人里離れた塔を研究の場に。理想的な身体も道具も手に入れた。蘇生に充分な雷雨の夜…。
末期の病であったハーランダーが自分の身体も使って欲しいと頼む。ヴィクターは病の身体を使ったら失敗すると拒否する。揉み合いとなり、ヴィクターはハーランダーを殺してしまう…。
それでも研究は止められない。雷を捉え、ツギハギだらけの身体に流される。
身体は…、動いた。
反応とかではない。一時的なものでもない。まだ身体はおぼつかないが、生きて動いている。
うめき声しか発しないが、やっと一言、「ヴィクター」と…。
成功した。死を超越した。私は神すら超えたのだ。
歓喜するヴィクターだったが、それも束の間だった。
進展が見られない。いつまで立っても鈍い動きと「ヴィクター」とだけ。
苛立ちを隠せない。おぞましい風貌にウスノロに、怪力。私は“怪物”を造り出したのか…?
ウィリアムとエリザベスが訪ねてきて、研究結果を見せる。
エリザベスは怪物に慈愛を示す。怪物は「エリザベス」と発する…。
ヴィクターは遂に、“失敗作”を処分しようと強行に出る。
塔もろとも怪物を焼き払おうと、灯油を撒き、火を放つ…。
…以上ここまでが、ヴィクターの視点。
一見、おぞましい怪物を造り出してしまった天才博士の苦悩…のように思えるが、そうでない事は見てれば明白。
ヴィクターの傲慢さが目立つ。嫌悪していた父以上。
造ったはいいが、そこまで。怪物に愛情を示さない。あれこれ従わせたり、見下したり…嫌悪していた父と同じ。結局、血は逆らえない。
父は傲慢さの中にもシビアなほどの正しさがあったかもしれないが、ヴィクターはハーランダーの死に関して嘘を付くなど人としての卑しさが浮き彫りに。
天才ながら、傲慢で愚か。苦悩と滲む狂気を、オスカー・アイザックが熱演。
ヴィクターが船長に話している所へ、再び怪物が現れる。船長室に乱入してくる。
驚くべきは、ヴィクターの話とは別人と思うほど機知と流暢な人語を話す。
怪物は言う。この男から何を聞いた? どうせ独り善がりの話だろう。
あの後、一体何があった…? 怪物が語り出す…。
ここから怪物の視点になるのだが、同じ話を怪物視点からの羅生門スタイルではなく、続きは怪物視点で描くのが鮮やか。
塔が爆発を起こし、吹き飛ばされたヴィクターは片足を負傷。
鎖に繋がれていた怪物も鎖を切るが、爆発に巻き込まれてしまう。
が、驚異的な治癒力で回復。不死でもあった。
怪物は地をさ迷う。人目を避けて。
おぞましい風貌でも自然の動物たちだけは拒んだりしない。
ある時人に見つかり、銃撃を受ける。
寒さと恐ろしさ。怪物であっても感じるのだ。
民家の小屋に逃げ込む。
身体を休ませていると、この家の持ち主が帰って来る。
どうやら銃撃した人と同一。とその家族。
怪物は息を殺して身を潜めるが、盲目の老人は何かの気配に気付く。
彼らを見ている内に、怪物は不思議な感情を抱く。何かしてやりたい、と。
気付かれぬよう、大量の薪を揃える。狼避けの柵を造る。
きっと森の精霊のお陰に違いない。家族は森の精霊に感謝するが、老人はこの家に隠れ住む何かに感謝。
暫く、老人が家に一人に。老人は出てきなさいと声を掛ける。
恐る恐る出てくる怪物。
本作最大の優しさと温もりと癒しと言っていい怪物と老人の交流が胸に染みる。
この老人が自分を怖がらないのは目が見えないから、と怪物は思うが、本当にそうだろうか…?
老人は怪物の縫い目だらけの皮膚に触れ、人間ではない事に気付いただろうが、拒否も嫌悪も一切しなかった。
それどころか受け入れ、言葉の教えや読書も。
怪物の流暢な話し方も英知も全てここから。
教え、導いてくれる存在が必要だった。生まれたての赤子が一人で成長出来るだろうか…? ヴィクターはそれを怠った。
怪物は自分が何者であるか知りたいと言う。老人は探しに行きなさいと旅立たせる。
この時私は察した。これが今生の別れのような…。
怪物は朧気な記憶を頼りに、生まれた地、あの塔の跡地に辿り着く。
残骸の中から“答え”を見つけ出した。
自分は何者でもなかった。死体と死体を繋ぎ合わせ蘇生した“怪物”であった。
怪物の胸中を悲しみが駆け巡る。いやそもそも、感情などあるのか…? 心などあるのか…? 私は怪物だ。
ならば、この悲しみ苦しみは何だ…? 私は、何者なんだ…?
怪物は老人の元に戻る。が、狼の群れが…。
怪物は狼を追い払うが、老人はすでに瀕死。
怪物は老人に旅の答えを話す。私は何者でもなかった。怪物だった。
老人は言う。君は友人だ。
息を引き取った所へ、老人の家族が。死んだ父の傍らにおぞましい怪物。どんな修羅場になったか言うまでもない。
怪物は再び地を行く。が、今度はたださ迷うだけじゃない。明確な目的を持って。
我が創造主の元へ。ヴィクター!
その頃ヴィクターは身体も癒え、ウィリアムやエリザベスの元に。
久し振りに対す。髪が伸び、身体もしっかり動き、何より対話が出来るほどの言語能力を身に付けた“失敗作”に驚くヴィクターだが、さらに驚くべきは怪物からの申し出。
伴侶が欲しい。不死のままの孤独は嫌だ。連れ添える自分と同じ存在を造って欲しい。
断るヴィクター。また私に怪物を造れというのか…?
何処までも傲慢なヴィクターに怒りの雄叫びを上げる怪物。
その雄叫びを聞き付け、エリザベスがやって来る。生きていた“彼”に喜ぶ。
銃を構えるヴィクター。エリザベスにどけ、と。拒否するエリザベス。
そして悲劇は起きた。怪物を狙って放たれた銃弾がエリザベスを…。
そこへ、ウィリアムが。怪物がエリザベスを殺したと、ヴィクターはまたしても愚かな嘘を付く。
怪物を殺そうとするウィリアム。だが、その怪力でウィリアムは…。
その場を多くの者が目撃。この恐ろしい怪物を殺せ!
エリザベスの亡骸を抱いて怪物は逃げる。
その後を追うヴィクター。
追い付き、対する。だが、力の差は明白。形勢逆転。
怪物はヴィクターを圧する。今度はお前が私に服従しろ。
ヴィクターは逃げる。怪物は、逃げても逃げても必ずお前の前に現れてやる。
逃げて逃げて、北の最果ての地。怪物の魔の手を振り切り、探査船の近くへ。今に至る…。
ヴィクター視点と怪物視点。一見トーンは同じだが、全く違うものを感じる。
ヴィクター視点では重厚な雰囲気にヴィクター自身の傲慢。“怪物”とは誰の事か…?
怪物視点では、怪物に対する人や世界の仕打ちは残酷だが、その中にも優しさや美しさ。怪物が見た自然、陽光、雪までも美しい。
ホラーモンスターとして知られる怪物。が、本作の怪物は恐ろしくないのだ。
怪物史上最も複雑な感情を持ち、感受性も豊かで、怪物史上最もイケメン。
オスカーノミネートも噂されるほど、ジェイコブ・エロルディが怪物を体現。
映像美。確かにこれは配信の小さい画面では勿体ない。劇場先行上映で見た方は大正解!
『クリムゾン・ピーク』でも魅了したゴシック調の美術・衣装。その衣装やゴシック世界に映えるミア・ゴス。
役者陣の熱演。ドラマ面やキャラの内面を意識した語り口。
ギレルモ・デル・トロの溢れんばかりの愛があって造った事が、作品全てから伝わってくる。
エピローグ。
過去の作品では怪物はヴィクターに父や愛を求める。
本作ではちょっと違う解釈で、赦し。
愛も無いのに造られた。拒絶され、見捨てられ、世の残酷に見舞われた。それでも、あなたを赦す。
与えられた生命。
創造主から感情と生命を持った“彼”へ。
生きろ。それは遺言でもあった。
最期にもう一度呼んで欲しい。初めて発した時、怒号の時とは違う、感情を込めて。
ヴィクター。
死から生。
どんなに蔑まされても、赦す。
そこから見える世界は、きっと美しい。
ここがギレルモ・デル・トロが伝えたかった所だろう。
恐ろしさ、悲しさ、苦しさからの優しさ、温もり、美しさ。
不死の彼。今、彼は何処にいるだろう…?
期待通りの良さと見応えとデル・トロのクリーチャーLOVE。
『ブレイド2』ではヴァンパイア、『シェイプ・オブ・ウォーター』では半魚人、そしてフランケンシュタイン…。
ギレルモ・デル・トロにはレジェンド・モンスターたちを極めていって欲しい。


