平場の月のレビュー・感想・評価
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人生の終わりがチラ見えしてからの大人の恋は、それはそれでアリだと思う。
今日は寝不足で、もしもつまらない内容だったら途中で寝るんじゃないかと半分不安で観に行きました。ところがどすこい、上映開始すぐに堺雅人と自分の置かれた環境があまりにも似ている事にビックリして一気に眠気が吹っ飛んで、スクリーンの中に気持ちが吸い込まれていきました。
バツイチだし、印刷会社で働いていたことがあるし、告って断られた女の子(当然今はオバチャン)と月一でデートしているし、自分に子供はいるけど相手には子供がいないし、彼女が元気なこと以外、なんか自分のミニ自叙伝を堺雅人と井川遥に演じてもらっているような気がして、普通の恋愛映画の何倍も感動する事が出来ました。
原作未読なので予告映像を見た勝手なイメージで、青砥と須藤は入籍はしないものの「事実婚」っぽい生活に落ち着いてハッピーエンド♡、という結末を予想していました。でも須藤が大腸がんになった時点で悲しい結末が見え隠れして涙腺が緩んでしまい、最後は堺雅人と一緒に泣いていました。自分の彼女も「心が太い」人なので、「一緒になろう」とか言うとヘソを曲げる危険性があるので、一緒になるのは諦めて月一デートを楽しむことにしました。
若さの幻想を捨てた先に残る“愛のかたち” ──邦画が迎えた成熟の時代
近年、ハリウッドでは中年以降の恋愛映画が当たり前のように成立している。2010年代後半から2020年代前半にかけて、“多様性”の概念が年齢領域にまで拡張したことで、50〜60代が生々しく恋をする映画が増えた。成熟した観客層がメイン視聴者であることが可視化され、俳優たち自身がその年齢にふさわしい役柄を自然に獲得した結果、欧米では“老いの恋愛”がジャンルとして成立した。
その潮流がようやく邦画にも到達した。その象徴が本作であり、これは日本映画の価値観において静かだが大きな地殻変動を意味する作品であると感じた。本作が描いたのは、若さの美しさでも奇跡的な運命でもなく、傷を抱えた人間同士が“受容”を通じて寄り添う恋愛だ。大腸がん、人工肛門(ストーマ)、離婚歴、生活の摩耗、孤独と後悔、親、介護、お金──普通の恋愛映画なら“乗り越える壁”としてドラマ化されそうなものが、この作品ではあくまで自然な背景として扱われる。
そして、須藤葉子の死を知った青砥健将――堺雅人が見せた“作り物の笑顔”と、その裏から静かに崩れるように溢れた涙。この一瞬に、本作が描こうとした成熟の核心が凝縮されている。本来なら絶叫してもいい場面で、彼は笑おうとして笑えず、泣きたくないのに涙が出る。人は本当に深い喪失を前にしたとき、感情のボタンが壊れる。その“誤作動”のような表情は、人生の後半戦を生きてきた男の、痛みと諦念と優しさの全部だった。
終盤の展開は誰が観ても予想できる。しかし、裏切る必要はない。むしろ“読める未来がそのまま訪れる痛さ”こそが、この映画の真実性であり、中年以降の恋愛の構造そのものだ。派手なドラマを積み上げなくても、俳優の呼吸と沈黙だけで物語が成立する。これは邦画が成熟した証拠である。
そして今後、邦画は確実にこの方向へ舵を切る。観客の中心が40〜60代へ移り、配信プラットフォームが中年の恋愛を積極的に支える時代において、“傷を抱えた大人の恋”は邦画の新しい主要ジャンルになる。若さを前提とした恋愛映画の時代は終わりつつあり、これからは“受容としての愛”が物語の中心になるだろう。
本作はその転換点に位置する作品と感じた。恋愛は若者の特権ではなく、人生の重荷を背負った後でなお続いていく営みであることを、美しく、そして痛切に示してみせた。成熟した邦画の時代は、いよいよこれから始まる。
忘れられぬ呪いを今君にあげる。嘘。
感想
複雑で崩壊している家庭環境の中で育ち思春期を迎えそれでも必死で平静を取り繕い生きている須藤葉子。そんな須藤の事を中学時代から陰日向より見つめ続け好意を感じていた青砥健将。自己肯定感が低いまま成長し家族の考え方も受け入れられず、自身が選択し経験した人生さえも否定してしまう悲しく歪な心根を持って生きてきた須藤。30数年の年月が過ぎ去った後、壮年期に青砥と偶然の再会を経て次第に付き合いを深めていく2人。人に心開く事の出来ない今の須藤を優しく見守る青砥の深い思いやりと、青砥の昔からの気持ちを受け入れながらも病という重荷をも受け留めていく須藤のその当事者にしかわからない心の葛藤と、人生の奥深さを感じる行動が、その事に関わっていく人々の人生の人間心理に影響を及ぼし、痛恨とも言える不治の病であるのにもかかわらず更に他の人生をも一段と昇華する事となり忘れられない思い出となっていく物語の展開に涙し感動する。
監督:土井裕泰 脚本:向井康介
原作:朝倉かすみ
脚本は映画用に程よい改変があり平均以上の出来映えで素晴らしい。演出は安定の纏め方で安心して観る事が出来る。
配役
青砥健将:堺雅人
須藤葉子:井川遥
他 でんでん 中村ゆり 安藤玉恵 成田凌
塩見三省
星野源氏の挿入歌「いきどまり」がとても素晴らしい楽曲で心に染みすぎて泣けた。本作と共に忘れられない。この曲を聴くと私自身病を受ける者だかこの病をきっかけに関係者を巻き込みながら不思議な事に人生の喜びという昇華とも言える経験することも出来た。病は死を伴う悲しいものだが、その死の影響は人の人生観を変える事もある。心にのこるのだと信じたくなる。
⭐️4.5
50代以上の大人向け恋愛映画
原作はかなり前に読んでおり、好きな小説だったので概ねストーリーは覚えていた。ただ、映画には向かない物語だと思っていた。人工肛門の描写があるラブストーリーなんてどう映画にするのか。そもそもヒロインは普通のおばさんなので、映画化でどういうキャスティングにするのか、ある意味興味があった。今回の主役が堺雅人はともかく、井川遥と聞いて、きれいすぎて嘘くさくなるやろなと思い、観に行くかどうか迷ったが、結果は観て良かった。50代以上の大人向け恋愛映画でした。
病気・離婚・介護等を経験したり身近に見たことがある年代の人、ましてや中学時代に淡い恋愛経験がある人は、皆それぞれ身につまされながら浸るだろうと思う。何より、嘘くさくなると思っていた井川遥の演技が素晴らしかった。ほぼノーメイクで、本当に普通の中年女性っぽくてリアル、でもきちんと魅力あるヒロインとして成立していた。堺雅人の上手さは言うまでもなく、脇役も皆ひとくせある演技者ばかりで映画全体のアンサンブルが心地よく、随所に入る中学時代のシーンも奇をてらうことなく、最初から最後まで引き込まれた。
原作の良さを消すことなく、自転車二人乗りや夜空に浮かぶ月等、映画なりの描写が随所に挿入されていて、今年の実写の邦画では記憶に残る良作でした。エンディングの星野源の曲も、しっとりと浸る時間を与えてくれる良い曲だと思う。
50代には共感だらけの平場の恋愛
堺雅人さん、井川遥さんお二人の自然な演技で本当に実在する人の感じがたまらなく良かったです。タイトルの平場の通りごくごく一般的な普通の50代2人の抱える人生の様々な問題の中の大人の恋愛に共感することだらけでした。なんか月9のようなファンタジー恋愛も悪くはないのですが、等身大の一般的な大人の恋愛はリアルを凄く感じて観た後の余韻がかなり残りました。決してハッピーエンドとは言えないラストでしたが、お互いを思いやる強い気持ちの上での結果だったので、悲しくて涙が出ましたが、不思議な清々しさもあり、まだこの先も人生を生きていかなければならない青砥には本当に幸せになって欲しいと強く思いました。好きな人の側にいられる、あたり前になると忘れがちだけど、それは本当に幸せなこと。
すんなりと受け入れられるラブストーリー
人生折り返し地点で中学時代の人と再開し、酸いも甘いも噛み分けた大人二人が、お互いに抱えてきた寂しさを紛らわせるように寄り合い、深い関係になっていく…という大人のラブストーリー。
◯人に寄り添い続けることの難しさ
幼少期から母親の愛を受け取れず、長女として気を張りながら今日まで過ごしてきたヒロインの須藤。中学時代から他人に弱みを見せることができず、愛情に飢えつつも素直に甘えることができない須藤にとても共感しました。
(もしかしたら追記するかも…)
◯親密になるまでの描写が丁寧
二人が一線を越える(コトに及ぶ)までの描写が丁寧で、納得できるような描写だった。
お互いを励ますため、互助会のような形で飲みに付き合う関係の青砥と須藤。須藤の住むアパートでの宅飲みで、須藤は中学以降の壮絶な人生(DV旦那との略奪愛と死別、美容師に貢いでいたことなど)をぽつぽつと語り、今ではすっかり孤独になっていたこと、このまま自分は孤独死するのだろう…とこぼす。この時の、寂しそうな須藤の演技が本当に上手い。
このままだと須藤は孤独の果てに本当に死んでしまいそうだと感じ取った青砥は学生時代の告白時と同じように頬を擦り合わせ、須藤に口づけする。この時の須藤の「性欲なんてこの年齢だとファンタジーだよ…」というセリフと演技が、拒絶するようでいて、どこか寂しさが抜けきれていないことを表現できていてとてもいいと感じた。
もう一度青砥が口づけすると、寂しさを抑えきれなくなった須藤が積極的に口づけをし、体を重ねる二人。
そこから深い関係になっていく青砥と須藤の、親密になるまでの過程が丁寧に描かれているため、すんなりと受け入れられる。
◯ラストシーンはもう少し感動が欲しかった
須藤がガンで亡くなったことをまだ現実として受け止められていない青砥。いつも須藤と飲みに行っていた焼き鳥屋で後輩の昇進祝いをするものの、須藤がいつも座っていた席を見つめ、須藤の口ずさんでいた曲をラジオで聴いて初めて須藤が亡くなってしまったことを認識する…というシーンで映画が終わるのだが、この時の曲調と青砥の泣きの演技に締まりがないように感じられた。日常の延長線上と考えれば納得はできるものの、もっと感動的に、情緒を揺さぶるような演出があってもよかったのではないかと感じました。
大人の恋愛
演じられている年代が自分と近いからか、共感できる部分が多々あり、悲しくもありましたが、どこか前を向いていけるようなそんな映画でした😀
綺麗事や想いだけではなかなか難しい大人の恋愛。介護、育児、病気になりやすいお年頃、自分の人生の終わりも見据えなきゃいけない。
それでも誰かそばにいてほしいし
そばにいてくれる人がいることが幸せかなと😀
まあ私が須藤なら、最期は同じく会わないかな。
青砥なら立ち直れないかも笑笑
堺雅人さん、井川遥さん、中学時代を演じた若手俳優、みんな良い演技をしてました😎
月の満ち欠け
中学生時代に2人で河原で見た満月
再び出会ったふたりが別々に見ていた半月
青砥が須藤にプレゼントした三日月形のネックレス
二人の一緒に過ごせる時間がなくなっていくことのメタファーなのか分からないけどなにかそこに切なさを感じた。
月は欠けてしまい死がふたりを別ち人生を一緒に過ごすことはなかったけれど、また月が満ちていくように違うかたちでふたりがどこかで結ばれてほしいなと願うばかりです。
主役のお二方の演技はリアルな演技はもちろんのこと、居酒屋「酔いしょ」の大将役の塩見さんの演技が最高でした。
普段は一緒に見に行くと寝てしまう妻も寝不足だったのに最後まで観たようで、いい映画だったのだなと改めて思いました。
エンドロールで流れる星野源さんの「いきどまり」も無論最高でした。
大人の恋?の話だけれど
中学校の頃の同級生が大人になってから再会し、恋に落ちる?お話。
堺雅人さんと井川遥さん、お二人とも好きなので観てみました。
何気ない日常の中で少しずつ心が通っていく二人。
特に井川さんの抑えた演技がとても印象的で、素敵だな~と観ていたわけですが…。
原作がそうなのかもしれませんが、あのラストはないでしょう。
恋人、というか自分の好きな人が癌で療養中。
いくら6ヵ月検診で大丈夫だったと本人がVサインをしたとて、その日に別れを切り出されて2度と会わないと言われたら普通もしかして重病なのでは、自分に迷惑をかけたくない、あるいは弱っている姿を見せたくないと思っているのではと想像できませんでしょうか。
1年後の約束をしたとはいえ、それまで何の手段もとらずに癌の療養をしている彼女を放っておくのでしょうか。
挙句の果てに彼女が亡くなったことを人から聞いて、文字通り鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして現実とは思えず酒場で泣き崩れる。
いや~、これはないです。
あらかじめ彼女本人から最期の様子を見せたくないからと言われていたならいざ知らず。
Lineが既読にならないのならなおさらです。
ああいうラストの方が綺麗で感動的になるのかもしれませんが、そこが残念で☆三つ、でした。
良い意味で
身に積まされました。自分より少し若い年代ですが、自分や家族のことで色々ある世代ですね。その上での再会。お互いに忘れていた想いが再燃することもある意味必然だったのかも。6ケ月検診の日の話の展開がああならなければ‥と悔やまれます。
切なすぎる
元々見る気はなかったんだけど星野源のMVを見てレイトショーに駆け込みで鑑賞しました。大人だけど初々しい感じ、気恥しい感じがすごく可愛らしくて良かったです。中学の初恋の相手同士でお互い独身で再開っていうのがとても運命的だけど、その幸せのままとはいかずのラストっていうのがすごくすごく悲しいんだけれど納得できるラストでした。どうやって最後終わらせるんだろうと思ってたら意図しないタイミングで、まさかの伝わり方で、まさかの報告。もう悲しすぎて。
6ヶ月検診で明らかに様子がおかしいんだから青砥気づいてよー🥲
一緒に旅行に行けたハッピーエンドも見てみたい。中学でお互い想ってて、でもきっとそれを須藤的には叶わせる訳には行かなくて、そんな須藤の考えがもどかしくて早く自分を許して欲しいと思いました。
曲中薬師丸ひろ子のメイン・テーマがマッチしすぎて最後の居酒屋はほんとに号泣でした。主題歌の星野源のいきどまりもこの2人に合いすぎてエンドロールも涙が止まらなかったです。
50代の純愛。こんなに素敵な映画だとは思わなかったです。
ほんとに心が満たされました。
私は妹推しです
評価も高いし良い映画なんだろうけど、中学時代の告白経験無し、両親は元気、私は健康体で既婚&絶賛育児中の自分とは重なる情景がほとんどなかったからか、個人的にあまり感情移入ができなかった。須藤は陰な雰囲気が良い女なんだけど、対して陽の雰囲気の妹はもっと可愛くて、後半はいつ姉の部屋で青砥と妹がくっ付いちゃうのかと変な妄想に支配されてしまった。もっと言うと、井川遥(もはや役名ではない)に「うちこない?」と言われた時点でその気配はありました。私もまだ若いのかな。ごめんなさい。丁寧につくられた良い映画なのは間違いは無いです。何よりも一番興奮したのは、普段使っている北朝霞駅がロケ地と判明した瞬間かな。
リアリティーのあるファンタジーを楽しめるが、想像だけでは補い切れないところが残念に思われる
「50歳を過ぎても『恋』ができたらいいなぁ」といった願望(妄想?)を叶えるかのような、大人のファンタジーを楽しめる。ただし、お互いに独り身だし、中学の同級生同士で、しかも告白して振られた(後に両思いだったことが分かる)仲だっただけに、あながちあり得ない話ではないとも思われて、そのリアリティーに引き込まれた。
はじめは「世間話をする会」みたいな形で2人で飲むようになり、徐々に距離を縮めていく様子には、「いい歳をした大人が」とじれったさを感じないでもないが、双方に結婚を破綻させた経験があるだけに、ここは、「同じ失敗を繰り返したくない」と躊躇する気持ちがあることを、もっと明確に描いても良かったのではないかと思われる。
やがて、彼女が進行性の癌に冒されていることが分かり、その手術の前日に、ようやく2人が結ばれるのだが、これは、病気が恋の後押しをしたのだと考えて良いのだろうか?
あるいは、彼女が、中学生の時に告白を断り、「一人で生きて行く」と決めたのは、不仲な両親を見て結婚生活に失望したからだということは想像がつくのだが、その割には、略奪婚をしてみたり、若い美容師に入れ込んだりしたのはどうしてだろうという疑問が残る。
さらには、彼女が月を眺めながら考えていたという「馬鹿みたいなこと」が、主人公との結婚生活であったということも、容易に察しがつくのだが、それなのに、どうして主人公からのプロポーズを断ったのか、その理由がよく分からなかった。
確かに、彼女は自分のことを嫌っていて、主人公が思うような人間ではないと、その理由を説明しているのだが、後に、本当の理由が、癌の再発を知ったからだということが明らかになると、益々、どうしてなのかが分からなくなってくる。
たとえ不治の病に冒されていても、それで、相手に大きな迷惑をかける訳ではないし、むしろ、残された時間を大切な人と過ごしたいと思ったり、最期は愛する人に看取られたいと願ったりするのが普通なのではないだろうか?
もしかしたら、彼女には、自分は幸せになってはならず、罰を受けなければならないといった気構えがあったり、主人公に、夫と死別した自分と同じ思いをさせたくないといった気遣いや、衰弱していく自分の姿を見せたくないといった気位があって、それこそが彼女の「太さ」だったのかもしれないが、それならそれで、もっと分かりやすく説明してもらいたかったと思えてならない。
それから、せっかく出てきたチチヤスのチー坊や、彼女が引っかかった「お前」という呼び方が、あまり伏線として機能していなかったことには、少し残念な思いを抱いてしまった。
夢みたいなこと
「夢みたいなこと」ってなんだろうと考えていた。
二人の幸せな生活だろうか、などと考えてみた。
だけど、一人で生きていくと決め、それでも結婚してしまったり男に貢いだりした己の身勝手さ、だらしない自分自身を許せない気持ちがあるのかなと。
目の前の手に入れられそうな幸せと、許せない自分の狭間で悩んでいたのかもしれない。
「青砥が一緒に居たいと思うような奴じゃない」
果たして自分は幸せになっていいのかという迷いと、一人で生きていくという決意が、ああして伝えないというカタチに落ち着いたのか。
例えば、あそこで青砥が話を遮らないで病の結末を聞いていたり、もしくは別のところで違う形で出会っていたり、そもそも病にならなかったり、、そういうもしもを考えてしまうけれども、結局はああいう形になってしまったり、そういうどうしようもなさとか、まさに「いきどまり」になってしまう二人の……なんというか。
終わり方が唐突に感じる人もいるかもしれないけど、周りの人達の幸せを祝ったりして、飲み会をしたりして、しかし自分の中には深い悲しみがあって、それでも生きていくと、最後のシーンの後も悲しみを背負って生きていくであろう青砥の人生の深みを感じられて良いと思う。その悲しみを、上手く星野源が表現してくれていて、エンディング込みで素晴らしいなと。
二人の物語は「いきどまり」で、「幕は閉じる」わけだけど、残されたものは、それでも生きていかなきゃいけない…
夢というのは、掴めない幻のようなものなのだろうか
(原作を読んだらもう少し理解が進むかもしれない…)
2人乗り
なぜ、主人公は最初からバックステップの着いた自転車に乗ってるんだろう?やんちゃな家系なのか?それとも自転車2人乗りの為に、最初から着いてる設定か?
と、疑問をずっと抱いていたが…
ラストにその真相がわかり、落涙。
伏線だったのか。
そりゃ、あの自転車を大切にするよ。
主人公が涙する場所、タイミングが見事だったな。
これはまるで『秒速5センチメートル』のその後のような物語なんだと感じた。あの2人がアラフィフになり、やっと再会出来たならこんな感じになったんだろうな。
秋の夜長に、胸にしみる作品だった。
胸を張れよ、青砥
原作未読で鑑賞。
堺さんはめちゃ原作を読み込んで芝居するという知識と
井川さんは「見はらし世代」や「拾われた男」とかを見て、素敵に年齢を重ねているな、という個人的興味から観てみた。
最初は50代の恋愛?と思ったが、須藤(=井川遥)が大腸がんと言われ、ストマとかケモテラとかになって、大腸がんになった人の気持ちもちゃんと描いてた。
でも基本はやっぱり「すごい大人になりたい」と言っていた中学生の青砥と、少女時代周りの環境に恵まれず「1人で生きていく」と言ってそれを必死で守って生きようとしてきた須藤の、酸いも甘いも知ったあとでの再会。
冒頭部や再会したときや須藤が亡くなったことを実感したときなど、劇中何度も流れた、薬師丸ひろ子の「メインテーマ」がいい。特に最後青砥の号泣にあわせて焼き鳥屋の大将がボリュームを上げて「メインテーマ」を流し、嗚咽が他の人にに聞こえないようにするところが良かった。あの青砥の号泣は、2人の関係を知り尽くした大将がいて、中学生時代に戻っていいんだと、心を許した号泣だったと思う。
ちゃんと、須藤の頑なな心をこじ開けてたよ、青砥。
平場の月(=地上の星)に手が届いたよ、青砥。
胸を張れよ、青砥。
平場の話ということで青砥が移動などに自転車ばかり利用したり
劇中色んなところで色んな月が出ていて
テーマを強調していた。
あと全然関係ないけど、須藤の妹役を演ってた、中村ゆりさんがとても綺麗だった。
原作を早速購入した。
どうするんだよ。
さんざん傷つき傷つけてきたから、
もうこれ以上誰も傷つけたくなかった。
ひとりで死んでいくと覚悟を決めていたから、
もう誰も巻き込みたくなかった。
傷ついてもいいから、
一緒に生きていこうときめた。
約束は破らないと信じていたから会いに行かなかった。
悔やんでも悔やみきれない。
しあわせになってほしかった。
須藤の部屋のカレンダーにも約束の日に○がついていた。
ふたりでいつも行った焼き鳥屋、
見守ってくれる大将がいて、
流れているのは薬師丸ひろ子のメインテーマ🎵
🎵愛って、よくわからないけど、傷つく感じがすてき、笑っちゃう涙の、止めかたも知らない、二十年も生きてきたのにね🎵
隣りにおまえはもういない。
予告でほとんど見せられていたけど、
泣いた。
思いのほか豪華なキャスト。
焼き鳥屋の大将塩見三省の存在感。
成田凌なら貢いでも仕方ない。
サブスタンスのデミ・ムーアじゃないけれど、女優さんは年をとると良い役に恵まれない。
この映画の井川遥のように、年を重ねた大人の女性が主役となる作品がもっと作られるといいな。
堺雅人、井川遥のラブシーン。
星野源の歌でまた泣いた。
二人乗り
二人乗り。
ムビチケ頂いたので初日初回に観賞してきました。原作未読。大人の恋愛映画かな〜って軽い気持ちで観始めたら結構重かった。
初恋の相手との偶然の再会で心を通わせていくお話なんだけど、過去の色々とか現在の色々とか…小さな幸せを抱きしめて生きるのもままならないって辛いね。
付き合い始めても青砥(堺雅人)と須藤(井川遥)って呼びあってるの、今更呼び方変えられない不器用さが出てて好きだった。それにしても青砥は鈍感だな…6ヶ月検診でアレだったら気付いてよ。
泣けなかった青砥があの席であのタイミングでかかったメインテーマに号泣しちゃうの切なすぎて…。あの店の塩見さんが本当に良い。自転車二人乗りのシーンがめちゃくちゃ素敵だな〜って思ってたので、ラストにアレ持ってくるのはズルいな。さすが土井監督。
エンドロールの星野源の『いきどまり』が胸に刺さって余韻が抜けなかった。映画のために書き下ろしたのかな?歌詞も素晴らしかったですね。
平場から見える月
50歳にもなれば人其々の人生の
バックヤードがある。
再会から続きが始まったラヴストーリー。
大人の恋愛はとてもスマートではない。
病気、将来の問題、生活観も漂う
リアルな中年の純愛。
でも長い時間が過ぎ、また出逢った二人は
心を寄せあっていく。手探りで思いを
取り戻していく姿は微笑ましい。
そりゃキスも照れるし震える。
自転車に二人で乗るシーンは過去も現在も
最高だった。
あの居酒屋での一人泣き。
店主が然り気無く音楽のボリュームを
あげる。素敵な人情。
脚本は向井康介さんなんだ。
愚か者の身分といい、上手に描くね。
自分の人生から見える平場の月も普通に
輝かしく綺麗に思えるなら満たされている
証でもある。
ちょうどよくあわせなんだ、それが一番の
幸せなのかもしれない。
しかし元妻が吉瀬美智子さんで恋人が
井川遥さんなんて羨ましい。
ハンカチを忘れて渡すシーンは
インパクトがあった。あの時の堺雅人さん
の表情が心情の複雑さを物語っている。
大人の純愛ラヴストーリーでした。
全150件中、121~140件目を表示
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