私は主演の深川麻衣を全く存じていなかったのですが、とても素晴らしい俳優だ。
彼女は静岡出身で乃木坂46なるアイドルグループの1期生として活動していたらしいが、デビューシングルでは選抜メンバーから落ちてしまうも、地道に努力を重ねて、卒業シングルではセンターを務めたことは全く知らなかった。ましてや卒業後は、『16人のプリンシパル』で主要十役を制覇した確かな演技力を生かして、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』や『嗤う蟲』など多数のテレビドラマや映画に出演していたことも存じていなかった。
まあ、ここまでのことは冗談にも程があるが、深川麻衣が『パンとバスと二度目のハツコイ』に出演していなかったら、今泉監督を知ることはなかったし、『愛がなんだ』をみにいこうとも思わなかったから、出演作はぜひみたいと思える俳優である。
本作の主人公・まどかを演じるのは、深川麻衣にしかできなかったはずだ。アイドル時代も「聖母」という愛称で、メンバーやファンから親しまれていたが、「アイドル」という仮面を剥いだら、毒を吐きたかっただろうし、聖母ではない現実も生きていたことは想像に難くない。そんな彼女だからこそ、洋装も和装も似合って可愛い(ボブヘアもいい長さ)、ではなく、京都を舞台にした、本音と建前を使い分ける人物たちのドラマをこなすことができたに違いない。
以下、ネタバレを含みます。
ただ物語は極めて不可解である。
あるあるな物語の筋としては、よそから来たまどかが京都の魅力に気づき、そのよさを守るために、義実家や地域住民と関わっていく、というのがあると思う。
けれど義実家や地域住民は魅力に気づいていようとも、結局は自分たちの生業を守ろうとしているだけだし、義母は老舗の家を売ろうとしている。
まどかにしても、京都の魅力を知らしめようとするマンガは、カリカチュアされたものであり、「ネタ」として消費していることが否めない。さらには、義母の実家売却の黒幕とする不動産屋の男を追い出そうとするマンガは誹謗中傷に溢れており、肯定されるべきもののようには全く思えない。
皆が建前をつかい、守りたい京都は何なのだ?そして守ろうとする彼らは一体何者なのだ?
ラストシーンにも顕著なように、守りたい京都なるものは存在しないし、守ろうとする彼らは誰一人、善人ではない。本当が空(くう)であることに、虚を突かれてしまった。
まどかは、勧められたら帰らなくてはいけないぶぶ漬けを避けるでもなく、遠慮するでもなく、喰らいつくす。あの姿には、彼女が京都に寄生したかのようにみえて恐ろしかったが、本作が描こうとしたシニカルさが十全に示されているように思う。
ラストシーンの尻切れトンボ感がなければ、上半期を代表する邦画になったのかな…
序盤の非観光地化された京都の風景を映す素晴らしいショットのように最後まで本気を出してほしかったが、深川麻衣をみれたので十分です。