「わからない事の恐ろしさを密室ドラマ形式で描く」フロントライン クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
わからない事の恐ろしさを密室ドラマ形式で描く
よくぞ作ったり! あの僅か5年前、未曾有の大災害のエポックな出来事を、オリジナルで映画に仕上げ、検証と自省と発見を再現し、その渦中にあった人々を人間ドラマとして描き切った。凄いとしか言いようがない。世の中をそれを境にガラッと変えてしまうのは、戦争であり疫病である。とんと疫病なんて過去完了と思っていた隙に発生したコロナ・ウィルス、暗中模索、正体が掴めぬ段階での右往左往に翻弄されたほんの少し前の歴史をここに振り返る。
私も昨年6月にコロナ陽性と判定された、しかしドクターからは最低5日間の自宅待機を指示されただけ。5年前、志村けん氏の罹患とその死の衝撃とは、到底同じウィルスとは思えないのが正直な印象。分らない・判らない・解らない事の恐ろしさを全世界で体験した、数年間。わからないから手の施しようがない。相手が疫病に限らず、生き物でも、国家でも、人間でも、宇宙人でも、わからないから攻撃態勢にせざるを得ない。もはや神が見ているとしか言いようがない。
先に香港で下船した乗客1人が罹患と分かった時点で、横浜に到着した全3711名の扱いは大々的ニュースとなり、私達も知っての通り。しかし実際の船の中の事態はまるで伝わってこない。それを勇気をもって活写するのが本作の役割で、頭が下がる思い。あの混迷を主演のトップクラスの男優4人に役割を集約し振り分けた脚本は、お見事の一言。さらに女性TVキャスターと女性クルーにもフォーカスし、藤田医科大学病院の院長も加え、疑心暗鬼の恐怖を描き切った。
冒頭の長い長い奥が見通せない程の船内の廊下をカメラはひたすら進む、と右側から陽性患者がカットインし、そのままカメラは引き返すように後を追う。緊迫したスピード感で、船の右舷の扉が宇宙船のように開き、閉塞空間から一挙に解放感ある外部がまるでスクリーンのように見える。そのままカメラは女性クルーがマスクを外し深呼吸する姿を捉え、外側に飛び出し、救援の小型船ともども空中をカメラはバックし、巨船の全貌を画面に収める。この秀逸なプロローグで、観客をあの渦中に放り込む。
当然に、異論噴出のドラマであり、一流役者達による緊迫した会話劇の体裁となる。決して船の中に限らず、役所の一室、バスの中、病室の中、などで各々の使命と役割と不安を織り交ぜてゆく。もちろん窮屈感を排除するため、船外のロングショットを多用し、絶妙な塩梅で描く。エンドクレジットには、演出上の脚色や、省いた描写なども記し、極力正確であろうと万全を期しているのも好感が持てる。
それにしてもエンターテインメントの範囲でよくぞこのテーマで踏み切ったもので。なにしろ会話ベースの舞台劇のようなもので、見せ場のような派手なシーンがあるわけでなし。逆に言えば、だからこそ2時間ダレずに描いたのですから、見事なもので。ただ、タイトル「フロントライン」って、よくある新聞社報道のハリウッド製社会派映画のようで、むしろストレートに「ダイヤモンド・プリンセス号」の方が遥かに相応しいと思うのですがね。
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