劇場公開日 2025年4月11日

「本当の意味での新しいスパイ映画の誕生」アマチュア 辻井宏仁(放送作家)さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0本当の意味での新しいスパイ映画の誕生

2025年4月10日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:試写会

試写会にて鑑賞。

映画史においてスパイ作品は
一つのフォーマットが完成つつある。
言うまでもなくそれは
007、ミッションインポッシブルの
二大シリーズによる
輝かしい功績であり、ある意味では呪いでもある。

近年のスパイ映画はこのフォーマットに
王道ハリウッド、男顔負けヒロイン、など
それぞれ独自のアレンジを施して
生み出されている印象を受けている。

余談だが、その中でも主人公が孤独に無双する
ボーンシリーズの誕生には
フォーマットからはみ出た新しさを覚えたが、
これはこれでジョンウィックシリーズなどに繋がる
“無双モノ”と言う新ジャンルを生み出し、
リーアムニーソンの主演作では
把握しきれないほど量産されてきた。

要するにエンタメはフォーマットに依存しがちだ。

それは決して悪いことではないが
最近では“本当の意味での新しいスパイ映画”は
もう誕生する余地はないのだろうと
考えるようになっていた。

前置きが長くなったが
本作はそんな予想を
鮮やかに裏切って見せてくれた。

私は本作のテーマは
“新しいスパイ映画の創造”だと感じた。

主人公のチャーリーはCIA分析官。
理系的な能力では優秀だが内気な性格で
銃を撃っても的に当たらなければ
至近距離で人に向かって発砲すら出来ない。

従来のスパイ映画の主人公とは真逆の性質。
だが亡き妻の復讐に乗り出す。
分析官の能力を駆使して犯人を追い詰め
理系ならではの方法で仇を1人ずつ討つ。

本筋とは関係のないシーンではあるが、
途中で肉体派の捜査官が現れ
復讐をやめて今後は俺と手を組もう
と持ちかけられ、チャーリーはこれを断る。

チャーリーは007で言うところのQであり
ミッションインポッシブルで言うところの
ベンジーとルーサーなどの
サブキャラと同要素を持つ。
このやり取りは
チャーリーの復讐心の強さを描きつつ
従来のスパイ映画への決別宣言のようにも思えた。

ちなみに“仇を討つ主人公”と言うと
カンフー映画や昨今の無双モノがそうであるように
敵の多下たちとの激しい戦いを経て
クライマックスでラスボスと壮絶な死闘、
という、
これはこれでフォーマットが完成している。

だが、本作はこのフォーマットにも乗らない。

激しい銃撃戦や格闘シーンもあるにはあるが
そこで見せようとはしない。
あくまで見せ場は理系スパイならではの暗殺方法。

途中でふと「ヒットマン」と言う
テレビゲームを思い出した。
同ゲーム内でプレイヤーは各ステージに用意された
多彩な暗殺方法の中からパズルを解くようにして
ターゲットを暗殺する。

チャーリーもまた
作中に登場するテロリストやCIA、
そして観客をも翻弄しながら
奇想天外な暗殺を繰り広げていく。

観客はその瞬間を待ち望む。
そして創造的な暗殺を目の当たりにすることで
新しいカタルシスを味わうことになる。

これ以上、詳しい内容には触れないが
ラストシーンでも
気持ちの良い裏切りを見せてくれる。
チャーリーにとっての復讐とは何だったのか。
ここでもまた
一味違ったカタルシスが用意されている。

私たちがスパイ映画に求めるものは何なのか。
あるいは映画に求めるものは何なのか。

人によっては確認なのかもしれない。
スパイ映画といえばこれだよな!を求める
人も少なくないだろう。
もしかすると本作ではそんな人たちによる
「物足りない」と言った
否定的なレビューが散見するかもしれない。

私自身は常に新しいものを求めている。
映画の進化を最前線で観たい、
だから劇場へ足を運び続けている。

本作は私のようなタイプの
映画ファンのために作られた
紛れもない“新しいスパイ映画”である。
その誕生を祝福したい。

辻井宏仁(放送作家)