「悲しき武家の定めかな」陽が落ちる みらさんの映画レビュー(感想・評価)
悲しき武家の定めかな
静かな物語。将軍様の弓に対して粗相をしてしまった久蔵は蟄居を命ぜられ、沙汰を待っていた。古田家には美しい妻と聡明な息子、そして下男と下女の娘。
沙汰が降りるまでの数日間を描いた作品は、まさに自分が子供の頃から抱いていた死への恐怖を久蔵のセリフとして客観的に聞くことになった。無になること、存在はもちろん、記憶も、すべてがなくなっ
てしまうことへの恐怖。取り乱す夫に対し、では町人に身を落としてまで逃げますか?と突き付ける妻。良乃は泣かない鉄の女であった。家と体面を重んじる武家にとっては良乃のような女が鑑となるのだろうが、現代人には理解出来かねることばかり。
そんな些細なことで切腹?と考えてしまうが、作品として観ると、これはもう1つの様式美である。
自分が何より心揺さぶられたのは、最後の良乃の絶叫であった。朝にはそこにいた夫が、夕方にはもう存在しないこと。子も去り、明日には明け渡さなければならない広い屋敷で良乃は初めて自分の感情を解放した。
自分も数年前、同居していた母を亡くした。昨日まで会話し、朝には自室にいた母が、夕方にはもう家に帰って来なかった。母のいない部屋は静かで、それでもまだ匂いも残っていて、飲みかけの薬やいつも使っていたカバンや、服や…。
主のいない部屋の寂しさを思い出し、涙が溢れた。あれはリアルな悲しみだった。こちらでレビューさせていただいた「花まんま」など比較にならない。家族の大切さ、愛しさ、温かさ。この静かな映画は見事に描き出していた。下女のしげが良乃に文字を教わるシーンもとても良い。が、しげの父親の言動があまりに立派過ぎて違和感はあった。そして、殿に寄り添って自害するのも違和感。恩義があるにしても、この時代の武家と百姓の関係性を考えるとやり過ぎかなと思った。最後に出てきた御目付役がまさかの村上弘明さんとは!憎ったらしい親父が見事でした。そして、どこを探しても見つからなかった羽場裕一さんが、あの役だったとは。キスシーンも余計だったので4点に致しました。しかし、いい映画でした。地味でもしっかりと映画を作って下さる方々がいることに安堵。