劇場公開日 2025年2月14日

「一度きりの出会いだからこそ話せる事もある」ドライブ・イン・マンハッタン 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0一度きりの出会いだからこそ話せる事もある

2025年2月16日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

幸せ

夜のニューヨークを舞台に、ジョン・F・ケネディ国際空港でタクシーに乗り込んだ女性客(ダコタ・ジョンソン)と、粗暴ながら鋭い観察眼を持つタクシー運転手(ショーン・ペン)が、マンハッタンへ向かう車中で交わす会話を描いたワンシチュエーション劇。乗客と運転手、ただそれだけだったはずの2人の出会いは、やがて互いの抱える人生の苦悩や後悔を打ち明ける旅へと向かってゆく。
主演のダコタ・ジョンソンがプロデューサーも務め、脚本には劇作家出身のクリスティ・ホールが初監督も務める。

ほぼ全編が車内での会話のみ。しかし、時にシニカルに、時にユーモアを交えて交わされる会話の心地良さ。時折挟まれるニューヨークの夜景の中を走るタクシーの映像と、それを彩るディコン・ヒンチリッフによる美しい音楽が、2人の短い旅を最高の形で演出している。
最初はバックミラー越しの視線のやり取りで交わされた会話も、事故による渋滞に嵌った際には運転手が仕切りの窓を開け、乗客の方を向いて語り出す。そうした次第に近付いていく心の距離の演出が上手い。クライマックスで語られる、乗客の抱えていた“誰にも話していない秘密”の驚きも見事。

【真夜中のタクシー。向かうのは<愛とは何か>の答え】
本作の日本でのキャッチコピーだが、正直、本作が示しているのは<愛とは何か>ではないように思う。ともすればラブストーリーにも受け取られかねないようなキャッチコピーだが、本作が示しているのは、<誰かに話すことで、自らの苦痛を癒すこと>の大切さ。そして、親しい間柄ではなく、見ず知らずの他人、一度きりの出会いだからこそ曝け出せるものがあるのだという事ではないだろうか。
予告編で受けた印象とは裏腹に、かなり作中で下ネタが飛び交い、乗客の不倫相手の中年男性が性欲丸出しのメッセージを写真まで載せて送り付けてくる様は、ある種ホラーですらあるのだが…。日本の広報はラブストーリーを連想させた方が客入りが良くなると思ったのだろうか?

「1は真、0は偽ー。」
オシャレでスマートな印象を与える乗客は、実はプログラマーとして働いており、コンピュータに疎い運転手に説明を求められた際、このように説明する。
2人の会話の中でも、何が真で何が偽か、それは本人の感じ方次第だと思われるやり取りがなされる。乗客が幼い頃に父親と交わした握手の正否、2度の離婚歴のある運転手が最初の妻と過ごした日々。しかし、それを確かめる術はもうない。美しい思い出として記憶の内に留めておく方が、時に幸せな事だってあるだろう。

ダコタ・ジョンソンとショーン・ペンの演技が素晴らしい。特に、会話中心の本作においては、2人の僅かな表情や仕草の変化が重要になってくる。焦りを感じると指を口元に運ぶ乗客、音楽でもやっていたのではないかと思わせる運転手の指遣い。その中でも特に、ショーン・ペンの目の演技が凄まじく、1人目の妻との思い出を語る中で、乗客からの問いに次第に瞳が潤んでいく姿は間違いなく本作の白眉。

そんな運転手のキャラクター設定も非常に魅力的。台詞の中で度々「Fuck」「Fuck'n」と口にする言葉遣いの悪さ、乗客の不倫相手と同じく自分も過去に2度の離婚歴があるというロクデナシぶりだが、長いタクシー運転手業で培った鋭い観察眼がある。 乗客の慣れた様子で行き先を告げる様子や無闇に車内でスマホを弄らない様子から、彼女がニューヨーク生活が長く賢い女性である事を瞬時に見抜く様は、まるで、シャーロック・ホームズを見ているかのようでワクワクさせられた。
また、乗客の年齢を「26歳くらいに見える」と見立てるが、彼女は「24歳と34歳じゃ違うの。30過ぎたら女の価値は半減する」と返す。これだけで、彼女の年齢が34歳なのだろうという事は推察出来るので、運転手はそれ以上踏み込まない。粗暴な言葉遣いで下ネタも平気で言う彼だが、そうした距離感の見極めはキチンと行うのが良い。

ラスト、流産という辛い経験を語った乗客は、運転手との別れの際に差し出された手を握らず、彼の頬に触れてみせる。それは、かつて育児に無関心だった父親との別れの際の記憶、不倫相手に父性を求めていた脆さから、一歩先に進めた証拠ではないだろうか(リアルな話、運転手立ちションしてからで洗ってないよなとは思ったが)。

互いに痛みを経験してきた2人。だからこそ、この先の2人の人生に幸あれ。そう願わずにはいられない。

緋里阿 純