「母の本能と死の尊厳――ゾンビ映画の枠を超えた静かな感動」28年後... マルホランドさんの映画レビュー(感想・評価)
母の本能と死の尊厳――ゾンビ映画の枠を超えた静かな感動
物語が始まってからスパイクの母親のイスラが病に伏せていることがわかる。
物語の中盤で病に倒れた母イスラと少年スパイクの旅が始まるが、それはゾンビ映画の枠を超えた、命と死を見つめ直す物語だった。
そして同時に寝たきりだった彼女が、「子どもを守る」という本能が、体を超えて動かしているのが伝わる物語でもある。
例えば、感染者の出産に立ち会い、命を救おうとする場面には、母親としての本能と、命へのまなざしが静かに宿っている事が感じ取れた。
そして、スパイクが感染者に襲われた際には、思考より先に動くその身で彼を守る姿は、言葉を超えた「親の力強さ」を表しているのだろう。
村から出て母との旅路はまるでロードムービーのようで、時に甘酸っぱく、歩いている時も幻想的な情景が続く。
目的地に行く途中で立ち寄る黄色い広大な花畑は、イスラの思い出の地ということがわかり、そこでどんなひとときを過ごしたのかを語るときの彼女の顔はとても穏やかだ。
そして一面に咲く花たちが織り成す光景は、崩壊した社会のなかで変わらない自然の風景を感じさせ、どこかフランス映画のような詩情を感じさせる。
死を身近に感じるこの世界において、病による穏やかな最期はむしろ尊く映って鳥肌物だ。
母を火葬し、骨を塔に飾るシーンの荘厳さ、朝日が差し込むラストは、まさに“死を生きる”瞬間だった。
スパイクが「メメント・モリ(死を忘れるな)」の言葉に触れたことで、母の死を受け入れられたことが胸に迫るし、本作で最も印象的な場面だ。
また、家族の葛藤も見逃せない。父ジェイミーは村の人妻と過ちを犯してしまった。
スパイクとの言い合いで思わず手が出てしまったが、日々の生活を思うと彼への愛は感じられる。
感染者の赤ん坊を父親のジェイミーに託すという選択は、「やり直すチャンス」を与えるスパイクなりの和解だったのかもしれない。
また、父から譲り受けたナイフで感染者のへその緒を切るところや、母から「パパ」と呼ばれる場面など、“父性”の継承が丁寧に描かれているのも見事。
この作品は、ゾンビ映画にして死生観を深く語る希有な一作。
命の儚さ、家族の繋がり、そして人が死を受け入れて生きることの意味を、静かに力強く問いかけてくる。
そして映画全編に渡っての英国の雄大な自然も映し出されている。
満ち潮で渡れなくなる橋、花咲く野原、丘にたたずむ木 -ロケーションの美しさとフィルムのざらつきが、終末世界に不思議な郷愁をもたらしていた。
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