劇場公開日 2025年3月28日

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「イギリスの伝説的ポップスターは、何で“猿”なの?」BETTER MAN ベター・マン 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5イギリスの伝説的ポップスターは、何で“猿”なの?

2025年4月1日
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鑑賞方法:映画館

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【イントロダクション】
イギリスの伝説的ポップシンガー、ロビー・ウィリアムスの半生を、前代未聞の“猿(チンパンジー)の姿”で描くミュージカル映画。
ロビー・ウィリアムス本人が熱演し、歌も映画に合わせて再収録されたそう。
監督・脚本には『グレイテスト・ショーマン』(2017)を世界的ヒットに導いたマイケル・グレイシー。その他脚本にオリヴァー・コール、サイモン・グリーソン。

【ストーリー】
世界的ポップシンガー、ロビー(ロバート)・ウィリアムスは、幼少期から周囲の子供達より劣り、「能無し」のレッテルを貼られていた。そんなロバートは、ショーマンを夢見る父ピーター(スティーヴ・ペンバートン)に憧れ、自身もスターになる事を夢見ていた。
しかし、ピーターはショーマンとして成功する事を夢見て、幼いロバートを残して家を出て行ってしまう。優しい祖母に励まされたがらも、ロバートにとって父との別れは満たされない“愛”として、その先の人生を大きく左右する事になる。

1990年代、成長してティーンエイジャーとなったロビーは、オーディションに合格してアイドル・ポップ・グループの“テイク・ザット(Take That) ”のメンバーとしてメジャー・デビューする。瞬く間にスターダムにのし上がったロビーだが、歌唱力ではリーダーのゲイリーに劣り、劣等感を払拭するかの如くドラッグに溺れ、ワンマンプレーが目立つようになる。遂に、ロビーは他のメンバーから脱退を言い渡される。

グループを脱退し、ロビーは自作の詩を書き溜めたメモ帳を手に、ソロとして活動していく。そんな中、彼は大晦日の船上でのカウントダウンパーティの場で、ガールズグループ“オール・セインツ”のニコール・アップルトン(レイチェル・バンノ)と恋に落ちる。

【感想】
“一度成功を手にした人間が、自らの傲慢さから周囲の人々からの信頼を失い、そこから再起を図る”というのは、『グレイテスト・ショーマン』と共通している。監督の中にある描き続けたいテーマなのだろう。

本作では、ロビーが劣等感を抱きつつ成功を手にする中で、精神の安定を図るためにドラッグに手を出し、自らを責め立てる過去の自分の姿達に惑わされる。そこから抜け出す為、ショーの直前に自らを奮い立たせる為、更にドラッグに手を出すという負のスパイラルに陥っていく。

そんな苦悩するロビーの姿を観ながら、遂にクライマックスで本作が告げる大事なテーマが提示される。

「そうだ、リハビリ行こう。」

そう、私には単に薬物依存による幻覚や妄想、禁断症状によって自ら破滅を招いていたようにしか見えなかったのだ。

ロビーは、作中絶えず過去の自分の姿達に苦しめられる。それは、念願だったイギリス最大の音楽イベント“ネブワース”の舞台に立った瞬間さえもだ。まるでゾンビのように群がってくる過去の自分達を蹴散らし、ロビーは一人氷の張った湖の上で、朝日に照らされる。それは、彼にとって新しさの象徴とも言える“希望の光”。ロビーは矯正施設でのリハビリを決意し、禁断症状に苦しみながらも、見事ドラッグを断ってみせる。ドラッグ依存を治療し、カウンセリングで彼自身が語る自らの過ちが良い。
「“名声”は魔法の杖だと思っていた。しかし、成功は人の成長を止める。僕は15歳のまま。」

リハビリを終えたロビーは、パートナーであるニコールに励まされながら、テイク・ザット時代のメンバーと和解する。復帰後のワンマンショーで、遂に彼はピーターとも和解し、物語は幕を閉じる。
真面目な話をすると、本作で重要なのは「親の愛」であり、それを取り戻す旅だったのだと思う。ロビーが「お前をスターにしたのは俺だ」と語るピーターに投げかけた台詞が印象的だった。
「ロビーのそばにはいた。ロバートのそばには?」

流石『グレイテスト・ショーマン』の監督だけあって、ミュージカルシーンの出来は圧巻。
特に、『ROCK DJ』に乗せてテイク・ザットのメンバーと共に街中で踊るシーンは、500人のダンサーを用いただけあって、間違いなく本作の白眉と言える名シーン。
船上でのニコールとの『She's The One』に乗せたダンスシーンもダイナミックでロマンチックだった。

とはいえ、観客なら誰しもが疑問であろう、「何故、ロビー・ウィリアムスは猿の姿で描かれるのか?」に対する答えは、本編中には用意されておらず、それが本作の評価を下げる一つの要因となっている事は間違いないだろう。
ロビーは、ステージでパフォーマンスする自分を猿に例えており、グレイシー監督は「我々が見ているロビーの姿でなく、ロビーから見た自分自身の姿」で描きたいとインタビューで明かしたそうだが、ならば冒頭の本人によるモノローグでそう説明すれば良かったのではないかと思ってしまう。
「俺はガキの頃から“能無し”。そう、まるで猿のようだった」と。

また、クライマックスの父親との和解もあるある過ぎて感動出来ず。

誰しもが“成功”には憧れを抱くものだと思うが、肝心なのは成功した先で自分を見失わない事。成功を飼い慣らす事なのだろう。

【総評】
『グレイテスト・ショーマン』のようなドラマ性を期待してしまうと、あまりにも肩透かしを食らってしまったが、流石ミュージカルパートは素晴らしく、またロビー・ウィリアムスの楽曲の数々も魅力的であった。

期待値を上げ過ぎず、しかし映画館で鑑賞すべき作品なのは間違いないだろう。

緋里阿 純
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