劇場公開日 2025年5月23日

「息子にとって父親とは? 父親にとって息子とは? そんな問いへの回答の一例の成分は いい意味での軽さ、’70年代テイスト、横須賀というロケーション、そして寺尾聰の歌声……」父と僕の終わらない歌 Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0息子にとって父親とは? 父親にとって息子とは? そんな問いへの回答の一例の成分は いい意味での軽さ、’70年代テイスト、横須賀というロケーション、そして寺尾聰の歌声……

2025年5月30日
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鑑賞方法:映画館

かつて歌手としてのレコードデビューを夢見た 横須賀の商店街で楽器店を営む父親•哲太(演: 寺尾聰)。既に吉祥寺でパートナーと暮らし始めていたゲイでイラストレーターの息子•雄太(演: 松坂桃李)。タイトルの前半部分が「父と僕」とあるように、この父親と息子を軸に物語は進んでゆきます。

物語は哲太が認知症の傾向を示し始めるあたりから始まります。結局、哲太がアルツハイマー型認知症と診断されて、雄太は実家に戻り、母親(演: 松坂慶子)とともに父親の面倒をみることになります。この作品は英国で実際にあった出来事を基にして作られたようですが、それは単なるヒントでしかなく、もっと普遍的な、息子にとって父親とは何であるか、父親にとって息子とは何であるか、という問いに対する回答の一例を描いた徹頭徹尾フィクションの作品ではないのか、という感想を私は持ちました。確かに認知症の怖さも描いており、この作品の重要な要素のひとつではありますが、物語の芯にあるのはこの父親と息子のあり様だと思います。

一般的に言って、息子にとって父親とは何なのでしょう。いちばん身近にいる男としての先輩なのでしょうか。息子は母親に愛情を求めますが、父親にはそれとともに何か評価みたいなものを求めているような気がします。鉄棒で始めて逆上がりができたとき、テストで百点を取ったとき、運動会の徒競走で一等を取ったとき、息子にとって特に嬉しいのは父親に褒められることです。息子は社会人になると父親のことを社会人の先輩としても意識し始めるのですが、その頃にはあまりコミュニケーションをとらなくなっていたりもします。

この作品でうまいなあと思ったのは息子の雄太がゲイであるという設定です。雄太は何年か前に父親にそのことを伝えて一応の了承を得ているようなのですが、自分のパートナーを紹介するにあたって、それについて父親がホンネのところでどう考えているのかわかりません。確かにゲイというのは法律も破っていないし、人様に迷惑もかけてはいない、でも、まだまだ一定の偏見には晒されている、また、孫を見せるチャンスは絶望的…… とか、いろいろ考えているうちに父親が認知症でどんどん壊れていきます。雄太は父親が自分のことをゲイであることを含めてどんな風に評価してくれていたのだろうと葛藤することになります。

こんな風に書くとけっこう重い話のようなのですが、この作品の美点はいい意味での軽さにあります。軽みと言っていいかも知れません。軽みは「かろみ」と読めば俳句の用語で軽快で自然で無駄のない表現を指すそうですが、まさにそんな感じ。これは寺尾聰の歌い方にも通じているよう。また、父親の哲太がミュージシャンを目指してバンド活動をしてた若い頃の数々のアイテム、すなわち、1970年代テイストのアイテムも登場してきて楽しいです。ラジカセやカセットテープの山。楽器店が配達用に使っている車は左ハンドル、運転席がベンチシートのバカでかいステーションワゴン。これで舞台が横須賀ですから、まるで、創刊当時の雑誌 ”Popeye” (今の立派な月刊の Popeye ではなく隔週で出していた頃の紙質が悪くて公衆便所みたいな臭いがした 愛すべき Popeye)の世界が展開します。そして、上にもちらっと記しましたが、なんといっても軽快で自然で肩の力が抜けた感じの寺尾聰の歌。そんなこんなでとても感動的で楽しい映画ができました。文句なしの星五つ。今のところ、私の中では今年観た邦画ではベストです(と言うほど、邦画をたくさん観てないんですけどね 笑)。

Freddie3v
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