木の上の軍隊のレビュー・感想・評価
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⭐︎3.7 / 5.0
7月27日(日) @映画館
木の上の軍隊
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「なんで此処で戦うんですか」ただ仲間や家族と普通に過ごしたいだけなのに「元通りにはならない」沖縄の人々の想いに触れる🥹
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帰らぬ「日常」
個人的な趣味から言うと、まさに典型的「3K」である「戦争映画」は苦手なジャンル。特に邦画だと、いろんな「怨念」が渦巻いて陰湿に描かれる上に、その時代の延長線上には自分がいるという当事者感も相まって積極的に観て来なかったが、本作はタイトルとレビューの高さに惹かれて、「鬼滅…」の観客でごった返す劇場へやってきた。
実際、この作品もかなりお客さんが入っていたし、他にも今は良い作品が並んでいるので、これで映画業界にまたお客さんが戻ってくるといいな。
で、「木の上の軍隊」。
いわゆる「戦争映画」というジャンル映画の割には、凄惨なシーンや直接的な暴力映像は最小限に抑えられていて、令和に戦争を描くとこういうことになるのかな、と思ったりもする。
沖縄戦が始まり、現地の島で徴兵された主人公が、前線でアメリカ軍に追い詰められ、逃げる内に期せずして部隊の長官とこの少年兵の二人だけが生き残り、木の上に避難して始まる生活。
終戦を知らぬまま、援軍を待って長い時を過ごした彼らの皮肉な運命と、家族や知人、友人、そして町の姿だけでなく、その記憶さえも失ってしまうことへの嘆き。
奪われた「日常」。
それは戦争が終わっても戻ることはない。
「失ったものが何だったのか」すら忘れている自分に驚き、また変化に順応してしまう自分や周りの人々を見ながら、忘れてはいけないものも存在することを痛感する。
でも、いつかそれも忘れてしまうのか。
そんな切なさが溢れていた。
ただ、一本の映画作品としては、木の上に登ってからそれほど劇的な出来事もないので、取って付けた様に差し込まれるエピソードにどんどん飽きてくる。「死んだのか?」「いや、死んでない」、「ついに死んだ?」「いや、生きてます」みたいなことが繰り返される感じ。
堤真一の迫力は言うまでもなく、山田裕貴の沖縄弁もリアルだったし悲しい演技も良かった。脇を固める沖縄の俳優さんたちの存在感も心に刺さる。
一年に一回くらいは自分にとっての平和ってヤツを考えてみる機会になるのは良いことだと思うし、なんだかんだ言っても、それなりに不自由の少ない生活を送っている自分たちを見つけることにもなる。
内容はソフトなので、若い方にも是非観てもらいたい一本。
「安慶名、、、安慶名ぁー!」日本人と琉球人の沖縄戦
2025年公開、配給はハピネットファントム・スタジオ。
【監督・脚本】:平一紘
【原作】:こまつ座
【原案】:井上ひさし
主な配役
【上官殿 山下一雄少尉】:堤真一
【地元徴用兵 安慶名セイジュン】:山田裕貴
【セイジュンの親友 与那嶺幸一】:津波竜斗
1.元は井上ひさし原案の舞台劇
2013年に初演。
藤原竜也らによる三人芝居。
井上ひさしは、新聞記事で元ネタを読んで以来、構想を練り続けたが、ついに上演することなく他界した。
原案・井上ひさし、とあるが、
題名と設定の2行しか遺していない。
仕上げたのは、劇団モダンスイマーズの蓬莱竜太。
実際に二人の兵士が過ごした樹を見に行くなど、
取材を重ねてストーリーを構成した。
こまつ座の看板の一つになり、
今回、映画化にこぎつけた。
2.日本人の沖縄戦と琉球人の沖縄戦
監督の平一紘(たいら かずひろ)も沖縄出身。
スクリーンに日本人と琉球人の違いを巧みに散りばめている。
戦場になり、すべてを失うことになる伊江島出身の新兵(山田裕貴)と、
本土(宮崎県)から来て一人十殺(いちにんじゅっさつ)が口癖の歴戦の上官(堤真一)。
生き方、習慣、価値観のまったく異なるふたりきりの隠遁生活。
宮崎と沖縄、近く感じる人も居ると思うが、共通点は台風の通り道だということくらいだ。
明治になるまで「日本」ですらなかった沖縄。
その沖縄が日本領として猛攻撃を受け、10万人を超える県民が死亡した。
本作のふたりは、
日本と琉球の代理戦争を演じているように感じた。
3.ストーリー展開
◆前半(米軍上陸前)の描写
竹槍訓練中の空襲シーンの臨場感。
知り合いが目の前で亡くなる喪失感。
いずれも、素晴らしい。
◆後半(新兵の台詞以降)の描写
山田裕貴の独白
「思えば僕も上官も最初から狂っていたのかもしれない」
からトーンが変わる。
援軍を待つという口実で、樹上の隠遁生活を続ける。
良く言えば、すごく丁寧に描いている。
悪く言えば、展開が少なく平板にも感じる。
2年を表現するため必要な構成なのかもしれない。
4.まとめ
堤真一、山田裕貴、与那嶺を演じた津波竜斗、
3人共に素晴らしい演技だった。
全体として事前期待を大きく超えた。(事前期待が低すぎたかもしれない、と反省)
「安慶名、、、安慶名ぁー!」
海岸ではじめて新兵の苗字を叫ぶ上官。
繰り返し繰り返し呼び続けるのが印象的だ。
是非、子どもたちにも観てほしい作品だった。
☆4.0
戦後80年にあの時を知る
樹の上の乞食兵
木の上の軍隊
国も沖縄も伊江島も住民も護れずに、
2年間も樹上生活しながら、
敵国米軍の残飯やゴミ浚いをして命を長らえた二人兵隊さんの逃避物語
流石に原案、井上ひさしさんです。
彼の貧困、飢餓に対する怨念を感じました。
因みに、
50年前、伊江島の向かいの本島で1週間ほど、2回キャンプをしたことがあります。
確かに海に夕陽は綺麗ですが、
満天の星空に流れ星が最高です。
海も小さな島なので良く見れただろうに…
紹介映像がないのは残念だ。
今も、
伊江島米軍補助飛行場として占領されているようだ。
( ^ω^ )
木の上の軍隊
終戦に気づかないまま2年間も木の上で生き抜いた2人の日本兵の実話に着想を得た井上ひさし原案の同名舞台劇を、
堤真一と山田裕貴の主演で映画化。
太平洋戦争末期の1945年。
沖縄県伊江島に米軍が侵攻し、激しい攻防の末に島は壊滅的な状況に陥っていた。
宮崎から派兵された山下一雄少尉と沖縄出身の新兵・安慶名セイジュンは敵の銃撃に追い詰められ、大きなガジュマルの木の上に身を潜める。
圧倒的な戦力の差を目の当たりにした山下は、援軍が来るまでその場で待機することに。
戦闘経験豊富で厳格な上官・山下と、島から出た経験がなくどこか呑気な安慶名は、噛みあわない会話を交わしながらも2人きりで恐怖と飢えに耐え続ける。
やがて戦争は終結するが2人はその事実を知るすべもなく、木の上で“孤独な戦争”を続ける。
原作舞台劇で上官役を務めた山西惇のほか、沖縄出身の津波竜斗、川田広樹(ガレッジセール)らが共演。
「ミラクルシティコザ」で知られる沖縄出身の平一紘が監督・脚本を手がけ、全編沖縄ロケで完成させた。
木の上の軍隊
2025/日本
リアルの風景を舞台セットとした優れた会話劇An exceptional drama of dialogue set against a real-world backdrop
実話がもとになっている。
ただ、この映画のもとは舞台作品。
その舞台作品に関しては知らず、
観劇する機会がないまま
映画のみを観た。
戯曲にする時点で、
作家の思いが入ってくる。
舞台の代わりに、
実際の木の上をセットとして、
島をセットとして舞台演劇が行われた
という印象を持った。
創作なんだけれど、
だからこそ本物を観ることができた。
二人を中心としてなされた会話は
戦争の本質、
生きることの本質、
個人と国との関係、
失うのもの得るもの、
を見せてくれる。
原案者である井上ひさし氏が
この実話に戦争の中の希望を見出した意味は
観終わった後
少しだけ理解できたように思う。
優れた演者たち、スタッフたちのおかげで
その思いは伝わると感じた。
The story is based on true events.
However, this film is originally adapted from a stage play.
I wasn’t familiar with the play itself and didn’t have the opportunity to see it performed live — I only watched the film.
When something is adapted into a play, the writer’s interpretation inevitably shapes the work.
In this case, rather than a traditional stage, the actual tree and island served as the set, giving the impression that the theatrical performance was carried out in the real environment.
Though a work of fiction, it allowed us to witness something that felt profoundly real.
The dialogue, centered on two characters, revealed the essence of war, the nature of life, the relationship between the individual and the nation, and what is lost and gained in conflict.
Through this real-life account, Hisashi Inoue — the original creator — seemed to discover a glimmer of hope within war.
By the end of the film, I felt I had come to understand that, at least a little.
Thanks to the outstanding actors and staff, that intention came through clearly.
お互いの異なる信条が徐々に生きるという共通の信条になっていく
今だからこそ観るべき映画の一つ
戦後80年の今だからこそ、観るべき映画の一つだと思う。
これまでも、戦場の爆撃シーンは何度も観てきたはずなのに、個人的にトラウマになるレベルに近い衝撃を受けた。これが、第二次世界大戦後80年たった今も、世界の様々な場所で繰り返されている現実に身震いする。
<ここからは内容に触れた感想>
・「この国を、守り抜く。」なんてフレーズが、まだ10年にもならないくらい前に盛んに発信された時期があった。「守る」と言われると何となく無条件で正しいことのように思ってしまうのはなぜなんだろう。堤真一演じる山下少尉の言葉に少し心を動かされる自分を感じながら考え込んでしまった。
「負けると敵に蹂躙される。だから、自分の家族を守るために、自分の命を賭すのだ」と言われると、酷い目に遭う家族をイメージして、思わず「そうさせてはいけない」と反射的に考えて同意してしまいそうになる。でも、作中で山西惇演じる宮城が吐露する通り、負けた方が「昔よりよっぽどいい」ことだって現実にはある。
本作では、さりげなくしか示されなかったが、自分たちを守ってくれると思っていた軍隊が「我々と共に敵を殺し国を守れ」と暴力的に命じてきて、更に「ここは軍人用の壕だから民間人は入るな」と追い出すのだから、島民にとっては、日本軍が大量に流入して食糧不足になった時から、既に地獄が始まっていたのだろう。
そして、そもそも島民たちは投降を禁じられていた。だから、6月23日の牛島司令官の自決後にもひめゆり学徒隊のような集団自決が続き、終戦後の8月18日にも「島民に投降を呼びかけた」として日本軍に射殺されてしまう者も出たというおぞましい史実につながる。
「負けること」が地獄なのではない。「負けることはいけないこと」と刷り込まれてしまうことの方がよっぽど地獄なのだが、そのことは「守る」という言葉にうまく隠されて、飲み込まされてしまう気がする。
そして、山下少尉のような、勇ましい従順な思い込みは、陰謀論とも親和性が高いのだなぁと改めて思う。「投降を呼びかけるワナ」なんて思う自意識の過剰さは、「我々なんて、庭に入り込んだ2匹の虫」と冷静に状況を分析する安慶名の言葉だけでは目覚めない。つくづく「一見耳触りのよい言葉にハマらないように注意」というのが、自戒をこめて考えた結論。
・「初めて勝った」というシーンがとにかく切なすぎる。
それでこれは映画の出来とは全く無関係なのだが、山田裕貴にバットで打たせたのは、もともとの舞台にもあったシーンなのか、山田裕貴だからこそなのか。妻に言われて、自分もちょっと気になった。
・時折、死んだはずの与那嶺などが出てくるところが、とても演劇的な印象を受けた。原案となった舞台もどこかで観られるのなら観てみたいと思った。
・朝ドラ「あんぱん」が描く、「覆らない正義」は、やっぱり「飢えている人には食事を与えること」なのだなと、今作でも思った。
・沖縄戦で命を落とされた方々のご冥福を、改めてお祈りします。
ずっとしんどいつらい映画だけど観た方がよいと思う。
今年は戦後80年。
戦争を経験してないからこそ、戦争の残酷さを忘れてはいけない。今でも世界のどこかで戦争は行われていて…日本もいつ戦争になるかわからないとも言われているのに、平和ボケしているからこそ多くの人が観るべき映画だと思う。
ただやはり戦争の映画はつらい。
本作は実話を元にした映画とのことで、題材はとてもよかったが、後半がなかなか長くて…戦うこともつらくてしんどいから早く戦争が終わったことを認めて、終わらないかと思ってしまった。。
とはいえ、観てよかった。
このような事実があったことを知るためにも多くの人が観るべき映画だと思う。
どうやら山田裕貴は実際にウジ虫を食べたそうで…役者ってすごい。
鬼滅の刃を鑑賞する人が多すぎるのに、こちらの映画はガラガラだったのが少し残念だった。もっと色んな人が興味を持ったらいいなと思う。
残酷な映像はほぼないので、それが苦手な方は心配はいりません。
悪くはないが惜しい映画
上映前の舞台挨拶からの上映で鑑賞しました。
率直な感想は、中盤からこの映画の題材になっている木の上生活が始まるのですが、緊迫感もなく若干退屈でした。年齢制限ないためあまり凄惨なカットはないだろうとは思ってはいましたがここまでとは・・・
伊江島舞台とのことでロケも伊江島で行ったとのことでロケーションは良いのですが、いかんせん主役お二人の口調が沖縄弁ほぼほぼ使ってないため沖縄感も無く、逆にそれが私の中で違和感を産んでしまいあまり引き込まれなかった原因なのかもしれません。
舞台挨拶では役者さんと監督さんがメッセージ性重視のコメントをしており、確かに木の上生活では要所要所でメッセージ性を感じるシーンが散りばめられていました。
役作りのための減量はさすがとしか言いようがないです。
お疲れ様でした。
史実。
山田裕貴の迫真の演技が素晴らしい
15年戦争の最終盤、昭和20年3月に始まった沖縄戦。本作はその翌月の4月から、終戦2年後までを描いた作品でした。舞台は沖縄本島北東部に位置する伊江島。物語の中心となるのは、ガジュマルの樹上に立てこもり、援軍を待ち続けた2人の日本兵。実話に基づいたこの物語は、井上ひさしによる舞台用原案をもとに、彼の没後、蓬莱竜太が脚本を完成させ、それを今回映画化したものです。
物語の序盤では、伊江島に駐屯する日本兵や地元住民が多数登場しますが、中盤以降はアメリカ軍の攻撃により彼らの多くが命を落とし、物語は上官・山下一雄(堤真一)と部下・安慶名セイジュン(山田裕貴)の二人芝居へと移行します。ガジュマルの樹上を舞台に展開するところなどは、舞台劇的な演出が色濃く感じられました。
山下は、典型的な“日本軍人”として描かれています。「死して虜囚の辱めを受けず」を体現するかのような過激な軍人で、地元住民への乱暴狼藉や、「チャアチル」と書かれた人形に向かって地元住民たちに竹槍で突撃させる教練など、本来合理を重んずべき軍人が、非合理の極みな行動に走ります。対するセイジュンは伊江島出身で、沖縄本島すら訪れたことのない青年。そのため、軍国主義教育に洗脳されておらず、どこか無垢で純粋な存在として描かれています。そんな対照的な2人が、なぜか2年間も樹上で生活を共にするという、驚くべき実話が本作の核となっています。
本作最大の見どころは、2人の関係性の変化です。合理性を追求すべきはずの軍人・山下が、非合理な“大日本帝国のドグマ”に縛られ、その矛盾を指摘されると暴力で封じ込めようとする姿は、現代でいえばDV加害者にも通じる存在です。セイジュンはその恐怖のなかで、親友・与那嶺の妹の死に直面し、さらには自身の手で初めてアメリカ兵を撃ち殺すという体験を経て、「ただ生きたい」という根源的な欲求から、次第に合理的な思考を身につけていきます。
食料や水も満足にない中、兵舎に残された物資や米軍の残飯をあさり、なんとか生き延びようとする2人。当初は協力関係を築くものの、山下の“帝国魂”が足かせとなり、関係は次第に悪化。それでも終戦から2年後、ようやく日本の敗戦を知ったことで、山下もその呪縛から解放され、ついにセイジュンとの真の和解を果たします。ラストで2人が人間として向き合う場面には、中々味わい深いものがありました。
本作を支えたのは、この2人の物語だけではありません。主演2人の熱演も素晴らしいものでした。堤真一は、狂気に満ちた人物を演じる際に抜群の存在感を放つ俳優であり、今回もその力を遺憾なく発揮。一方、特に印象的だったのが山田裕貴です。故郷を失い、飢餓や暴力に耐えながらも必死に生きようとするセイジュンの姿を、リアルかつ繊細に演じ切っており、その演技には胸を打たれました。
一方で、惜しいと感じたのは映像面と舞台装置の質感です。戦争末期の沖縄を題材にした作品は、たとえば『島守の塔』などもそうでしたが、テーマ性には優れているものの、映像がやや安っぽく見えてしまうことがあります。本作もその例に漏れず、戦闘シーンに迫力が欠けていたのは否めません。予算の制約はあるにせよ、戦争の現実をより深く伝えるために、映像表現のさらなる向上が望まれます。
また、伊江島が舞台であるにもかかわらず、そのことが明確に伝わる描写が少なかったのも残念でした。伊江島の象徴である城山(ぐすくやま)は米軍の空襲シーンで登場する程度で、もう少し島の風景や文化に踏み込んだ描写があれば、15年戦争、そして沖縄戦が、基地問題など現代の沖縄が抱える問題と地続きになっていることがより強く伝わったのではないかと感じました。
そんな訳で、本作の評価は★3.8とします。
俳優も大変だなあ
戦場の友情と消えない傷跡
◾️作品情報
監督:平一紘、主要キャスト:堤真一、山田裕貴。井上ひさし原案の舞台を全編沖縄ロケで映画化。
◾️あらすじ
太平洋戦争末期の1945年、沖縄県伊江島は米軍の侵攻により壊滅的な状況に陥っていた。宮崎から派遣された少尉・山下一雄と沖縄出身の新兵・安慶名セイジュンは敵の銃撃を逃れ、大きなガジュマルの木の上に身を潜める。連絡手段もないまま援軍を待ち続けた二人は、終戦を知らぬまま2年もの間、木の上で孤独なサバイバル生活を送ることになる。極限状態の中で彼らの関係性も変化していく。
◾️感想
終戦から80年という節目に、これまであまり知られることのなかった、沖縄の孤島でひっそりと「孤独な戦争」を続けた日本兵の実話に着想を得て映画化された本作。終戦を知らずに身を隠して戦い続けた日本兵・小野田さんや横井さんの話は聞いたことがありますが、この山下と安慶名の物語は全く知りませんでした。
米兵に追われ、やむなく木の上に身を隠した山下少尉と新兵の安慶名。性格も年齢も異なるこの二人の兵士が、木の上という限られた空間で繰り広げるやり取りは、極限状態における人間の生命力や、ささやかな日常の輝きを感じさせます。特に、正直で穏やかな安慶名の言動は、時にコミカルにも映り、戦争の最中でありながらも、ほのぼのとしたものを感じさせ、これが山下の心にも沁みていくのを感じます。敵の目を欺き、飢えと戦いながらも、しだいに心を通わせていく彼らの姿は、観る者を温かい気持ちにさせてくれます。
しかし、物語が終盤に差しかかるにつれて、その雰囲気は一変します。終戦を知った安慶名が漏らす「帰りたい」という一言に胸を締め付けられ、涙があふれてきます。家族や親友を失い、自らの手も血に染めた、そんな戦争の忌まわしい記憶が、美しいはずの故郷の思い出を上書きしてしまう現実に、言葉を失います。安慶名の「帰りたい」ところは、ただの場所ではなく、大切な人たちと美しい思い出に彩られた、戦前の故郷なのです。平和が訪れたとはいえ、全てが元通りになるわけではない、失われたものは二度と戻らないのだという残酷な真実を突きつけられます。
私たちに改めて平和の尊さ、そして戦争の愚かさを痛感させてくれる本作。山下と安慶名という二人の兵士の姿を通して、戦争がいかに多くのものを奪い、人々の心に深い傷を残すのかが鮮烈に描かれています。観終わった後も、彼らの声や表情、そしてガジュマルの木の上の静かな日々が、心に強く残り続けます。
戦争は、嫌だ!
主演2人が良かった
第二次世界大戦末期の1945年、沖縄県の伊江島に米軍が侵攻し、激しい攻防の末に島は壊滅的な状況となっていた。宮崎から派兵された山下一雄少尉と沖縄出身の新兵・安慶名セイジュンは敵の銃撃から逃げ、大きなガジュマルの木の上に隠れた。圧倒的な戦力差を見た山下は、援軍が来るまで待機することにした。厳格な上官・山下と、呑気な安慶名は、噛みあわない会話を交わしながらも2人きりで恐怖と飢えに耐え続けた。そして、戦争は終ったが2人はその事を知らず、木の上で2人きりの戦争を2年間続け・・・そんな話。
実話に基づく話らしいので、第二次世界大戦後に長い間戦争終結を信じなかった横井庄一さんや小野田寛郎さん以外にも戦争終結を知らずに孤独な戦いを続けてた人達はまだまだ居たんだろうな、と思った。
本作では主演の堤真一と山田裕貴のちょっとコミカルな会話、行動などが良かった。
全編沖縄でロケした様だが、美しい海の風景は良かった。
山西淳の缶詰シーンは面白かった。
洞窟の外で空襲にあった少女の死が1番ショッキングだった。
太平洋戦争中の伊江島を舞台に戦闘がくり広げられる。地元出身の主人公...
全189件中、121~140件目を表示
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