「素人離れ」アマチュア 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
素人離れ
スパイと言うとジェームズ・ボンドやイーサン・ハントやジェイソン・ボーンのようなスーパーエリートのイメージ。
もしくは『裏切りのサーカス』『ブリッジ・オブ・スパイ』など渋いベテランや『キングスマン』のように新米が一人前に成長していく。
スパイとして完成されていたり、現場主義。
なので本作は目新しいタイプのスパイ。スパイはスパイでも内勤の情報分析官。現場経験は一切ナシ。
情報分析官としては“プロ”だが、殺しのスキルは持たず、工作員としては“アマチュア”。
妻がテロに巻き込まれ、死亡。深い悲しみと喪失と怒りを秘め、復讐を誓う。
どう果たそうとするのか…?
それが本作の見所である。
まず、情報収集。驚くべきは、あっという間に犯人たちを特定。
監視カメラやSNSに上がった投稿映像をハッキング。そこから分析、辿り着く。情報分析官の“目”に掛かれば、秘密など無い。もし、“秘密”があるとすれば…。
上に報告。が、上は動こうとしない。
君の気持ちは察する。が、君の独断で動ける単純な案件じゃない。アメリカや世界、あらゆる作戦に影響を及ぼす。今動かず泳がせ、時が来たら、全てに於いてプラスになる。
最もらしい事を言うが、そんなのは建前。ある時知ってしまったCIAのヤバい隠密作戦の数々。それがバレればCIAの信頼は失墜するし、犯人たちのリーダーがそれらに関与。結局は巨大権力の保身でしかないのだ。
このネタを盾にある条件を要求。自分の手で犯人を殺す事、その為の訓練を受けさせる事。
渋々了承。訓練を受ける事になるが、どれも落第。教官曰く、お前には無理だ。
訓練を受けさせてる間に、盗み出したデータファイルを手に入れようと、職場や自宅やパソコンや全てを捜索。見つかったら、訓練中の“事故”に。
が、なかなか見つからない。そもそも上が企んでいる事など承知。訓練も合格判定など要らない。最低限のスキル…実戦に於いて自分の得意分野さえ身に付けられれば。
全ては計算通り。姿を消す。まんまと身内を出し抜き、復讐の旅へ…。
その頭脳戦には驚かされる。IQは170…!
でも、まだまだ序の口。本領発揮は実際に行動を始めてから。
犯人たちを特定出来たのだから、情報分析を駆使して現居場所の特定も。一人一人に近付いていく。
犯人たちの行動や弱点も調べ上げ、追い詰めていく。
情報分析や行動力は見上げたものだが、いざとなったらの度胸は…。
例え至近距離になったとしても、撃てない。殺せない。
その一瞬の油断が窮地を招く。
メンタルも決して強靭ではない。焦りや狼狽えが表れるとボロが…。
追う側だが、追われる側でもある。訓練時の教官が追跡者。現場のプロ。
孤立無援…ではない。メールでのやり取りのみの情報提供者。素性も居場所も謎。遂にそれらを掴み、対面。似通った所がある“彼女”から強力サポート。
スパイ映画あるあるの複雑な相関図ではなく、登場人物もそう多くはない。が、協力者、追跡者、ターゲット、腹黒い上役などシンプルながら適材適所。ローレンス・フィッシュバーンやカトリーナ・バルフが要所要所で光る。
ド派手なアクション・シーンは無い。しかし、特定~接近~追い詰めていく様、アマチュア故の脆さ、追いつ追われつの攻防はなかなかスリリング。じっくり系のスパイ映画の醍醐味は充分。
ターゲットを追い、世界各国へ。ちゃんと世界を股に掛けるスパイらしさも。
スパイ物のTVシリーズを手掛けた事のある監督の手腕も上々。
だけどやはり、ラミ・マレックが魅せる。
主演映画が『ボヘミアン・ラプソディ』以来というのも意外だが、そのオスカー俳優。
現場経験ゼロのズブの素人スパイが、目的を果たしていく。その様を巧みに。
一人目の時は狼狽えていたが、二人目三人目の時は少しずつ非情にも。リーダーと対した時はピンチに陥ったと見せて、『コンフィデンスマンJP』ばりの仕掛けを。殺して終わるのとは違う、鮮やかな復讐!
『ボヘミアン・ラプソディ』ではカリスマ、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』では悪役…色付けされたキャラが多かった中で、本作の役柄には素に近いラミ・マレックを感じた。
ミッション・コンプリート。
ターゲットに対しても、CIA内部の腐敗も。
ラストシーンである人物と再会。その人物は異動する気はないか?…と言いたげだったが、断られるのも分かっていた。
現場に出たのはこの一回限り。妻の復讐の為。それを果たしたのなら…。
自分には相応しい場所や仕事がある。それだけに留まれるか…?
現場のスパイも驚く活躍を見せた。彼が名スパイでないと言うのなら、何を以てスパイと言うのだろう?
再び現場に出るのは容易ではないだろう。が、その頭脳を駆使して空高く越えてくれるだろう。
チャーリー・ヘラー、次回作でまたお会いしましょう。