「「貧困や家庭内暴力・虐待から子供を守るのは救いの場と人が必要だ」」おいしくて泣くとき かなさんの映画レビュー(感想・評価)
「貧困や家庭内暴力・虐待から子供を守るのは救いの場と人が必要だ」
貧困や家庭内暴力・虐待が特殊だから映画になるという風潮があったと思う。しかし貧困問題・家庭環境に問題にある映画として「遠いところ」「市子」「悪い夏」「愚か者の身分」「あんのこと」「愛されなくても別に」とここ2・3年で何本の映画をあげることができる。つまり貧困や家庭内暴力・虐待は特別な問題ではなくなったということなのか。
この映画も貧困と家庭内暴力・虐待が根底にある。この問題の非常に難しいことは当事者が高校生ではまったく逃げる術がないことだ。夕花(當真あみ)は毎日学校と家の往復のみ。学級新聞を作ることになり心也(長尾謙杜)と「ひま部」を作り活動しているときだけいきいきしている。そして二人はお互いにひかれあっていく。この二人のプラトニックな恋愛は見ていて初々しいし、二人を幸せにしたいと感情移入してしまう。しかし普通の恋人のようにデートや映画を見にいくことがかなわない。夕花の家庭環境がそうさせる。
この映画では、心也の父親が自分の食堂で子供たちに無償で食事を提供している。今でこそポピュラーになっている子ども食堂だ。今から30年前に貧しい子供に食だけは届けたいという父親の好意だ。夕花も弟とたまに子供食堂に通い、名物の焼うどんをごちそうになっていた。父親の行為を偽善と言う人間もいるが、「正しいか否かは自分の意志の判断で決める」という父親の信念が心也にも流れている。
夕花が父親から暴力を受けているとき、心也は夕花の手を取り逃げる。そしてあることを決断し実行する。心也は父親に「正しいか否かは自分の意志の判断で決める」と言い実行する。しかし事態は二転三転する。
長いときを経て夕花(尾野真千子)はある問題を抱え、心也(ディーン・フジオカ)のカフェを訪れる。心也が焼うどんを作る匂いを嗅いだ時、夕花にあることが脳裏をかすめ、食べたときとめどなく涙があふれてくる。
心也が夕花と決断し実行したとき最後に夕花に発した言葉。焼うどんの匂い、味。貧しい子供たちに食事を提供する場があること。長い時間がたったとしても決して記憶の奥底から忘れないことが人間にはあるのだと思うと涙がでてきた。弱い人間には救いの場と救いの人が必要なのだと改めて思った。
