劇場公開日 2025年7月11日

「スーパーパワーのあり方が2020年代の視点で問い直される」スーパーマン 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0スーパーパワーのあり方が2020年代の視点で問い直される

2025年7月25日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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興奮

池袋のIMAXで「F1」を観る前に流れた「スーパーマン」の予告編がとてもよかったので、こちらもIMAXで観なくてはと池袋を再訪したが、結論から言ってぜひともIMAXでというほどではない。一応「Filmed for IMAX」と謳われていて、もちろん映像と音響の迫力が増したはずだが、IMAXの画角を活かした構図的なインパクトや息をのむような映像美の点では物足りなく、出来の良い予告編に釣られたような気にもなった。

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズでアメコミヒーロー映画に新風を吹き込んだジェームズ・ガン監督らしい、多彩なキャラクターたちが躍動するアクション場面の楽しさや、ロック愛あふれる音楽使いのセンスのよさは健在で嬉しくなる。冒頭でいきなりスーパーマンが負けている、変身シーンの省略、ロイスがクラーク・ケントとすでに付き合っていて正体も知っているなど、過去の「スーパーマン」での約束事を敢えて破るのもパンク魂を感じさせる。

ただ一方、スーパードッグ「クリプト」を含むヒーローキャラをいろいろ出しすぎたせいで、肝心のスーパーマン/クラーク・ケントの物語を相対的に深掘りできず、デビッド・コレンスウェット版「スーパーマン」第1作としても新たなDCユニバースの第1弾としても、浅く取っ散らかった印象だったかなと。好みの問題なのは承知だが、個人的にはもっと新たなスーパーマン像に絞り込んだ構成で観たかった。

米国と世界の歴史との関連性で考えさせられる点もある。1938年に漫画雑誌に初登場した「スーパーマン」の原作者ジェリー・シーゲルと作画ジョー・シャスターがともにユダヤ系アメリカ人なのは割と知られた話。ユダヤ人迫害の波が欧州から世界に広がっていた1930年代、特別な力を持つヒーローが悪と戦い世界を救うという物語に、理不尽な差別や迫害を受ける当時のユダヤ系の人々の希望や理想が込められていた。

正義の名のもとに第二次世界大戦に参戦したアメリカにとって、スーパーマンは象徴的な存在になった。連合国は勝利し、ユダヤ迫害を国ぐるみで行ったナチスドイツは打倒され、米国とソ連(ロシア)がスーパーパワー(超大国)になった。

時は流れて2020年代、ロシアはウクライナに侵攻し、新たなスーパーパワーとなりつつあるユダヤ人国家イスラエルは圧倒的な武力でガザ地区やレバノン・シリア・イランといった中東のイスラム国家を攻撃して、大勢の市民を巻き添えにしている。そんな世界の現状を思うとき、スーパーマンが釈明する「自分の目的は侵略ではない。同じ人間として共存したいだけ」といった趣旨の言葉が、大国が比較的小さな国や地域を攻撃する際の言い分に似て聞こえてしまう。「スーパーマン」の原作者たちがユダヤ系だったことを思い起こせば、皮肉な逆転が起きているようでもある。ジェームズ・ガン監督が自ら書いた脚本は、娯楽大作の構えの中にもそんな21世紀の現実世界とのリンクを埋め込んでおり、なかなかに考えさせられる。

高森 郁哉
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