陽が落ちるのレビュー・感想・評価
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切腹を言い渡された侍の妻
死ななければならない己の不運、不幸を憂い、決定を下した武家社会への恨みつらみを叫び、御家断絶となることについての先祖への申し開きのなさと路頭に迷いかねない残される妻子の身を案じ、そして死そのものに対する恐怖から旗本古田久蔵正成は慟哭する。そんな夫に対し良乃は侍としての潔さを求める。また一人旅立つことへの恐怖に怯える夫に自分も一緒に連れて行って欲しいと懇願する。生への執着を見せる夫の発言には生き伸びるために逃亡することを示唆する。考え得るすべてを、侍の妻良乃は夫にそしてスクリーンの前の我々に披露してくれる。ある時には叱咤し、またある時は夫ともに嘆き悲しみ、また冷静沈着に提案してみせる。そして夫との最後の夜を過ごす。夫に甘え熱い愛をかわす。
夜が明け、その翌日、すべてが終わる。
今日にも明け渡さなければいけない誰もいなくなった屋敷で、良乃は夫の名を呼ぶ、いや叫ぶのだ。いるわけもない夫を探し回る。そしていなくなった息子の名を呼び(親友が養子として引き受けてくれた)、可愛がりまた慕ってくれた使用人の名を呼び慟哭する。あんなにも気丈だった良乃が狂人のように激しく慟哭する。
夏の世の 夢路儚き もののふの 晴れて行方の 西の雲の端
将軍愛用の弓を傷つけて蟄居を命じられた、三河以来の直参旗本、古田久蔵正成。その顛末。物語は想像の通りに進み、結末も予想を裏切らない落としどころに。なのに、あまりにも役者陣の熱量が高すぎて、目が離せない。武家の社会なので騒ぎ立てることもなく、淡々と振舞い、理不尽も受けいれる。「扇子腹」の申し出で侍の妻としての矜持をみせるのが、せめてもの抵抗だ。そこを美学と言い切るには、現代社会の感性からみれば随分とかけ離れてしまっているが、これがこの時代の常識なのだとこちらは襟を正さずにいられなかった。
さらに、ベテラン役者陣の存在感。「目立ちすぎ」ではなく、オーラ消し過ぎ。羽場裕一なんてまさか?まさか?と思いながら観てた。そして村上弘明のいやらしさ(褒めてます)。他人の命、他家の存亡などお構いなしの上役の憎らしさが上手い。そんなキャスティングが見事だった。
竹島由夏さん
若い世代の方にこそ観て頂きたい作品
武家の矜持とその背後にある悲しみ
ストーリーそのものは単純で何の捻りもないが、それだけに演出と演技が光る作品。登場人物全員の心理描写が素晴らしいが、やはり特筆すべきなのが竹島由夏演じる主人公の吉乃の心理描写。三河以来の武家の奥方としての矜持と(下女への嫉妬も含めた)複雑な心理描写。これを超える映画が本年期待できるかは分からない(もし出てきたら、2025年は大豊作の年)。
理不尽さに抗する武士と妻
たかが弓を傷付けたくらいで切腹は無いだろーと言いたいところだが、将軍の弓と、それを預かる旗本の関係なので、当時としては致し方無いのだろう。泰平の世で緩んでしまった武家社会の内部統制の為の理不尽な沙汰。その中で抗う武士達。切腹させられる本人はもとより、その妻、息子更には奉公人までをも巻き込む理不尽な決定。最初から最後まで丁寧な作りで、緊張感を維持したまま最後に、たった1人残された妻の狂乱で終わる。悲しくも、当時、この様な理不尽に翻弄された武士達が数多くいたのだろう。良い時代劇です。
思わぬご褒美、上映後の舞台挨拶
物語は、お役目をしくじり蟄居中の武家家族の最後の2日間をじっくりと見せてくれる
登場人物も必要最低限なのだが、出てくる人物に一人も無駄が無い
主役は、ちょっと頼りなくも穏やかでやさしい旗本、その妻良乃殿
彼女の夫への寄り添い方から息子、奉公人への接し方は、武家の妻そのものであり
いつも凛として厳しさと優しさに溢れていて、観る者を引き付けていく
冒頭、蟄居中の久蔵の正式な処分が「切腹」と決まったことを役目上最初に知らされた彼の旧知の親友江藤伝兵衛は、正式に本人に知らせる明日(それは切腹当日というルールというからむごいと言わざるをえない)を前に、本人に会って伝えたいと考えるがその行為がご法度であることに思い悩む。こちらも伝兵衛のご内儀が「直接会うのはご法度でも会わずに詩で伝えては」そっとアドバイスする
伝兵衛は久蔵の屋敷門の前で名も告げずに、門越しに良乃殿に詩を聞かせる
良乃殿の顔色は見る見るうちに厳しくなっていくのがわかるがそれでも決して取り乱さない
全てを悟った良乃殿がその歌を主人久蔵に伝える・・・・
残された1日を家族で大切に使う時間が持てた中で、良乃殿はうろたえる久蔵や奉公人たちを厳しく愛情こめて諫め、諭し、涙を押し殺して最後の時まで「武家の妻」としての姿勢を崩さずに貫く
涙もろい私は、伝兵衛が、親友久蔵が理不尽な切腹をしなければならないことに憤怒するところで泣き、涙をこらえて詩を門越しに読む伝兵衛とその詩を聞く良乃殿に泣き、奉公人のしげさんが即座に暇をだされて帰った実家で、病気がちの父から「最後までご恩を返してきなさい」という言葉に泣き、下男のお武家のルールの理不尽さへの恨み節を語りつつ、奥方(良乃殿)を気遣って「生き続けてください」という言葉に泣いた
ラストシーン、文字通りすべてを失った良乃殿の、物語の冒頭からずっと堪え続けていた本当の心の想いを、文字通り全身から噴出させ爆発させるあのシーンがとっても良かった
また、時代劇などではいとも簡単に「はい、切腹」という様子が描かれているが本来のその刑罰の沙汰を受けた者とその家族縁者たちの苦悩はどれほどであったかを、この映画はじっくりじわじわと我々に味わせてくれる まさに「理不尽」の一言
上映後の舞台あいさつで柿崎監督が「この映画の撮影は時間の流れ通りの完全順撮り」だったと語っておられました また、撮影に使われた旧家のあの切腹の部屋は、実際に昔切腹が執り行われた部屋なんだそうです。印象的な御門も調べれば聖地巡礼が出来るかもしれませんね。他にも前川泰之さん(江藤伝兵衛役)出合正幸さん(古田久蔵役)、そして主役の竹島由夏さん(吉乃殿役)にお会い出来、撮影の裏話に笑顔をたくさんもらいました
柿崎監督が、次は前川さん主役でこのメンバー全員参加で3.11の東日本大震災時の自衛隊員の活躍を描く映画を撮り終えているそうです。公開時期についてははまだ解禁になっていないそうですが絶対見たい!
昨今、物語の中でさえ見なくなった「凛とする」美しさに打たれた。
文政十二年とは1829年
徳川家斉の時代(文化~文政年間(1804~1831年)
家斉は贅沢三昧の生活で幕府の財政を逼迫させています。
子供が55人いたと言います。
そして4年後の1833年(天保4年)、「天保の大飢饉」が起こります。
将軍家斉の横暴が続いていた時代の理不尽な切腹の通達。
伝兵衛が久蔵に切腹を告げる和歌は
「夏の世の 夢路儚き もののふの 晴れて行方の 西の雲の端」
西の雲の端とは西方極楽浄土を指すのでしょう。
これには元歌があり
「夏の夜の 夢路はかなき 後の名を 雲井にあげよ やまほととぎす」
柴田勝家の辞世の句です。
劇中で久蔵と伝兵衛が手本としていたものだと語られます。
将軍の弓の弦を切ったことによる死罪。
お武家様はなんと惨いことをなさる。
これが百姓の感覚でしょう。
良乃は武士の妻として
◯凛とする
◯取り乱さない
◯最後の差配を行なう
◯駒之助の養子話(自分から息子を取り上げられること)にためらう夫の前で即座にそれを受け入れ礼を言う。
◯取り乱す久蔵をたしなめ、夫の前では決して泣かない。
涙を落とすのは久蔵のほうだ。
この気丈な妻が夫のため扇子腹を申し出る。
夫婦の機微とはこういうものなのだろう。
凛とする、取り乱さないことの美しさに見ているものは背筋が伸びる。
その抑えつけた悲しみを思って観客の胸はキリキリ締めつけられる。
夫はこの妻無しには、おそらく武士の誇りを保つことはできなかったに違いない。
昨今、本音をいうこと、我慢しないこと、「私」の幸せを追求することが奨励されるが、そのなかで、この理不尽さに耐えることの美しさが、果たして世界に受け入れられるのだろうか?
これを理想像にすることに抵抗を感じないだろうか?
私の理性は、このようなブラック企業の言いなりになる必要も必然も正義もない!と言うが、私の感情は、良乃の凛とした美しさに溺れてしまう。
凛とする
このような人はついぞ見かけなくなった。
物語のなかでさえ。
最後、良乃が取り乱して泣く、救いだった。
貴重な映画体験となった
だた百姓の奉公人がなぜ死ななくてはかったのか?
私には説明がつかない。
美しいと思えなかった。
物語に望みなくとも観賞しての宝は豊か
たまにこういう救いようのない映画がありますね。物語は最後にはハッピーエンドにならないと興行にならない、という暗黙の了解がただの思い込みにすぎないと気づかされます。
時代が違うから今の価値で考えてはダメなのは当然。なので精一杯追従して『そういう時代なんだ』と受け容れていくのですが、それが無理な箇所があります。とくにしげの自害とか。
そうして溜まっていった消化不良の塊こそが「その時代と精神性」という理解で裡に描かれるのです。時代を越えて時代を理解できました。
これまで武士の精神はたくさん描かれてきましたが、侍の妻を通して描かれた武士の精神は少数派でしょう。この構成による私の気づきは『優しと厳しさは同居しえる』ということです。その対極にあるのは、いつかテレビでみた我が子のお弁当を過剰に彩っておもねる傾向にある現代の母の姿。
この他にも時代が違うからこそ浮き彫りにされる、時代をまたいで輝く生き様の美学が全編にわたって埋まっています。物語に望みなくとも観賞しての宝は豊かです。
骸に添えなかった扇子をみて箍が外れたよし乃の哀しみが、思考をかき混ぜてくれて幕となる。最後の解釈は観客それぞれにゆだねたのかな、と解釈しました。
振り返って一番よかった点が何かを探りますと、俳優さんたちの演技と全体に枠を与えた監督の力でしょうか。身分格差を息遣いの一呼吸ごと、立ち居振る舞いの一挙手一投足、そらには骨身にまで染み込ませた丁寧な演技と映像、それが映像の緊張感となって物語が深く心に入ってきました。
ちりっと、心に残るやるせなさ
撮影の舞台となった長野で鑑賞
事前情報0で、偶然にも舞台挨拶のある日に見ることができ、前の方の席を陣取りました。
時代劇ということで、侍タイムスリッパーを想像していましたが、内容は蟄居させられてしまった武士の妻の話。
主人公の凛としたたたずまいが、とても素晴らしかった。
自分だったらどうしただろう、逃げてしまえ〜と叫びたくなってしまった。この時代に生きた人々は、理不尽にも受け入れざるをえなかったのだろう。
願わくば、ハッピーエンドが良かったな。
舞台挨拶では、撮影秘話も披露していただき、撮影時は時代劇だからなるべく和食にされていたとのこと。
お蕎麦が食べたくなりました。
お着物も着て、凛としてみたくなる、そんな映画でした。
撮影現場となった松代のマップも映画館に設置されていたので、行ってみたいと思いました。
時代劇も日本語字幕がほしい世代
雨の日曜日 桜も散って路肩に模様の頃 昼さがり
しっとり落ち着いてみたくって、評価高いし、山本周五郎の時代が好きなので
期待して新宿武蔵野館行ってみた。
時代劇は 会話が 小声だし 武士言葉は元々聴きとりにくいから、
(侍タイムスリッパー みたいな、明快な分かりやすいコメディ とは違って)
字幕が、ほしいと思った。
ブルーピリオドの「 ごうどん」(千葉真一 息子)ほど、
セリフの聞きとれない奴はいなかったケド。
斜め後ろの白頭のおじさん ひたすら持ち込みお菓子に手を入れる音、噛む音 までまる聞こえ、
おまけに嚥下機能低下してるから 咳ばらいも時々、、。
大事なシーンの会話が かき消されちゃう。
ストーリーはひたすら地味、感動的シーンは 、、、。
頚動脈なら、血しぶき天井 屏風まで 染まったら 、と思ったけど海外出品意識か、
きれいにまとまっていた。
ラストシーン 空は茜色 「陽は落ちる」
こんな春の夜の雨の歩道、 人波の中、ちょっと濡れるのもよいかも。
2時間があっという間!
良乃役の竹島由夏の武士の妻の演技がとても印象に残りました。
武士の妻の矜持、夫婦愛、友愛を描いた作品だが、とても切なくて何度も泣いてしまった。
江戸幕府の直参旗本で書院番を務める古田久蔵は将軍の弓に傷つけ蟄居の身となってしまう。
蟄居中の久蔵は妻良乃、息子の駒之助と共に過ごしていたが、ついに久蔵に切腹の沙汰がおりる。
動揺する久蔵を武士の妻として潔い最期を迎えさせるべく気丈に振る舞う良乃。
侍タイムスリッパーのように多くの映画館で観られる映画になって欲しい。
超超超大傑作
古き良き日本映画
いやー素晴らしかった。
号泣して心が洗われました・・・
そこまで耐えねばならぬのか・・
そこまで理不尽なのか・・・
良乃の本当の感情がむき出しになるラストシーンは
観客の感情もあふれ出すタイミングになったに違いない。
まぁでもそれにしても
監督のこだわりが随所に見れた作品でした。
殺陣もないし余計なものはそぎ落とし、
シンプルなんだけど故に細かい所作や風景が美しく
セリフもすっと入ってくる・・
実際に切腹した場所を撮影で使ったり、
すべてのシーンを順撮りで撮影したりと、
役者が演じやすい環境を作り上げて
作品はより素晴らしいものになったと思います。
古き良き日本映画を
令和の現代で見れる喜びを噛みしめてました。
素晴らしい作品でした。
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