「生きていれば、きっと幸せになれる」おいしくて泣くとき みかずきさんの映画レビュー(感想・評価)
生きていれば、きっと幸せになれる
本作は、生き辛さを抱えた高校生の純愛物語を通して、生きることの意味に迫っている。言語表現(台詞)と映像表現が程良い密度でバランス良く配置されているので、劇中で観客が考察する余白がある。観客の人生経験を重ねて作品世界に没入できる。意味深い台詞の余韻に浸ることができる。最近の、台詞高密度、映像表現高密度作品の対極にあるシンプルな作品である。
本作の主人公は高校生の心也(長尾謙杜)と夕花(當真あみ)。幼い頃、母親を亡くし子供食堂を経営する父親を持つ心也は偽善者の息子と揶揄される。一方、夕花は継父の暴力と貧困に苦悩していた。孤独な二人は、学級新聞編集委員に選出されたのを機にひま部を結成し次第に惹かれ合っていく。しかし夕花は突然姿を消す。夕花との約束を守るため心也は夕花を捜す。30年後、漸く夕花の行方が分かる・・・。
心也が夕花の笑顔で恋に落ちるシーンが出色。表情のみの演技だが、心也役の長尾謙杜の夕花の笑顔に魅入られる表情の演技、夕花役の當真あみの透明感のある瑞々しい笑顔の演技に説得力がある。二人の演技力の高さが分かる。
心也は夕花を亡母と来た海に誘う。逃避行である。海に向かう電車の中で、相席になった二人と同年代の姪を亡くした女性の、“生きていれば、きっと幸せになったのに”という言葉に二人は疑心暗鬼になり食い下がる。今の二人には明るい未来は見えなかった。ここが本作の主題であり観客への提示である。
夕花は継父の暴力で記憶喪失になっていた。夕花は子供食堂に案内される。ここからは、大人になった夕花役の尾野真千子の独壇場である。不安そうに椅子に座り大好物だった料理を食べる。記憶が走馬灯のように蘇ってくる。そして目の前にいるのが30年後の心也(ディーン・フジオカ)だと確信する。尾野真千子の台詞の少ない表情の演技が見事。作品の題名がラストを集約している。
生きていれば、きっと幸せになれる。この言葉は、未来の自分との約束であり生き辛い時代を生きる現代人への熱いメッセージである。
みかずきさん共感とコメントありがとうございます。一部の有り得ない展開で僕は低めの評価をしましたがそこに目をつぶれば熱いメッセージが伝わる映画だったと思います。ディーン・フジオカと尾野真千子が言葉を交わさなくても観ている者にはしっかり伝わる場面が良かったです。
共感ありがとうございます。
初恋の相手と結ばれるだけが幸せじゃないですよね、オスカルとアンドレ然り。夕花が幸せになる為には一旦過去をリセットしなければならなかったのは辛いですが、笑顔で再会出来たんだから・・。
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